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最初に日本語に訳され出版された韓国の本『ユンボギの日記 あの空にも悲しみが』を覚えていますか。

 2月4日の19時から公開される予定のシュッパン前夜chの収録で、『韓国TVドラマガイド』チーフエディター高橋尚子さんの貴重なお話をナマで聞く機会を得ました。テーマは「韓国エンタメと出版の30年」というすんごいもの。もじずらを見るだけで、震えてきませんか?
 構成とMCは、毎度おなじみ“編プロのケーハク”さん。すっかり健康分野の実用書編集者として名を馳せている彼ですが、映像分野にも造詣が深く、高橋さんと絶妙な掛け合いを見せてくれます。どこにでもいるそこらのイチ韓国ドラマファンの私はすっかり魅せられ、ひたすらうなずいたり驚いたり唸ったり、ガヤ芸人と化していました。みなさん、2月4日の19時から公開です。必見です。
 こんにちは、マルチーズ竹下と申します。東京の出版社で、生活全般にまつわるアレコレをテーマにした書籍の編集をしています。が、ほんとうは小説のほうが好き(こっそり)。『全部レンチン!やせるおかず作りおき』担当を機に自炊にハマり、最近は週末ファーマーに。洗濯物をたたんだり洗いものをしたりおふろに浸かりながら1日2時間の韓国ドラマ視聴がここ数年のお約束です(誰にも頼まれてないし仕事とも関係ナシ。キリッ)。ペンネームは、犬が好きすぎるので。

 今日は、1965年に出版された韓国文学の日本語版『ユンボギの日記』について書きます。
 『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著)日本語版が発売1か月で5万部を突破し、今でこそ書店に行けば韓国文学のコーナーが置かれるようになりましたが、そもそも私が最初に読んだ韓国人作家の本ってなんだろ・・・・?とふと思ったんですね。そして思い出しました、『ユンボギの日記』を。出会いは小学四、五年生の頃。なかなかにショーゲキ的な内容と文章で、私は生活の一部を変えざるをえなくなりました。ある意味、自分にとって最初にハマった韓国沼といえるかもしれません。
 正式タイトルは『ユンボギの日記 あの空にも悲しみが』。著者は李潤福(イーユンボク)、訳者は塚本勲、出版社は太平出版社。奥付を見ると、初版発行日は1965年6月30日。ちなみに刊行元によると、「朝鮮の本を、日本人が日本語に翻訳しておおやけに刊行する最初の本」とのこと。え、じゃあ私だけではなくて、みんなにとって、最初に読んだ韓国人作家の本ってこと!?
 内容は、書名どおり、大邱に住む小学四年生のユンボギ少年が1963年から1年間綴りつづけた日記を翻訳したもの。63年といえば、朴正煕大統領が軍事クーデターを終え、軍政から民政に移行するために大統領選挙と国会議員選挙をおこなった「転換」の時期。冷害と水害、農作物の凶作、とめどない物価の値上がりが相次いだ時代です(『お読みになるまえに』より抜粋)。

 そう、とにかく貧しいのです、ユンボギが。日記で描かれるのは、ひたすらに“ユンボギの貧しさ”なのです。

 見返しのページには、日記の一部が手書き風ハングル文字で書かれています。さらに、日本地図と朝鮮半島の地図も。え、韓国、すごい近いじゃん――と、最初のページで一気にユンボギを身近に感じさせる仕掛けがあります。自分と同い年の少年が、お隣の国で、寒さに震えひもじさに苦しみながら学校へ通い日記を書きつづけている。しかも昔話ではなく、10年ちょっと前のできごと――この事実に、私はすんなりと打ちのめされたのでした。
 母親不在、父親は働けない(働かない?)状況で、長男のユンボギは妹や弟を食べさせるためにチューインガムを売り歩きます。ヤギの世話もします。靴も磨きます。そして得たわずかなお金で、「ウドン玉」を買うのです。
 妹のスンナは、空き缶を手に「おもらい」をしに、出かけます。そんな暮らしに絶望して、家出をします。まだ、8歳の子が・・・・。
 やがて彼の存在は新聞で取り上げられ、注目が集まり、日記が出版されるらしいという噂が。ここで一気に暮らしは好転、彼の人生も開かれるのかと思いきや、あいかわらずユンボギはガムを売って生計を立て、家賃をどう工面したらよいのかで思い悩み、家出したスンナに思いを馳せます。
「スンナ。貧しいくらしを、ささえていくのは、さびしく、くるしい。まい日まい日、寒くなっていくにつれて、お米もねあがりをつづけています。こんなちょうしで、これから、どうやっていけばいいのだろう。」
「スンナ。家のものは、どれほど、スンナをまっているかわからないんだよ。いまでは、ぼくひとりだけでかせいで、みんながくらしているんだ。ぼくの耳は、しもやけになってしまって、あたたかくなると、かゆくてたまらないので、かきむしっているんだよ。」(本書より引用)
 ユンボギの“書く力”は、当時の私に容赦なく貧しさとはどういうことかを突きつけます。「もしも親が働けなくなったら?」「もしもうちからお金がなくなってしまったら?」――これらの打ち寄せる不安の波は、当分の間、私を支配し、お小遣いをまったく使えなくさせ、私を「お年玉は貯金に回す」子どもにさせたのでした。
 巻末に掲載されている『ユンボギのその後』によると、日記が出版され話題になった頃、ユンボギはガム売りで貯めた190円(当時の日本円で約280円)を持って家出中だったそうです。たまたま「ユンボギさがし」に関心を持っていた女性に見つかり保護され、自分の日記が出版されたのを知ったのだとか。当時は純粋に「すげえな!ミラクルだな!」と感じたのですが、大人目線で見ると、ちょっと出来すぎな気も・・・・。
 読むキッカケは、夏休みの課題図書だったのかな? 同じ版元から出ている『ピカッ子ちゃん』『朝鮮の民話』も読んだ記憶があるので、小学校ですすめられたのかもしれません。

 あれから56年、私たちが語る対象は貧しさではなくヒョンビンの美しさやBTSのパフォーマンスのすごさへと変わり、大人になったユンボギ少年たちが日本の出版業界を潤しています。そして今日も私は2時間、韓国エンタメに泣いたり笑ったりビビったりして寝落ちするのです。

文/マルチーズ竹下

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