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オンラインの私達とあなたと

☆「ミユキ」

「面倒くさいことになった」と心の中でそっとつぶやいた。
私はアラサーながら、バリキャリとも言われるマネージャーの一人。zoom画面の名は「ミユキ」。漢字だと「幸」。幸せとかいてみゆき。

母がカナダ人、父は優しい日本人。小さい頃からオープンに育てられきた私は高校卒業後はカナダの大学を選び、そのままアメリカで就職した。しかし、何の因果か日本人という理由で吸収合併した日本の会社に出向させられ、なし崩し的にその会社でいくつかのプロジェクトを兼任することになってしまった。

そのプロジェクトのメンバーで先ほどから熱く語ってくるルーキー。zoom画面に「タカ」と書いてある彼は東北地方から転職してきた。この「東京」に恋憧れてやまない20半ばの青年で、私の悩みの種でもある。

☆「タカ」

「オープンにプライベートの話も大丈夫」
プロジェクト・リーダーでもあるミユキさんとの1on1はこうして始まった。zoomの向こうから気になる事と聞かれた俺は、場の雰囲気の良さもあり「よし」と決意して相談を開始した。

もちろん、リーダーのミユキさんに怖い気持ちもある。
なぜなら、この会社の面接で俺が「東京で成功したい!」と言った瞬間に「成功ってなんなの? 世界の中で東京でしか出来ないことなの?」とぶっこんできた人だから。あの時は本当に血の気が引いて、そのあと何を言ったかは一切覚えてない。

滴り落ちる冷や汗と「落ちた」感覚だけが記憶に残り、その後なぜ採用され、しかもなぜこのチームに入れられたかは全くわからない。ただ、このリーダーに嘘や表面的な対応をしてはいけない事だけは間違いない。

俺は、心任せに言っていた。

「クライアント先に好きな人が出来ました。どうしたらいいでしょうか?」

☆「カズミ」

「かずみさん、つきあってください」
オンラインミーティングの最後。少しだけ残ってお話が・という申し出からの告白に対し、私は一通り話を聴いてから3秒でお断りした。

私こと和美は、名前と違ってルーキー君が期待している大和撫子、三歩下がって彼氏の後をついていくタイプではなかった。そして何よりルーキー君は、私が大事にしている価値観である

「他者へのリスペクト」

がなかった。これはもう決定的だった。
だって、もし人生のいろんな時間を二人で楽しみ、共に困難も乗り越えていく関係になるのだとしたら、お互いを尊重しあうことが大前提。どちらかが常に命令するような関係は私にはありえない。そこが共有出来ない人とは、男女問わず距離をおくしかない。

この点で、ミユキとはまさに理想的な関係を育んできたと思っている。大学時代からの付き合いで感性も近く、ずっと仲が良く、その安心感は他にない。これからも、さらによい関係でお互いに年を重ねていきたいと思う。

なので、こんなサプライズの顛末は仕事上のパートナーでもあり、プライベートでも仲の良い彼女と共有しないわけにはいかない。彼女とメッセンジャーでやりとりをして、次の休日は二人でリアルに過ごすことにした。

☆「幸」と「和美」

山と湖が織りなす美しい風景を眺めながら、私達は香り立つハーブティーを供にして語りあっていた。

タカは、よくも悪くも古典的な価値観の中で育ち、染まっている。オンラインで見た和美の年齢、見た目等の印象からこんな女性に違いない、理想の女性・と思いこんだ。当然それは、タカだけの期待でしかない。

相手の事を知らないのに、最初から相手を自分の理想型にはめこもうとする。その行動は彼の育ってきた背景もあるだろう。だから、悪気すらない。

和美を良く知るだけに、幸はタカの相談に悩んだ。そして、失敗させるという選択をした。結果は見えているものの、挑戦を阻むのもアンフェアだと感じたのは幸らしい。和美なら悪いようにはしないと信頼出来ていたから・とも。

うん。無条件でお互いがお互いに対して肯定的でいられる私達は、とてもいい感じだ。

「彼の本心は寂しいだと思う。自覚ないけど、優しくしてくれそうな人を探して、たまたま私だったんじゃないかな」

「それ、職場のリーダーが厳しいからって言いたいの?」

「心当たりがあればそうかも(笑)。でも、故郷を否定し、関係を断ったのも彼自身。その結果が孤立感を強めたのかもね」

「上司として、いろんな人々がいなければ、今の自分もないことに気づいてほしいです。この失敗でどこまで変わるかな?」

「彼次第だからなんとも。期待せず、ただ信じて見守るのみと」

「はあ、そのドライさも慣れたわ。でも、その方向が間違っていない事も一番理解しているつもり」

「ありがと! それに結果、私はこの美しい風景とおいしいお茶の時間をあなたと過ごせている。そんな今のきっかけを作った彼の勇気には、感謝してるのよ」

私達はティーカップを掲げると、美しい風景をまた眺めた。

「こういう空気感の彼氏候補、ホントどこかにいないかな」と。

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