【第九場…オアシッス村】

《E氏 →今の社会を映す犯罪を彷彿とさせる。詩人のキャラクター―が言動で立ってくる。威張っていた嫌な奴が味方となるとこうも変わるが、少し口汚さは残る。詩人らしくない詩人というのが面白い。そうか、「ありがとう」と言えばありがとう星人のおじさんが来てくれるんだ。シンプルで惹かれる》

こうして、わたしたち三人は海を目指して東へと歩きだしました。

 しばらく行くと、オアシッスという村がありました。そこでは、清水のわき出る泉を持っているチョウダイ兄弟が、高いお金で水を売って、村を牛耳っています。チョウダイ兄弟に逆らうと水が手に入らなくなりますから、誰も逆らおうとしません。砂漠で水がないのは命とりなんです。以前は、泉をみんなのものにしようと反乱が起きたこともありますが、チョウダイ兄弟は、荒くれ者たちを大勢雇っていましたし、武器もたくさん持っていたので、あっと言う間に反乱はおさまってしまいました。
「おいしい水がありますよ。ヒッヒッヒッ」
 人相の悪いおばさんが、猫なで声で、寄ってきました。詩人さんが値段を聞いてみますと、
「コップ一杯、五百ギロン。十杯なら、五千ギロンだよ」
「うわー高い。そんなお金ないよ」
「あら、そうかい。それじゃ、あそこでお金を借りるといいさ。ついでに仕事も紹介してもらうといいよ」
 指さす方を見ますと、これまた人相の悪い男の人が、札束を見せながら、
「お金に困ってる人いらっしゃい。いいものあれば買い取るよ。売る物なければ、仕事を紹介するよ。腕っぷしが強ければ、ボディガードでも肉体労働でも何でもあるよ」
 話を聞きながら、ありがとう星人のおじさんは、わたしにじょうろで水をかけていました。すると、
「あんた、何勝手なことやってんだい? オアシッス村では、水を持ち込んだら、持ち込み料を払ってもらわなきゃ」
「アリガトウ」
「何言ってんだよ。コップ一杯持ち込んだら、五百ギロンだからね。あんた、どれだけ水持ってるの?」
 おじさんは、じょうろを見せました。
「ああ、コップ二杯だね。じゃ、千ギロン」
 これじゃ、水を持っていても、買うのと同じです。
「アリガトウ」
「だめだめ、ごまかそうったってそうはいかないよ」
「あっ、奥様ちょっといいですか?」
 詩人さんが、口をはさみます。
「奥さん、ちょっと口角を上げてみてください」
「え、何コーカク? どうするの?」
「ええと、こんな感じです」
「え、なんで? こう?」
「そう、奥さん、かわいいですよ」
「もう、やだよ。この人は」
 隣で、ありがとう星人のおじさんは、奥さんの顔をマネしています。
「ほうら、この黄色い人を見てください。奥さん、そっくりですよ」
「え? わたし、そんな顔してた?」
 詩人さんは、お世辞を言っているのではありませんでした。
「奥さん、ちょっと笑ってみてください」
 もう、水売りのおばさんは詩人さんの言いなりです。おばさんはかわいく笑いました。
「奥さんは、笑顔美人ですね。ほうら」
「ありがとうね。美人なんて言われたの初めてよ」
「キラリン!」
 ありがとう星人のおじさんは、黄金のように輝きました。
「アリガトウ!」
「えっ? もう、お金はいいよ。それに、この水もあげるから、持ってって。どうせ水はいくらでも、わいてくるんだからさ」
「いいんですか。すみませんね」
 すると、ドスのきいた声がしました。
「おい、キモナ! 何、勝手なことしてんだ?」
 さっきのお金を貸す人が、怒っています。それでも、やっぱり、ありがとう星人のおじさんは、
「アリガトウ!」
「ありがとうじゃねえよ! ちゃんと金を払え。この村のルールなんだからな。痛い目にあいたくなけりゃ、さっさと払うか。この金を借りて働け!」
「アリガトウ」
「しつこい野郎だな。俺はキモナと違って、だまされねえからな!」
 ふと見ると、詩人さんはブルブル震えながら、ありがとう星人のおじさんのかげに隠れています。それでも、おじさんは、
「アリガトウ」
「まずいですよお。早く逃げましょう」
 詩人さんが、おじさんの手を引っぱります。しかし、騒ぎを聞きつけて、大勢のボディガードに囲まれたチョウダイ兄弟がやって来ました。
「あんたたち、よそ者が勝手なことしてもらっちゃ困るな。この村は、水の恩恵で成り立っているんだ。水はお金の代わりにもなるほど大事なもんだ。それに、うちの水は、おたくらの水とは大違い。上等の水だ。一緒にしてもらっちゃ困るんだよ」
 と、兄弟は凄みます。
「アリガトウ」
「うるせえ!」
 怒ったボディガードたちは、ありがとう星人のおじさんに、かかっていきました。それでも、また、
「アリガトウ」
 そう言うと、ありがとう星人のおじさんは、ボディガードたちの攻撃をくねくねとかわしながら、クビをグーッと伸ばします。チョウダイ兄弟やボディガードたちが驚いているうちに、おじさんのクビは、空高く雲の高さまで行きました。思いっきり息を吸いながら、くるくると回ります。どんどん雲が集まってきました。オアシッス村の空が真暗です。
『ポツン』
 雨です。雨はどんどん激しくなります。ありがとう星人のおじさんは、頭で大きなジョウゴを作って、チョウダイ兄弟に雨が集まるようにしました。最初は、
「おやっ? オアシッス村に雨なんて。珍しいな」
 と言っていた兄弟ですが、雨はやみそうにありません。そして、滝のように自分たちにかかるので逃げ出しました。おじさんは、追いかけましたが、兄弟やボディガードたちは、自分らの豪邸に逃げ込みます。おじさんは、両手を広げて、家の周りを高い壁で囲みました。そして、ジョウゴで雨をどんどんその中に流し込みます。見る見る、家は水の中につかっていきました。
「プハー! ひえー! 助けてくれ!」
 すると、さっきまで隠れていた詩人さんが、大きな顔をしています。
「ほうら、おまえらの大好きな水をやってるんだ。ありがたくいただけ!」
「かんべんしてくれ、何でも言うことを聞くから!」
「本当だな。んじゃ、もっと水を安くしろ。それから、今まで貯めてきたお金をみんなに分けてやれ」
「はい。じゃ、コップ一杯四百ギロンにします。ゲホゲホッ」
「何言ってんだ! 1ギロンでいい」
「ひえー! それは困ります。ブクブク…」
「んじゃ、まだ泳ぐか?」
「わかりました。1ギロンです」
「それから、水の持ち込み料はタダだ」
「もう、そんなのどうでもいいです! 早くやめさせて!」
「財産も武器も全部出せ。これでボディガードも雇えまい」
「それは、かんべんして!」
 まだまだ水は増え続けています。仕方なくチョウダイ兄弟は、
「わかりました。わかりました。もう、何でも言う通りにします」
 ありがとう星人のおじさんは、じょうごを引っこめて、囲いを外しました。
『バッシャー』
 たまっていた水が、外に出ていきます。それから、おじさんは砂を掘って集めた武器を埋めてしまいました。奴隷みたいに働いていた村人たちは、大喜びです。今までの恨みをはらそうと、チョウダイ兄弟を取り囲む人たちがいました。すると、ありがとう星人のおじさんは、その周りにまた壁を作って、大きなじょうごを作って雨を注ぎ込みます。あっと言う間に、みんなの背が届かなくなるくらい水はたまりました。溺れてはいけないとみんなバシャバシャするばかりです。砂漠出身ですから、みんな、泳ぎは得意じゃありません。
「争いごとも許さない。みんな、わかったか? これまでのことは水に流して、みんな仲よくできるか?」
 詩人さんは、なかなかうまいことを言います。
「助けてー! もう、わかったから、やめてくれ!」
 怖い顔の人たちが、みんなで叫んでいます。おじさんは、また囲いを外しました。すると、周りから拍手がわきあがりました。本当は村の人たちみんな、仲よく暮らしたいと思っていたのです。ありがとう星人のおじさんは、大きく息を吹いて雲を蹴散らして、元の姿に戻りました。雲がなくなって、空は快晴です。雨がやんで、しょんぼりしているチョウダイ兄弟以外は、みんなニコニコしています。詩人さんは、言いました。
「いいかい、今からお金を配るよ。水のコップ1杯1ギロンは、みんな守るように。でも、もし、この兄弟が、また高いことを言い出したら、みんなで、大きな声で『ありがとう!』って言ってください。すぐに、ありがとう星人のおじさんが大雨を降らせてくれまーす!」
 ありがとう星人のおじさんは、背を空まで伸ばして、頭を大きなじょうごにして見せました。

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