笑って死ぬために必要なこと
日本の心を照らします🌞
鉄舟です
今日は新潟に来ています。
大学の部活の同期で新潟出身の人がいて、2019年に白血病で亡くなりました。
それから、毎年お盆前後に新潟に来るようになり、墓参りと護国神社を参拝することが習慣になりました。
その同期の葬式の日、強く思わされたことがあり、それが自分が大切にしている価値観になっています。
今回は、その価値観にまつわる話を書こうと思います。
僕は、小説はあまり読まないのですが、宮本輝の作品は好きで何作品か読んだことがあり、中でも「春の夢」という作品が好きです。
この作品の中で、「最期の顔は、その人が、人としてどう生きてきたかの結果を示している」という話がありました。
たとえ事業に失敗し、借金を多く抱え、いわゆるドン底の中で人生を終えても、穏やかな顔で死ねる。
一方で、金持ちになっても、人を騙したり、蹴落としたりしながら生きてきた人は、欲にまみれ、最期は醜い苦悶の表情で生を終えることになる。
作品の中のそのような話が、僕の中で強く印象に残っていました。
この話を、現実で答え合わせするような出来事が、2019年に起こりました。
2019年、近い年代の友人を二人、失いました。
一人が、冒頭に書いた、白血病で亡くなった部活の同期です。
もう一人は、大学の寮で同じ部屋で過ごした後輩です。
部活の同期をAくん、寮の後輩をIくんと書くことにします。
AくんとIくんの最期の顔は、対照的でした。
Aくんの寝顔を最初に見たとき、彼が微笑んだように見えたくらい、穏やかで、きれいな顔をしていました。
実際、Aくんは、部活はソフトテニス部だったのですが、勝負事や争い事は向いてないと思うくらい、優しくて思いやりの強い人でした。。
白血病の闘病生活では、医者に「こんなに自分の病気と向き合った患者は見たことない」と言わしめるほど、目の前のことにド真剣に取り組む、真っ直ぐな人間でした。
そんな人間だったから、最期の顔は、微笑んでいるような顔だったのかなと、思いました。
Aくんの死の数カ月後、突如Iくんの訃報が届きました。
Iくんも、とても心優しい人で、寮では毎日のように家族と電話していたように思います。
料理が得意で、部屋内で飲み会が発生したときは、よく料理を振る舞ってくれました。
ただ、Iくんの葬式のとき、死因は聞くことができず、あまり探らないほうがいいような雰囲気がありました。
そして、Iくんはとても苦しんでいるような顔で眠っていました。
喪主を務めたIくんの父親の悔やんでも悔やみ切れないような表情は、忘れることができません。
何があったのかはわかりませんが、Iくんにはあまり口外できない事情があったようです。
この二人の死、葬式の様子、そして最期の顔を見たとき、「春の夢」に書かれてた概念は、概ね正しいと思うようになりました。
ネイティブ・アメリカンの言葉にも、「生まれたときは、自分が泣き、周りは笑った。死ぬときは、自分が笑い、周りが泣く、そんな人生を生きなさい。」というものがあります。
この「笑って死ぬ」ために、何が必要かということを、僕は「春の夢」と二人の死から学びました。
人を騙したり蹴落としたりせず、人として正しいやり方・在り方で、全力を尽くして生きる。
たとえ、病気や勝負に負けたとしても、自分の境遇を恨まず、目の前のことに全力を尽くす。
それが、きれいな顔で天国に行く秘訣なんじゃないか、そんな風に思うようになりました。
僕の人生の目標の一つに、Aくんを超えるような笑顔で死ぬ、というものがあります。
そんな生き方をすることが、Aくんに対する最大の供養と考えています。
笑って死ぬために必要なこと、このような深いテーマを書けるような人間ではまだまだ程遠いですが、自分の中に考えを書いてみました。
何か、参考になることがあれば幸いです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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