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大腿骨転子部骨折 治療

3.治療
 術前の理学療法としては、腓骨神経麻痺を回避するために良肢位の保持、大腿四頭筋に対するmuscle setting、末梢循環障害と尖足予防のために足関節自動運動が行われる。
 

 術後の理学療法は、安静度が端座位保持可能になるまでは、術前と同じように良肢位の保持、大腿四頭筋に対するmuscle settingと足関節自動運動を行う。

 術後2日により端座位保持練習を開始し、重錘牽引による整復あるいは膝関節の寡動による副作用として考えられる膝関節痛に対して、膝関節屈伸のROMexを積極的に行う。

 また下肢伸展挙上練習を行い、ベッドサイドにて立位練習を開始する。特に問題が無ければ術後5日より平行棒内立位歩行練習にて積極的理学療法を開始する。入院期間は術前の歩行能力を考えほぼ同等となる術後約3週間で自宅退院を原則としている。
 

 CHSやɤ-nailによる骨接合術後の理学療法はそのラグスクリューが骨頭の中心部から移動して、上方に突き抜けるcut outに注意する必要がある。

 術後理学療法を開始するにあたり必ず術後レントゲンにてラグスクリューの位置を確かめることが大切である。

 つまり、ラグスクリューが骨頭中心により上方に位置しているときや内反固定位となっている場合には要注意となる。

 この場合もベッドサイドや理学療法室で立位保持練習時に股関節痛に気をつけて、疼痛を訴える場合にはレントゲン撮影を検討する。そしてラグスクリューの移動を認めた場合には荷重の延期等が必要になる。

①合併症予防
深部静脈血栓症予防として、術前から両側足関節底背屈自動運動(カーフパンピング)を行う。

 弾性ストッキングあるいは間欠的気圧圧迫法などを利用する。術後、離床が進み歩行が可能になるまで続ける。肺合併症予防として術前から呼吸・喀痰練習などを術後端座位が可能となるまで数日続ける。

②ROM運動
術前は足関節底背屈自動運動を指導する。術後から持続的他動運動装置を用いたROM運動を開始する。

翌日からは股関節、膝関節、足関節の他動運動を実施する。端座位が可能となれば自動介助運動での膝関節屈曲、伸展運動、体幹前屈運動(股関節屈曲運動)を実施する。

③筋力増強・維持運動
術前から非麻痺側下肢のSLR、大腿四頭筋セッティング、エラスティックチューブを用いた足関節底背屈抵抗運動を実施する。

両上肢は重錘を持たせた挙上運動やボール握りなどの抵抗運動を実施する。術後翌日からベッド上臥位で頭部挙上による体幹筋の筋力増強、理学療法士介助下のもと低負荷での股関節外転運動、股関節伸展運動を実施する。

端座位が許可されれば自動介助での膝伸展運動、足趾自動運動(タオルギャザー)などを実施する。筋力維持・増強のセット数に関しては各10回×3セットとする。

④動作・歩行練習
術後翌日からギャッジベッド上でベッドアップ開始し、患者の状態を見ながら徐々に角度を上げ端座位(術後1~3程度)へ進める。

端座位獲得後は車椅子、平行棒内起立練習へと進める。術創部の痛みや荷重に対する恐怖心が強い高齢者などでは斜面台を利用した起立練習も有効である。その後部分免荷にて平行棒内歩行、歩行器歩行、松葉杖歩行、T字杖歩行へと荷重を増やしながら進める。

 T字杖歩行が確立(安定性、歩容、持久性、スピード)すれば階段昇降や床上動作練習を行う。

リスク管理
①合併症
術後2~3日までは脂肪塞栓症の危険性があるため低酸素症状(不整脈、足部の冷感、呼吸困難、意識障害など)に注意する。

 深部静脈血栓は術後1週間以内の発症が極めて多いため、下肢筋の硬化や圧痛の症状、および血液検査(D-ダイマー値の上昇)には注意する。

 高齢者において術後2~3日までは無気肺、肺炎などの肺合併症の症状(喀痰の増加、息切れ、発熱などの症状が出現)にも注意が必要である。

②手術操作による痛み
CHSでは大腿外側にプレートを固定するため外側広筋の骨表面から剥離を行うため、手術後の痛みや荷重時に膝折れが生じることがある。

③過度なテレスコーピング現象
ラグスクリューの過度なスライディングは疼痛や骨癒合遷延の原因となるため過度なテレスコーピング現象(荷重に伴い骨折部が圧潰し、頸部の短縮が生じる現象のこと)が認められた場合、荷重を伴う歩行練習は慎重に進める必要がある。

④荷重時期と荷重量
術後翌日から疼痛自制内で開始し、基本的に著しい骨粗鬆症や重度の不安定型でない限り荷重量の制限はなく、全荷重許可とする場合が多く早期離床、早期荷重歩行練習が可能である。

 全荷重時期は2~3週が一般的である。骨折部の整復位不良(不安定型)や内固定が不十分な場合は荷重時期を3~4週程度遅らせる場合もある。

外側広筋の切開による術後の疼痛は膝伸展運動を減少させ膝関節屈曲拘縮と赤筋線維が豊富な内側広筋の筋委縮を進行させる。

 萎縮した内側広筋の筋収縮、筋出力を外側広筋の過緊張にて代償する。持続した過緊張により膝外側部にメカニカルストレスがかかり膝蓋骨外側部に痛みが生じやすい。

 切開される各組織は結合組織で連結しているが、組織間での滑走性が重要。

 例えば、股関節の内外転では大腿筋膜張筋が伸張・弛緩されるが、大腿筋膜張筋と隣り合っている外側広筋は単関節筋であり、股関節の運動には関与しない。そのため大腿筋膜張筋と外側広筋での間の滑走性が重要。

 具体的には、大腿四頭筋を片手で把持して固定。もう片方の手で大腿筋膜張筋を把持して隣り合っている外側広筋の上を大腿筋膜張筋が前方・後方に滑らすようにリリースをかける。

 大腿外側の筋が治療のターゲットになるということはアナトミートレインでいうラテラルラインの筋膜のつながりをみる必要。

 ラテラルライン(LL)はアナトミートレインの筋膜ラインの一つ。Lateral Lineと英語では表記。頭部の後外側の筋から頸部前外側を通って、体幹外側、大腿外側、下腿外側の筋までの筋膜の連結。左右両側に存在し、体幹の側方や回旋の動きを制動することが大きな役割。

筋のつながり
頭板状筋/胸鎖乳突筋→外・内肋間筋→外腹斜筋→大殿筋→大腿筋膜張筋→腸脛靭帯/外転筋→前腓骨頭靭帯→腓骨筋→外側下腿区画

骨のつながり
後頭骨稜、乳頭突起→第1・2肋骨→肋骨→PSIS、ASIS、腸骨稜→脛骨外側頭→腓骨→第一中足骨底、第五中足骨底


特徴① 身体を両側から支え、身体側方への動きを制動している。
LLは身体の外側の筋で構成されているため、運動としては体幹の側屈、股関節の外転、足関節の外返しなどに関与している。

 また、体幹の側方運動や回旋運動に対して制動する役割を持っている。

 上肢の運動をする際に、体幹の側屈・回旋などの運動が伴うが、このときにLLが体幹と下肢とを連結し固定することで身体が崩れることを防いでいる。

 つまり、LLが機能しているから上肢機能を発揮できるとも言える。肩関節機能障害など評価する際にはLLもポイントの一つとなる。

特徴②外側X字の法則
LLには内・外腹斜筋と内・外肋間筋が含まれる。この腹斜筋と肋間筋の筋の走行は、内腹斜筋・肋間筋と外腹斜筋・肋間筋がX字のように重なるように走行している。

これは体幹の回旋の動きにもLLが関与していることを示している。特に歩行時の回旋ではLLの外側X字が大きく関与している 。そのため肋間筋をも歩行筋として捉えることができる。

特徴③左右のラインのバランスを崩しやすい
LLを構成している筋として筋長の短い肋間筋や靭帯である腸脛靭帯が含まれている。

また、姿勢の保持に主に働くため、持続的な収縮が要求され、血流の制限にもつながり、利き手・利き足の関係で左右のバランスも崩しやすいラインになる。 変形性膝関節症やラテラルスラストにもこのラインが影響していることが想像できる。

介入
大腿骨転子部骨折や頚部骨折などでは手術でTFLや腸脛靭帯を切開するため、その後のリハビリでは股関節の可動域制限や膝関節の屈曲動作で大腿外側に痛みを訴える症例は多い。

また、患側下肢に荷重をかけないように生活するため、上肢の支持を多く使用する。体幹の側屈や上肢を下に押し付けるため、側腹部の短縮つまり肋間筋の短縮につながる。

そこで治療としては、
• 側臥位にて骨盤を固定し、胸郭・肋骨の回旋を促したり、側臥位のまま上の肩を屈曲して側腹部の伸張
歩行につなげる場合は、壁に対して横向きとなり(患側が壁側)、患側上肢を挙上して壁につき、そして患側立脚期での体幹の抗重力伸展がつくれるので、この肢位でのstep練習などで、中殿筋が働きやすい姿勢をつくる
下肢を治療ターゲットにするが、肋骨筋などの体幹上部の動きが重要になってくる。

4.経過・予後
退院までおおよそ5~6週間程度が目安となる。術後約6カ月間は身体機能の回復が期待されるため、筋力維持・増強運動やバランス練習などホームエクササイズの指導が必要である。


大腿骨転子部骨折後の死亡率は,術後3ヵ月では5.1〜26%,6ヵ月では12〜40%,1年では9.8〜35%である.日本の報告では1年での死亡率は9.8〜10.8%である.生命予後を悪化させる因子は,高齢,長期入院,受傷前の移動能力が低い,認知症,男性,心疾患,body mass index(BMI)低値(18kg/㎡未満),術後車椅子または寝たきりレベル,骨折の既往などである.また,術前の生活が自立していたものは死亡率が低い.


参考文献
大腿骨頸部・転子部骨折の分類と理学療法の注意点 赤坂清和 埼玉理学療法 8.2-7.2001
大腿骨頸部・転子部骨折のガイドライン 野田知之 尾崎敏文 岡山医学会 2010
今日の理学療法指針 加藤浩 p25~28

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