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バスの運行中に事故があったらどうなるのか ~路線バスの運行障害~

 地域住民の生活を支える路線バス。日本全国にその路線網が張り巡らされていますが、全てが定刻通り、トラブル無しで運行されている訳ではありません。一年中、多くの場所で走っている路線バスの中には、平常運転を妨げる様々な「運行障害」があるのです。

1. 予備の運転士という存在

 運行障害には種類がいくつかありますが、それらの処理を語るのに欠かせない存在なのが、予備の運転士です。運転士はその名の通りバスの運転を仕事としていますが、緊急対応のために「待機」を仕事にする運転士がいます。多くの場合、早朝からお昼過ぎまでの「午前予備」とお昼過ぎから最終バスまでの「午後予備」があります。前回の記事で運転士の勤務ローテーションを紹介しましたが、予備を行う日もローテーションに組み込まれています。予備の運転士は専門の人に振り分けられるわけではなく、ローテーションに応じて午前番の日に午前予備が充てられ、午後番の日に午後予備が充てられます(とはいえ、事務員側の指示に快く従ってくれる人が自然と選ばれていきますが)。
 これからお話しする運行障害時には大活躍する予備運転士ですが、何もない時は基本的には暇です。営業所内に座ってテレビやスマホを見てゆっくりしたり、車庫内にあるバス車内のポスターを貼り替えたり、雨が降ったら車庫内のバスの戸締りに行ったり、冬季はストーブの灯油を補充したりなど、仕事をするにしても簡単な雑用が多いです。あるいは事務員が外線電話で運賃や路線のことを訊かれて、分からない時に待機中の予備運転士に質問したりしていました。「楽だから」という理由で予備勤務を希望する運転士もいますが、緊急時は迅速な動きが求められ、一応休憩時間がありますが常に一定の緊張は持ってないといけません。場合によっては退勤時間が大幅に伸びる場合もあるため、運転士としてある程度の経験がある人当たりの良い運転士が選ばれやすいです。
 ちなみに運転士と同時に、車両も予備が数台あります。休日ダイヤの日は予備車両数に余裕がありますが、営業所によっては十分な予備車を確保できない場合も有り得ます。

2. 事故が起きたら

 さて、紹介する運行障害の1つ目は事故です。人身事故・物損事故・もらい事故や、バス特有のものとしては車内人身事故(急ブレーキ等により乗客が怪我をする)があります。いずれにせよ、事故が起きたら運行を中止して運行管理者に連絡し、相手方と共に対応しなければなりません。そうなるとその先の運行が出来なくなってしまいますが、そこで投入されるのが予備の運転士です。
 事故の連絡を受けた運行管理者は、運転士の名前とバスの号車、場所を聞き取り現場へ向かいます。多くの場合、運行管理として事務員が路線を見ていますので、事故が起こったダイヤのその後のケアをしなければなりません。前回の記事でお話ししたように、運転士にはその日の勤務ダイヤが割り振られています。ダイヤにはその日の運行内容が、実車か回送か、どこ経由何行きの運行か、分単位で決められています。

 上に運行の例を挙げました。実線は実車、線の無い部分はバス停での待機時間、後半のA駅からA駅の運行3連発は循環バスです。そして、B団地からA駅へ向かう途中で事故が起きたものとします。運転士は営業所に連絡し、対応を仰ぎます。運行を維持する立場としてまずケアをしなくてはいけないのが、事故が起きた地点からA駅までの運行です。これはすぐに予備の運転士を呼び、バスで現場まで向かわせます。そして、事故地点からA駅までの運行を任せます。本数が多い路線でしたら、乗っていた乗客は後続のバスに乗せ替えて予備運転士は「帳尻合わせ」として走るだけですが、本数が少ない路線ですと、車庫から事故地点に着くまで長い時間外で待たされる可能性があります。乗客には申し訳ないですが、こうならざるを得ません。偶然事故発生地点から程近い所に、休憩に入るために車庫へ回送している車があれば、その車に代務させることも可能です。その場合は休憩時間が削れてしまうため、休憩明けの1、2本の運行を予備が走ったりします。
 事故時の運行ケアはこれで終わりません。事故地点からA駅までの運行は解決しましたが、A駅から先の運行は、先程出発した予備の運転士に対応してもらうと大幅な遅れが発生してしまいます。その場合は、2人目の予備運転士を投入し、A駅から先、休憩までの運行を代務してもらいます。

 事故が起きる頻度としては、通常はもらい事故が多いです。現在はほとんどのバスにドライブレコーダーがついているので検証はしやすく、場所に不慣れな県外ドライバーがバス専用レーンに入ってしまうといった原因が多いです。その場合は休憩までのダイヤは予備運転士に見てもらい、休憩明けからは別の車両に乗り換え、運転を再開します。

3. 道を間違えたら

 2つ目の運行障害は、運転士が道を間違えてしまう「経路ミス」です。もしかしたら読者の皆様の中には遭遇したことがある方もいるかもしれませんが、私は乗客として現場に遭遇したことはありません。実はこの経路ミスですが、営業所の管轄内で1ヵ月に1回は起こっています。
 道を間違えるパターンとしては、交差点を左折(右折)しなければならない所を直進してしまうというのが一番多いです。起終点のバス停が同じでも、1時間に1本だけ経由地が違う時などに起きやすいです。もし道を間違えたら、運転士はまず運行管理者に連絡をしなければいけません。時々、連絡をせずに自己判断で元の経路に復帰して事なきを得ようとする運転士がいますが、大抵の場合は乗客から営業所に連絡が入り、発覚します。深夜便など乗客が極端に少ない時は「勝負をかける」といって連絡をしないことが時々あるようです。ただ、経路ミスも評価の対象になりますが、無連絡の場合は懲戒になることもあります。連絡を受けた運行管理者はどこをどう間違えたのか訊き、経路復帰の指示を行い、運転士はこれに従う必要があります。
 経路復帰の方法としては周辺道路の構造等によって最適解は変わってきます。間違えた道の先で右折を繰り返し周回して戻る方法が一番多いですが、たまたま折り返し場があればそこでUターンすることも出来ます。

経路復帰の例。左は右折を繰り返して一周する場合、右は折り返し場でUターンする場合。

 経路復帰した後は、車内アナウンスで乗客に謝罪をし、以降のバス停で降車扱いをする際は、乗り合わせた乗客からは運賃を徴収しません。経路復帰がスムーズに行けば、終点に着いてからは待機時間が設けられているので遅れは発生しませんが、復帰に時間がかかった場合は、その後の運行に遅延が発生する場合があります。その時は運行管理者の判断で次の運行からは予備運転士の代務が入ります。

3. その他の運行障害

 運行障害は、事故と経路ミスが大方を占めています。それでも、通常運行を妨げる要因は他にもいくつかあります。
 まずは、突発的な通行止めです。沿線で火災や一般車同士の事故、事件が起こった場合、警察によって道路が通行止めになる場合があります。程度によってはバスだけは通してくれることもありますが、それも出来ない時は運行管理の側で迂回ルートを考え、当該道路を通る全ての運転士に周知させなければなりません。運転士は車両の鍵と共に事務所と連絡を取るための専用の携帯電話(キッズケータイのようなものが多いです)を持っていて、事務所側から何かを知らせるにはこの携帯電話に短文を送ります。「通行止めが発生し、◯◯から◯◯まで運行できません。こう迂回してください」となるべく簡潔に指示を出します。運転士は迂回ルートに従って終点まで着けば大丈夫ですが、事務所側としては、バスが決められている道以外を走ったため、報告書を作成するなどのいくつかの事務処理が発生します。
 あるいは、乗客が運転士にクレームを言って降りない、酔っ払いがどかない、乗客同士が喧嘩している時も、程度によっては運行を止めざるを得ない時もあります。そういう時も事務所に連絡し、予備運転士で対応します。

 私はプライベートでバスに乗っていてこういった運行障害に遭ったことはありませんが、バス会社に入って「意外とそこそこの頻度で起こるんだな」と感じました。運行障害は無いに越した事はありません。再発防止に努めることは第一ですが、起きてしまったトラブルには必ずそれを処理する人達がいることを忘れないでほしいです。


 


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