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スーパー・らくだの渋滞レジ(短編小説;6200文字)

「1286円になります」
 そう言いながら、アタシの右手は既に次のお客さんのバスケットを引き寄せていた。川が流れるように前のお客の支払いと次のお客の商品スキャン準備を平行して進めていかないとさばけない。
「……えーと、確か1円玉が6つぐらいあったような……」
 大きめのがま口財布を開いて中身をかき分ける鳥山のお婆さんに、既にリズムは崩れかけていた。

 でも、お年寄りの脳活性化のためには、時間がかかってもこんな風にきっちり払う方がいいらしい。千円札を渡してお釣りを受け取り、数えもせずに財布に流し込む、というお客さんは、アタシたちレジ係にとっては手間がかからなくていいんだけど、認知症予備軍の恐れもあるんだって。
 でも、問題は ── ほかのお客さんの《理解》とのバランスだ。
「あれ? 5つしかない……おややや、あららら……」
 鳥山さんはがま口を傾け過ぎて、小銭をレジ台にぶちまけてしまった。幾つかは、さらに床に転がった。
「あららら、ごめんなさーい」
「大丈夫ですよ、あわてなくても」
 もちろん、アタシは ── 他のお客の冷たい視線にあわててる。
 次のお客さんが大きなため息をついた。その後ろのお客は二つ隣のレジに並び直している。
「たいへん、申し訳ございません」
 謝るのはもちろん、レジ係 ── そういう《掟》なのだ。

 鳥山婆さんの落とした小銭を拾い集めながら、隣のレジも気になっていた。そこには、先月から働き始めた鯖木さばきさんがいる。

「えーと、ダイコンはバーコード付いてないから……っと、これはね……えーっと、あったあったあった、ほら、ここに」
 ひと月もすればだいたい慣れるものなんだけど、……鯖木さんだけは例外だった。── しかも、遅いだけじゃない。
「いいダイコンでしょ? 千葉県産。他のスーパーより、安くて身が締まってるの」
 話好きなのか、たいてい何かひとこと付け加える。
「……いいから、早くして!」
 声だけでお客のイライラがわかる ── もちろん、鯖木さんには通じない。
「あら、お急ぎでしたか? ごめんなさーい。あ、トマト2個ですね? ご存じ? ──今日はトマト、3個買うとお安くなるのよ」
「いいのよ、2個で! いいから、さっさと……」
 アタシは耳のスイッチを《自分のレジのみ》に切り替えた。商品相手もお客相手も、── どちらも《捌き》がとにかく遅い、鯖木さんに構っている余裕なんてない。

「レジ袋はごりようですか?」
 一応、そう尋ねる決まりになっている。ただ、……相手は河口のお爺さんだ。トホホ……。
「そりゃ、あった方がいいに決まってるが、……金、取るんだろ?」
「はい、ひとつ3円になります」
「……ったく、世知辛い世の中になったもんだ。こんなペラペラの袋で金とるなんざ……」
「申し訳ありません。法律で決まったんで……」
「法律法律ってなあ、そもそも日本の政治家はなあ、……」
 アタシは心の中で深い深あーい、地中深く、たぶん《地獄》にまで届くようなため息をつき、けれど口もとに笑みを残したまま、耳のスイッチを完全OFFにした。── 河口の爺さんがレジで毎回必ず繰り広げる、わけのわかんない《持論》が終わるまで。
 でも、目の端には次のお客さんの《迷惑顔》がどうしても入って来る。
 常連のお客さんは心得たもので、鳥山婆さんや河口爺さんの後ろには絶対つかない。知らずに並ぶのは、地元密着スーパーの「らくだ」じゃ、《ド素人》ばかりだ。

**********

「ふう! ……疲れた」
 休憩室に行くと、乳製品売り場担当の山口先輩が紙コップにお茶を持ってきてくれた。
歩美あゆみちゃん、お疲れ」
「あ、おつかれさまです。ありがとうございます!」
「今日はけっこう渋滞してたわね」
「そうなんですよ! ……ウチは6つしかレーンがないでしょ、そのうち2つが渋滞したら、もうたいへん!」
「鯖木さんのレジは確実に渋滞するし、ね」
 山口さんが辺りを見渡しながら小声で言った。
 ── 大丈夫、鯖木さんはまだ休憩時間じゃない。
「悪い人じゃないんだけどね」
「そう、《YK》ですよね」
《YK》? ── 《KY》じゃなくて?」
「ああ……」これはアタシが作った言葉だったっけ?
「たしかに鯖木さん、《KY》 ── 《空気が読めない》、って部分もありますよね」
「え? ── じゃ、《YK》って?」
《よく言えば、気さく》 ── です」
「……なるほど」
「── でも」
「── でも?」
「なんとかしなくっちゃ」
「── よね?」
「── です!」

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