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万博の『目玉』【1/4】

万博の建設・運営費用は当初の予算を大きく超え、しかも目玉企画がなく、多方面からの批判にさらされていた。そこで私は、会場を訪れた個人客の案内役となり、しかもそれ自体が未来社会へのレガシーとなり得る ── 『目玉』開発プロジェクトを起こした。
『目玉』は万博の人気者になり、私自身も共にいくつかのパビリオンを回ったが、その能力は、想定をはるかに超えるものだった。
万博閉幕後数年を経て、『目玉』は実社会に配備され始めた。小学校でいじめがなくなり、都市の犯罪件数は減った。しかし、『目玉』システムの全体像は何なのか、社会をどう変えていくのかが見えない。そしてついに、私自身も『目玉』からマークされることになる。

あらすじ(298 字)


 ワイドショーでは、万博の会場建設費用が膨らんでいる問題を批判的に論じていた。

「建設資材高騰を理由に国庫から投入する金がどんどん増えていくことは問題です。でもそれ以上に、そもそも一体何のための万博なのか、という『理念』に欠けている。未来社会に向けてレガシーとなりうるような『目玉』がない
 識者のコメントに、推進派が反論した。
『目玉』なら、『空飛ぶクルマ』があるじゃないですか
『空飛ぶクルマ』ねえ……でも、外見は単なるドローンですよね。もちろん有人で飛ぶのはすごい。しかし、それゆえに安全性の問題があります。デモで飛ばすくらいはできるでしょうが、客を乗せて ── 例えば、一般入場料の10倍ぐらいの料金を取ってもいいのですが ── 空港から会場まで飛ばすぐらいの大きな『目玉』になるんでしょうか?
「いや、それは……無理でしょうね……リスクが大き過ぎます」
「かつて愛知万博は規模をかなり縮小したのに連日大人気で、最終的に収支は黒字だったそうです。今回の万博も、逆転サヨナラになるような目玉企画が欲しいですねえ。地元の経済界が総工費の3分の1を負担するということですが、費用だけでなく、あっと驚く目玉企画を出せないものでしょうか?」

 「ねえ、この目玉企画ってヤツ、あなたの会社 ── BSC社でなんとかならないの?」
 妻が言う。
「うん、オレも今、それを考えていたところだ。万博の『目玉』になるような技術開発で、しかも、来場者が追加料金を払ってオプション利用できるモノやサービスがないだろうか ── ってね」

 ── 仕事と言うより、趣味かもしれない。
 いつも、誰にも頼まれてもいないのに、大きな社会問題の『解』を勝手に考えている。その多くは『妄想』の類で、実現困難な『机上の空論』に近いのだが。
 けれど、今回はいけそうな気がした。本業で開発中の介護用ロボットの技術を転用して、何かできないだろうか?
(目玉、目玉、目玉、目玉、……おお、そうだ!)

 **********

  開会式から2週間経った。
 事務局からは、我々のチームが提案した新企画が好評で、当面はびっしり予約が入っている、と聞いていた。例の識者が話していたように、このサービスを利用するには一般入場料よりひと桁大きな金額を払わなければならないというのに、この人気だ。
 今日は私自身が密かに『目玉』を予約していた。もちろん、開会前には自ら何度もテストした。しかし、混雑した会場で実際に使ってみるのは、まったく別の話になる。

  朝、会場に入ると、『目玉』をレンタルするサイトに直行し、予約チケットを見せた。
「ありがとうございます。では、今日一日お貸しします」
 係員がにこやかに対応した。その背後に、万一のトラブルに対応するため部下のひとりが控えているが、今日の私は付け髭と長髪ウィグで変装しているので気付かれてはいないはずだ。
「では、ご利用方法をご説明します。……」
 自分が開発したシステムだ。使い方はわかっているが、説明を聴くのも確認の一環だ。
「……では、本日閉場時間の30分前までにこちらにご返却願います」
 万一返却し忘れても自力で戻って来るはずだが、係の者はそう付け足した。

「本日、お客様をご案内する『目玉』です」
 カーテンが開き、茶碗 ── といってもポリバケツよりやや大きめのサイズだが ── のへりに両腕をもたれさせ、くつろいだ様子の『目玉』が現れた。
「言語は……日本語でよろしいですね?」
「はい、もちろん」
「では、このヘッドセットを装着してください」
 ヘッドフォンを付けるなり、『目玉』の声が聴こえた。
〈やや、おヌシが今日のパートナーか、名はなんと申す?〉
 少々甲高いが、中年のオヤジらしい物言いだ。
「そうですねえ……トミーとでも呼んでください」
 ヘッドセットのマイクに小声で答える。
〈ようし、じゃ、行くぞ、トミー! どこからじゃ? 外国館のどれかにするか?〉
 『目玉』、いや、『大きな目玉に貧弱な胴体手足がついたオヤジ』は、いわゆる『茶碗風呂』から身を乗り出した。『風呂』といっても湯は入っておらず、首の後ろにある水素充填ソケットを自分で外し、よっこらしょ、と言いながら。
「そうですね……せっかくなんで、『O-TA-KU館』からお願いします」
〈お! いい心がけじゃ! あそこはなんといっても、この万博の『目玉』じゃからのう!〉
 『目玉』はうれしそうに言うと、先に立って歩き出した。

 もちろん、誰もが知っているあの漫画キャラクターだ。
 ただし、今ここで私の前を腕を振りながら威勢よく歩くのは、その『目玉』と相似形だが漫画キャラよりかなり大きく、身長は人間の5歳児ぐらい、『目玉』の直径はその半分ほどを占める。
 この日は家で妻と留守番している息子が、今月でちょうど5歳になる。近所の公園などで遊ぶ息子の後ろ姿と『目玉』が重なり、思わず笑みがこぼれる。
 『目玉』はうれしそうに言うと ── と書いたが、顔は『ほぼ目玉』なので表情などはわからないし、口も見えないので言ったかどうかもわからない。『現象』としてはただ、『目玉』の『眼』の部分が私の方を向き、ヘッドフォンからうれしそうな声が聴こえた、ということに過ぎない。

 目や口の動きをはじめとする『表情』を可変する必要が無いのも『目玉』開発の大きなメリットだった。ハード面での開発は、『目玉』の回転角と、目玉の下にある体 ── 主に足による『歩行』だけに注力すればよかった。腕も一応ついており、上下に動かすことはできる ── けれど、その手で重量物をつかむ必要はない。
 水素充填ソケットを自分で外し ── といっても、手を使って外す『ふり』をしただけで、実際には自動的に着脱される。
 私が直近まで携わっていた、とにかくパワーが必要な介護用ロボット開発とは、何から何まで正反対だった。

 『目玉』は『目玉』らしく、
──《見る》──
 能力が、その一点に特化していた。

**********

 「未来って何だろう? どんな社会になるのだろうか?」
 万博の『目玉』を我が社 ── バイオテック・ショート・サーキット(BSC)社から提案しよう、と開発チームのメンバー候補を十人余り集めた会議で、まず問いかけた。
「万博計画に欠けているのは、『未来社会に向けてレガシーとなりうるようなコンセプト』だそうだ。レガシー ── つまり遺産だ。万博から未来へと送る、大きなプレゼントだ」
 メンバーはまだ、誰もが黙り込んでいた。
「……じゃあ、未来社会から考えてみようじゃないか? とりあえず、万博来場者をもてなす『エンタメ性』は横に置いておこう」

「それ、必ずしも明るい未来じゃなくてもいいんですか?」
 質問したのは優秀な女性エンジニアだった。
「かまわない。自由に言ってくれ」
「やはり、AIの存在感は増す一方でしょうね。……AIが支配する世界 ── とか?」
「うん、徐々にそうなるだろうな」
「あとは、監視社会、でしょうか? ドラレコが典型ですが、『安心安全』の名目でカメラの存在密度は増す一方でしょうね」
「それも間違いないな。じゃ、未来社会を支えるエネルギーインフラはどうだ?」
「非化石資源でしょうね。再生エネルギーのみにならざるをえない」
「── だよな。人間関係はどうなる?」
「今の形での家庭生活はかなり限定的になるのでしょうね ── つまり、自己犠牲を伴う形態での『家族』って、存在しなくなるのじゃないでしょうか?」
「それ、既に進行してますよ」
 別の若手が口を開いた。
「今話に出た『未来』って、どれも『現在』の延長じゃないですか、誰も反論なんかしませんよ。AIが支配する監視社会で人びとは個として生きている ── 間違いなく」
「なるほど。じゃ、ここで万博に戻ろうか。『個』として生きているのなら、会場にも『個』でやって来るのかな?」
「『個』で生きている人は、そもそも万博なんて来ませんよ。ひとりで生きていくのはいいけれど、ひとりでパビリオンなんか見て回ったって面白くない。やはり、感動を分かち合う ── は大げさとしても、感想を語り合う相手がいないと」
「ま、だからSNSに写真を上げたり、動画中継したりする『ぼっち』がいるのよね」
「あと……海外からひとりで来た人だと、言葉のわからない国の万博って、イマイチ効率的に楽しめないかもしれませんね……不安なこともあるでしょうし」
「そうか。じゃ、『個』で生きている人にその日1日付き合うパートナーがいれば、喜ばれるかもしれないな」
「それって、コンパニオン・サービスのようなものですかあ?」
「というより、そのコンパニオン自体が万博の『目玉』であり、我が国の技術の粋を集めたものだったらどうだろう?」
「……うーん」
「しかも、万博にやって来たその日だけじゃなく、未来はずっと一緒にいられたら、と想像できるような『目玉』だったら……」
 私の言葉にメンバーは考え込んだ。
「ようっし! コンセプトは固まりつつある。あとは必要な技術アイテムを書き出していこう!」

**********

 「お! これはこれは……ニュースでは聴いていたけれど、ものすごい賑わいですね!」
 『O-TA-KU館』の前には行列ができていた。眼鏡をかけ、バックパックを背負い、……これは偏見かもしれないが、やや腹の出た若者からシニアまで、オタク風の来場者がひしめいている。半数近くは明らかに外国人だ。判別困難な東アジア系もいるだろうから、3分の2以上は海外からの客だろう。コスプレ姿も少なくない。
〈AI館、メタバース館なんて、もうみんなリアルタイムで経験しているからのう、今更感があって人気無いんじゃよ。そういう技術を使って何を体験するかが重要なんじゃ〉
 『目玉』はつぶやいた。
「でも、オヤジさん、こりゃ、入れそうにありませんね」
〈心配いらん、お前さんが払った特別料金はな、ワシのレンタルだけではないんじゃ。いろいろ特典がある。さ、いくぞ!〉
 『目玉』は『O-TA-KU館』の横手に回り、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアの前に立つ女性に、ヨッと合図して入って行く。
〈さ、トミー、おぬしも来んか!〉

  関係者専用口から入った私の眼に、いきなり人だかりが飛び込んできた。
〈おう、人気じゃのう、これは、『なりきり3Dアニメ・ショー』の次の開演を待っておるのじゃよ〉
 『目玉』は群衆を軽く一瞥した後、一か所に『眼』を留めた。
 ── その時である。
 二人の警備員が駆け寄り、群衆に分け入ったかと思うと、その中から中年の男を引きずり出した。手には財布が握られている。
「これは、あなたの持ち物ですね?」
 太めの体でパーカーが張り裂けそうになっている若い女に尋ねた。
「あ、そうです! キャー、スリなの? このジジイ?」
「落ち着いてください。警備室までご同行願えますか?」
 4人が去った後、
〈さ、行くか〉
 と、これも『STAFF ONLY』とパネルが貼られたドアから劇場に入ろうとする『目玉』に尋ねた。
「今のあれ、オヤジさんが通報したんですか?」
 ── もちろん、知っていたが。
〈何のことじゃ。わしゃ、知らんぞ〉
「でも、あの辺りを見ていましたよね」
〈……知らんなあ〉

 私たちはシアター入口で全身写真を撮影した後、特別シートに席を取った。
 ゴーグルを装着すると、迫力ある冒険物の3Dアニメが、それぞれ観客自身の姿が主役勇者となったバージョンで展開する ── ディープフェイクの技術を利用したショーだ。
 アニメーション・ドラマの途中で、私は何度かゴーグルを外し、隣席の『目玉』の様子をうかがった。もちろん、彼に合うゴーグルなど無いので『なりきりアニメ』参加が不可能なこともあるだろうが ── 広い館内に目を配り、いずこかと通信を行う気配があった。

【2/4につづく】

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