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これこそ、真のプロ

将棋の話題で始まりますが、一般論です。

昨日、第71期王座戦が名古屋で開催されました。両者1勝ずつを受けての5番勝負第3局で、例によって私、中継から目が離せず、観戦以外の作業はほとんど進みませんでした。
若き王者藤井聡太竜王名人が前人未踏の八冠制覇を成し遂げるか、はたまた永瀬王座が連続5期で名誉王座を獲得するのか、注目を集めているのは将棋ファンならずともご存じでしょう。

さて、有利な先手番で対戦した藤井挑戦者でしたが、中盤でいくつか疑問手があり、次第に形勢は永瀬王座に傾いていきました。
その間、風呂に入って出てくるまでの間に1手も進んでいなかったという、《マーフィーの法則》に反した現象も起きていました。

両者の持ち時間が少なくなった終盤になると、既に永瀬王座の勝勢は私のような素人にも明らかになってきました。
対局心理が表情や態度に出やすい藤井さんは、明らかに形勢を悲観しており、永瀬さんが勝って2-1と王手をかけ、次局の先手番を獲って名誉王座に就く可能性がきわめて大きくなった、と誰もが思ったことでしょう。

しかし、先に『秒読み』に突入した永瀬王座は、藤井挑戦者のなんでもなさそうな飛車打ちの王手に、多くの素人でも打つであろう『金底の歩』の合い駒ではなく、おそらくは攻防に、持ち駒の飛車を打ちました。
結局、これが致命的な『大悪手』となり、棋勢は大逆転 ── そして、その後は手堅く進める藤井さんに対して、再逆転はありませんでした。

将棋王座戦第3局 藤井、一瞬の隙つき逆転  八冠王手でも「意識せず」 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

さて終局後、盤の前で両者は主催者のインタビューを受け、さらに、多くのファンが詰めかけた大盤解説場のステージで、再度、同じような質問に答えねばなりませんでした。

9分9厘手中にあった勝利を逃した永瀬王座にとってはとても辛く耐えがたい時間であり、頭の中は、
『なぜ、あんな手を指してしまったか!』
後悔の念が渦巻いていたことでしょう。
しかし、声こそ硬かったけれど、マイクの前で敗戦譜を振り返り、次の第4局はしっかり準備して臨みたい旨の抱負を語りました。

「すごい! これこそ真のプロだ!」

おそらくは、永瀬王座も敗者インタビューなど受けたくなかったでしょう。しかし、棋士の生活は棋戦のスポンサーや中継する放送局、そしてファンの応援によって成立している。

ちょうど、そうでもないプロに関する記事(ある意味、人間くさい、とも言え、否定するつもりはないのだけど)をいくつか見たばかりでした。

アジア大会で格下の相手に敗れた選手が怒ってラケットを破壊し、相手選手との握手も拒否した記事:

審判の判定に納得できず、抗議し続ける例もよくあります:

しかし、よく考えてみれば、スポーツも含むあらゆるゲームの中で、将棋ほど、勝敗に他者が関与しない競技はない(囲碁も同じです)。

・自分ひとりで対戦するので、チームメイトに足を引っ張られることもない(通常棋戦の場合)。
・ルールが明確で、審判の判定に左右されない(マスク鼻出し事件ぐらいでしたね)。
・自分の指で駒を動かすだけなので、ラケットやゴルフクラブ、ボールの違いなど、道具の問題がからまない。
・観客は存在しても、応援歌やブーイングなどはなく、勝敗に影響しない。

つまり、敗戦は100%自分の責任として受け止めなくてはならない、ある意味、最も厳しいプロ競技とも言える。

唯一、自分の責任ではなく、勝敗にからむのが、対局開始前の《振り駒(5枚の『歩兵』駒を投げて表の出た数で先手後手を決める)》です。
プロ将棋では通常、記録係など対局者以外が《振り駒》を行いますが、もちろん、記録係に向かって、
「お前の《振り駒》のせいで後手を引いたから負けた」
と怒った、という棋士の話は聞いたことがありません。


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