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ミネルヴァ映画会 2024年6月28日金曜日 解説②



『正欲』


監督:岸善幸
主演:新垣結衣、磯村勇斗
公開年・国:2023年(日本)

リンク:https://www.netflix.com/title/81684331


▼140文字ブリーフィング:

これは去年、原作小説を読んでいて、
「あー、映画化されたんだなー」と思っていました。
原作小説にかなり忠実な映像化なので、
時間はないけど興味はある、
という人には迷いなく映画をお勧めできるパターンです。

さて。

この映画、性的マイノリティの話なのですが、
「水に性欲を抱く性的マイノリティ」の話です。
この人たちは「水にしか性欲を抱けない」のです。
LGBTQ+のカテゴリで言うと、
人間には性的指向が向かないので、
「アセクシュアル」ってことになるのですが、
そもそもこの方々はその枠組みの中にも入っていないので、
アセクシュアルと言われてもピンとこないと思います。

小説を読んだ時点では、
不見識ゆえに「これは朝井リョウさんの創作なのか?
それとも現実に存在する人々のことなのか?」
という半信半疑で読んでいたのですが、
その後「水に性的指向が向く人」と、
現実世界で会って話を聞く機会に恵まれ、
今は、現実に存在する人々についての話だと理解しました。

水に性的指向が向くマイノリティの登場人物たちは、
あまりにも少数者なので、
「LGBTは強者だ」と見えます。
彼ら彼女らは団結し、自分を可視化し、
社会に向けて主張することができる。
自分たちはそれをしようなんて思わないほど少数者で、
LGBTの方々からも「は?何それ?」となる。
そうなるのが分かってるから、
「自分のセクシュアリティ」は存在しないものとして生きるしかない。

新垣結衣さんや磯村勇斗さんら、
登場する3人のマイノリティの方は、
全員が「早く死にたい」と思っています。
実際自殺を試みるシーンも何度か出てくる。

彼らは言います。
「私たちは宇宙人が間違って地球に生まれてしまったようなもの。
 この地上に幸せなんて望んでいない。
 でもせめて一瞬でも「生きてて良い」と思いたい」

普段は地方公務員として生きる磯村勇斗さんが冒頭、
心のなかでこう呟きます。
「この世界にあるすべての情報は、
 『明日死にたくない人のための情報』。
 明日生きていきたくない人のための情報はどこにもない」

しかし聖書が言うように、
「人はひとりでは生きていけない」ので、
彼らは冬山で肩を寄せ合うようにして、
連帯しようとするのですが、
それもまた最後に引き裂かれる。

「そばかす」というアセクシュアルを扱った映画を、
前回紹介しましたが、
かなり似たテーマではあると思います。
「多様性」と言えることのマジョリティ性、
みたいなものを考えるのに良い映像作品だと思います。
(993文字)



『やがて海へと届く』

監督:中川龍太郎
主演:岸井ゆきの、浜辺美波
公開年・国:2022年(日本)

リンク:
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0B79WV7ZS/ref=atv_dp_share_cu_r

▼140文字ブリーフィング:

岸井ゆきのさんが出ている映画は面白いんじゃないか、
と最近思っていまして、この映画も興味を持っていました。
大学時代に出会った親友のすみれ(浜辺美波さん)を、
東日本大震災の津波で失った真奈(岸井ゆきのさん)が、
探しに行く旅に出る、という話です。
「人が突然消えるということはどういうことか」みたいな話で、
その影を追ってしまう「残された人」の話という意味では、
先週紹介した是枝監督の『幻の光』にも似ています。

後日、興味を持って原作を読んで、
かなり違う印象を持ちました。

映画では二人の間にレズビアン的な匂わせがあるのですが、
原作にはそれがまったくない。
映画でなぜその要素を加えたのかまったく分からないです。
必然性があるとも思えないし、ノイズにすらなる。
単純にミスリードだし、
原作に対する敬意があんまりないなぁと思っちゃいました。

逆パターン(原作の同性愛要素が映像化でなかったことになる)も駄目ですが、
こっちもやはり駄目だと私は思います。
(413文字)



『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』


監督:古賀豪
主演:関俊彦/木内秀信/種﨑敦美
公開年・国:2023年(日本)
リンク:
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0CXMH2ZLH/ref=atv_dp_share_cu_r

▼140文字ブリーフィング:

去年、けっこう話題になっていて興味を持ちました。
目玉のおやじがどのように誕生したのか、
というアナザーストーリーみたいな感じ。
目玉のおやじがまだ人間だったころ、
彼は「ゲゲ郎」という青年でした。
戦後まもなく、東京の製薬会社で働く「水木」が、
地方の村に派遣されます。
その村を牛耳る龍賀一族の跡取り争いに水木は出くわし、
その背後にある恐ろしい現実を知ることになり……
みたいな話。

かなりの傑作なんではないかと思います。

アニメーションとしてよくできているし、
プロットが素晴らしい。
「水木」とは水木しげるのことで、
水木しげるさんは著書の中で、
自らの戦争体験と、だからこその反戦思想を表明している。
本作はその水木さんの遺志を正確に受け止めた、
良心的な作品だと思います。
人体実験の731部隊や、
日本の軍産界が国民の「生き血を吸って」肥大した、
という構図が、妖怪という補助線を引くことで、
より戯画化されて批評される。
鬼太郎に詳しい人なら、
より「ファン目線」で楽しめるでしょう。
繰り返し映画館に観に行った人もいたのは納得です。
(441文字)



『わたしたち』


監督:ユン・ガウン
主演:チェ・スイン/ソル・へイン/イ・ソヨン
公開年・国:2017年(韓国)
リンク:
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B08BZWHKMK/ref=atv_dp_share_cu_r

▼140文字ブリーフィング:

『差別はたいてい悪意のない人がする』という、
差別を研究する韓国人の社会学者の人が書いた本があり、
その本の「あとがき」にこの映画が紹介されていて興味を持ちました。

めちゃくちゃ良い映画です。
まず、是枝監督にも通ずる、
「子どもの世界を子どもの目線で撮るリアリティ」がある。
カメラはローアングルで、
子どもが観ている世界を子どもの光で撮るので、
ありありと自分の小学生時代を思い出す。

その上で、「小学生ならではのいじめの残酷さ」が、
当時の記憶と共にリアルに思い出される。
そして思う。
大人の世界の縮図だ、と。

小学校のクラスのいじめを描いているようでいて、
実は社会の差別を描いている。
そしてその「解」らしきものが、
終盤に示される。

社会を論ずる教材にしたい映画です。
(323文字)



『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』

監督:フランキー・フェイソン
主演:フランキー・フェイソン/エンリコ・ナターレ/アニカ・ノニ・ローズ
公開年・国:2022年(アメリカ)
リンク:
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0CPY4T49G/ref=atv_dp_share_cu_r

▼140文字ブリーフィング:

これはマジですごかったです。
2011年11月19日に本当に起きた事件の映像化です。
双極性障害を患う黒人の元海兵隊員ケネス・チェンバレンは、
早朝に間違って医療用通報装置を作動させてしまい、
その結果白人の警官がドアの前に到着する。

ケネスは間違いだと伝えたにもかかわらず、
警官には聞き入れてもらえない。
警官は不信感を抱く。
ケネスは「頼むから帰ってくれ!」とパニックになる。
黒人差別感情が集まった警官たちの間で増幅し、
「黒人だから麻薬を所持している可能性が高い」
「部屋の中に銃があるに違いない」などとエスカレートする。
「逮捕状がないのに突入したら違法侵入になる」
「いや、侵入して麻薬があれば後で逮捕状が出る」
差別と不信のハウリングが起き、
最初の通報の90分後、ケネスは警官に撃たれて死にます。

当然ですがケネスは銃を所持しておらず、
麻薬も持っておらず、
犯罪にも関与していませんでした。

最も衝撃的なのは、
この件で処分を受けた警官がひとりもいないという事実です。
2020年の「Black Lives Matter」は、
こうした出来事の積み重ねの結果なのだというのが分かります。

エンドロールでしばらく立ち上がれないほどの衝撃を受けました。
必見の映画だと思います。
(521文字)



『ソフト/クワイエット』

監督:ベス・デ・アラウージョ
主演:ステファニー・エステス/オリヴィア・ルッカルディ/エレノア・ピエンタ
公開年・国:2023年(アメリカ)
リンク:
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0CBPND92K/ref=atv_dp_share_cu_r

▼140文字ブリーフィング:

先ほどの『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』と、
対をなすような映画です。

この映画は「ノーカット」の長回しで進みます。
ワンショットで、いっさいカットがありません。
だからこそのリアリティがすごくて、
めちゃくちゃ引き込まれます。

アメリカの郊外の小さな町の教会の一室で、
「アーリア人団結をめざす娘たち」という集まりが開かれる。
そこには6名の白人女性が参加していて、
「世間でこんなこと言うと差別だと石を投げられるけど、
 ニガーってだいたい生意気なのよね。
 不潔だと思うわ」
「いえ、いいのよ、ここでは。
 他にもある?」
「私の会社に入ってきたヒスパニックが、
 私より先に昇進したの。
 あれは逆差別よ。
 この国では白人は抑圧されてるのに、
 それを言うと世間からフルボッコにされるの」
「他には?」
「この国は有色人種に乗っ取られようとしてる
 私たちが団結しなきゃ」

おぞましいやりとりが続き、
KKKのような白人至上主義の主張がエスカレートします。
チェリーパイと紅茶を挟んで会話は盛り上がるのですが、
その教会の司祭(男性白人)が、
掃除中にその会話を耳に挟み割り込みます。
「あなたたちが話している内容はおぞましい。
 この教会で、二度とこんなことをしないでほしい」
と司祭はきっぱりと言う。

彼女たちは「ほら、やっぱりこうなるでしょ」
みたいな憤懣やるかたない思いで、
「話し足りないからうちでワインでも飲まない?」
みたいな感じで、酒を買いにスーパーに立ち寄る。

スーパーに後から入ってきたアジア系の姉妹と、
彼女たちは激しい口論になる。
白人女性は差別的な言葉を投げつけ、
アジア系はおびえてそこを後にする。
「どうせ警察は私たちの味方だし」と、
白人女性たちは口にする。
(先ほどの『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』を思い出す)

さらに「ノリ」はエスカレートし、
「あのアジア系の姉妹の家を知っている」というメンバーがいる。
「先回りして嫌がらせしない?」
「それって犯罪にならない?」
「大丈夫。気付かれないようにするから」

家に不法侵入する。

「え、生意気ね、こんな良いところ住んでるの?」

住居侵入罪という犯罪をすでに犯している彼女たちの、
「順法精神の崩壊と暴力のエスカレート」が、
どこかで閾値を超える。

そして最後に起きる悲劇は……
という映画です。

『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』と本作は、
ほぼ同じテーマと手法の映画なのです。

妻と後日話しましたが、
確かに両方とも反吐が出るのですが、
『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』の方が深刻です。
なぜなら、『ソフト/クワイエット』は、
「馬鹿な奴が馬鹿なことをしている」という話でもあるのですが、
『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』のほうは、
権力を持つ側が差別にもとづく暴力をふるっている、
という点で、非対称性があるからです。

白人至上主義者たちの暴動で死者が出たとき、
トランプは「双方に非がある」と言いました。
「喧嘩両成敗」だと。
ブラック・ライブズ・マターのときトランプは、
「ロー&オーダー(法と秩序)」を強調しました。

差別はなくなるべきと私は考えますが、
それでも差別感情があることは避けられない。
心の中で抱く差別感情までは規制できない。
学ぶことを拒絶する人間はいつの時代にもいるし、
また人間には「愚行権」というものもある。

「権力」とは本来、
そのような差別感情を「言葉や行動で外に表明すること」を、
禁止して弱者を守るためにあります。
「差別の禁止を法に実装する」という、
日本がなぜかやりたがらないが多くの国でやられていることは、
「立憲主義」に基づき、憲法(と法律)の機能が、
「天賦人権説」に基づく人権を「権力」から守るために存在する、
という法理学に基づきやられているのです。

差別感情があってもマイノリティが生きていけるのは、
憲法(と法律)が、自分の人権の盾になってくれるという安心があるからです。
しかし「権力」が差別感情に加担する側になると、
暴力の非対称性により「虐めの合法化」になる。
これだけは避けなければならない事態だと思います。

LGBT理解増進法に「差別の禁止」という文言を盛り込むことすら、
自称「保守」という似非保守勢力につぶされた日本でも、
他人事ではない危機感を私は持ちます。
(1,738文字)



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