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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第18話 アプレゲールと呼んでくれ 17

 窓際のふたりは三十分程で席を立ったがその時夏目に促されたのだろう。
ルーシーも奥の席に座る円と雪美に気が付いた。
雪美が小さく手を振るのを見て円も振り返る。ルーシーはにこにこしながら二人の方に歩み寄った。
 「二人だけでデートだなんてずるいわね」
ルーシーはとびっきりの笑顔で差し出される雪美の手を握り、もう片方の手のひらで円の頬に軽く触れる。
「そー言うことなんですよ」
雪美が肩をすくめる。
「そー言うことなのね」
ルーシーが応じる。
 ルーシーと雪美が行う情報の並列化は電光石火の早業でなされる。
慣れている円でさえ認識が追い付かない。
まして裏事情を知らない夏目に至っては完全に蚊帳の外だ。
ふたりの交感に目を止めるどころか、流れるような動作に注意さえ向かない。
 
 ルーシーは夏目を差し置いて、雪美とそのままくだけた女子トークを始めてしまう。
そのまま円の隣に座ろうかという朗らかぶりである。
存在を無視されて少し険の立った夏目が口を開く。
「毛利さん。
おふたりのお邪魔をしては悪いですから俺たちはもう行きませんか」
その刹那。
辺りを包む空気の質がガラリと変わる。
ルーシーのまとう雰囲気から柔らかで優しい人情が消えた。
「あら、そうですわね夏目会長。
じゃあねユキ。
マドカもまたあとで。
色々問い質したいこともあるし。
ごきげんよう」
 ころころと笑いながら立ち去るルーシーはまるで女王の風格である。
ルーシーがいきなりそうした高踏的なモードに移行したのはどうしたことだろう。
背も高くイケメンであるはずの夏目が今や影も無い。
最早しょぼくれた従僕のようにしか見えなくなったのは、ご愛敬かはたまた残酷な現実か。
 「先輩ってば、いきなり猫被るのをやめちゃったね」
円は他の有象無象同様、そもそも夏目に対しては全く関心がない。
円にとっての夏目は、はなっから死のうが生きようがどうでもよいその他諸々扱いだった。
だがしかし、ルーシーにちょっかいを出していると言うゴシップを雪美から聞かされた刹那。
円にとっての夏目は実体を伴った糞野郎へと格上げ認定された。
 夏目を糞野郎認定した円ではある。
だが「先輩の取り扱いには細心の注意が必要ですよ」と。
そっと耳打ちしてやりたくなったのは円ならではの惻隠の情か。
がらりと変わったルーシーの物腰に戸惑う夏目が気の毒になったのだ。
心ならずも円には、夏目に対して共感半分の同情の念が湧いたのだ。
 
 「わたくしとおしゃべりしているルーさんを、途中で遮っちゃったのが夏目さんの敗因ね。
窓際でやり取りしているふたりの様子を観察させてもらって分かったの。
少なくとも夏目さんの表情から察する限りでは、割と良い雰囲気だったと思うわ。
夏目さんは随分善戦なさったのでしょう。
相手がルーさんでさえなければ、ホールドに持ち込んでカウントテンも夢ではなかったかも。
でもねぇー。
あそこであんなイラつき方をしたら、ルーさんの中で夏目さんは糞野郎確定ね。
宮廷道化師?
その程度はあったかもしれない、ルーさんのなけなしの好意が蒸発しちゃったわ。
夏目さんもお気の毒ねぇー」
雪美は左の掌で直角に曲げた右腕の肘を支え、指先でありもしない顎髭をチリチリと捩る仕草をして見せる。
「先輩は糞野郎なんて乱暴で品のない言葉使いはしないぜ。
それに宮廷道化師だなんて。
僕だって下僕なのに。
いくら何でもあんまりじゃね?」
「あら、糞野郎はマドカ君の心から引用したのよ。
夏目さん程度の器じゃ下僕は無理。
宮廷道化師が務まってせいぜいね。
下僕は他の人では絶対代えの効かないマドカ君の大切なお役目だもの」
「自覚はあるけど三島さんに言われると照れるな」
円の笑いが暗い。
雪美が視線をそらし軽く咳払いをする。
「それにしても、見事に魔法がとけちゃったわね。
ルーさんの雰囲気が変わった瞬間、まるで夏目さんの化けの皮が剝がれたみたいだったわ」
ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる雪美に、ため息しか出ない円である。

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