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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達〜


 まさかの劇的転回を物語るルーシーの口調は、時に震え、時に擦れる。

 警察には頼れそうも無かった。

そこで、ルーシーはできることは全て自分で差配することにした。

だいだらぼっちの不在を念頭に弁護士事務所を巻き込み、攻勢防御の構えを組んだこと。

暴走族の一件を見過ごすことができず、円と雪美を密かに警備の対象にしたこと。

校長と生物教師に協力を仰いだこと。

生徒の中でただ一人森要事件の概要知る、三年の生徒会会長夏目聡介先輩に一応の現状説明をしたこと。

ルーシーは雄々しい。

去年の惨禍にひるむことなく、たったひとりで恐怖に立ち向かう勇気をやりくりし。

森要への対抗手段を按配して見せたのだ。

 ルーシーの立ち姿を知り、円と雪美はこの戦いは自分達の戦いでもある事を強く意識する。

そのことはルーシーにも伝わった。

三人は誰から言い出すわけでもなく静かに手を取り合い、情報の並列化が行われる。

正確には、円は一人だけ他の二人の情報からは隔てられている。

だが『丸投げでいいや』と円の気持ちはほぼほぼ固まっている。

ルーシーがパイロットで航法士を雪美が務めるなら“ふたりのポチ”である自分はただのエンジンである。

自分の役割をそうと思い定めてしまえば、安全かつ確実に飛行できると言うものだ。


 キミさんが定時に帰った後、三人でキッチンに入り込んでワイワイと夕食の支度をする。

ミニコンポからはトゥーツ・シールマンスのハーモニカが微かな音で流れる。

キッチンカウンターの隅ではキミさんがいけたアマリリスが白く光っている。

 さんにんでキミさんが用意しておいてくれたトマトソースを使ってピザトーストを作った。

玉ねぎやらサラミなどのトッピングを設える簡単な仕事は円が担当した。

サラダとデザートのアイスクリームに添えるフルーツコンポートはルーシーが。

実沢山のクラムチャウダーは雪美が腕を振るった。

円はルーシーの料理の腕前は良く知っていたが、雪美も調理に一家言(いっかげん)あることを知った。

 我が身の無能振りに改めて爽快感を覚え、円は愉快極まりない気持ちになる。

「マドカ。

あまりチーズは盛り過ぎないように・・・。

やけに嬉しそうね。

そんなにわたしたちと一緒に過ごすのが楽しいの?」

「えっ。

そりゃ傾国の美少女二人に挟まれてディナーの準備ですよ。

こんなところ学校の奴らに目撃でもされようものなら、たちまち集団暴行事件が勃発します。

僕は病院送り、国府高校の野郎共は粗方(あらかた)家裁送りですよ?」

ルーシーは少し驚いたように目を見開くが、すかさず雪美の人差し指が円の頬に触れる。

「マドカ君もよくもまあペラペラと口から出まかせを。

ルーさん騙されちゃいけませんよ。

わたくしたちをリスペクトしていることに間違いはありませんけれど、例の丸投げ絡みですよ。

『ふたりともなんでも出来ちゃうよな。

ほんと僕ってバカ殿みたいで嬉しいな』

それがマドカ君の本心です」

円は眉根を寄せて雪美を睨んだ。

「ミ・シ・マ!

バカ殿はないだろバカ殿は。

僕がふたりに寄せる絶大なる信頼と愛情までちゃんと読み取ってくれなくちゃ駄目だよ?

じゃなけりゃ公平とはとても言えたもんじゃないぜ」

「ようするにマドカはヒヨッテル・イゾンスキーに改名したという事ね」

ルーシーが心底つまらないおやじギャグを飛ばす。

「ルーさんに座布団一枚!」

円はここぞとばかり“忘れ得ぬ女”の視線を真似して見るが、ふたりには見事に無視された。

 和気藹々(わきあいあい)と気心の知れた仲間同士で過ごすことは、楽しくも有難たいことだ。

少なくともルーシーと雪美は、泣き出しそうになるくらいの気持ちでそのことを噛み締めている。

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