垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~
第17話 新たなる危機 5
荒畑へ一芝居打つ前には“あきれたがーるず”が企んだ広域洗脳処置は首尾良く完遂されていた。
荒畑相手の後始末というか前後策は、多分に“あきれたがーるず”のお遊び的要素が強かったろう。
だが、僕と秋吉の能力を使った広域洗脳処置は、三人娘が知恵を絞っただけに完璧だった。
関係者に僕ら以外の能力者がいない限り、僕の冤罪は晴れたものと思う。
ムショ帰りの凶状持ちっていう肩書きも色褪せてしまった。
それはちょっと惜しい気がする。
学校じゃ元々嫌われ者の僕だからね。
冤罪で散々な目にあったって毛利先輩や三島さんの信者どもからは「自業自得じゃね」とざまあ系の冷笑を受けたものだよ。
一般生徒の奴らだっておして知るべしさ。
秋吉には恨み言の一つでも言ってやりたい所だったが、美少女無罪の鉄則には逆らえない。
名実ともに自由の身となったその次の日から、僕は幼馴染である朝倉善美との登校を再開できた。
国分寺駅から学校までの速足ゴボウ抜きレースも自然に復活した。
だらだら歩く生徒どもをよっちゃんと無駄口叩きながらスイスイと追い抜いて行く。
よっちゃんの趣味につきあっているだけだけど、何気ない日常を取り戻した感に満ちていて気分は自由そのものだ。
すっかり葉を落とした木の間から差し込む初冬の朝陽が「なんだか眩しいや」なのであった。
もっとも、不徳の致すところで、嫌われ者で親しい友も数えるほどしかいない僕だからね。
春以来先輩がらみで妙に有名になっちまったつけだけはきっちり払わされた。
学校に着くまで生徒どもを追い抜く度に、ギョッとした顔を向けられたり、蔑みや憐れみ視線に曝された。
もっともそんなのはほんの序の口で、辻々であからさまな好奇心や敵意の波動を全身に受けまくる仕儀と相成った。
冤罪が晴れたって言っても、かえって悪目立ちしただけだよ?
入学したての頃の僕であれば、収穫間近の桃みたいに柔らかく傷付き易かったからね。
メンタルはズタボロになっていただろうけれどさ。
僕は今やなんたって天下の練鑑帰りなんだぜ。
冤罪だろうがなんだろうがムショにぶち込まれたのは本当だよ。
シャバでお行儀よくしている聞き分けの良い堅気の坊ちゃん嬢ちゃんなんぞはだな。
縁日で売られている籠いっぱいの“カラーひよこ”くらいにしか思えなくなっているのさ。
その一方で、らしいと言えばらしいのだけれどね。
僕の遭難には一切触れてこないよっちゃんとはいったい何者なんだ?
荒畑とはまったく逆に『こいつは好奇心と言うものがないのかと』余計な心配をしてしまったよ。
「・・・何にも聞かないんだね」
「んっ。
俺に聞いてほしいのか?」
「いや、まだ整理がつかないんだよ」
「話したくなったらその時話せば良いさ。
双葉ねーちゃんのホットケーキ付って言うのであれば聞いてやらんこともない」
家は近所だし、首尾よく学校を終えて何時か社会に出たって、腐れ縁が続くことがわかっている。
幼馴染なんて何処でもこんなものだろうか。
しつこく問い詰めてこないことは大助かりだ。
けれども、いつか秘密まで含めて洗いざらい一人語りしてしまいそうな自分が恐ろしくなった。
・・・案外、僕が真実を余さず話したところで「そいつは難儀なことだったな」と軽く受け流すんじゃないかとも思う。
そうしたよっちゃんの様子も想像が出来てしまうから難儀だ。
この件についてはそれ以上考えることはやめにした。
残るあと一人の友人は、荒畑や朝倉とは全く違ったタイプだ。
その男上原は、もっぱら毀と貶ばかりで構成されている僕の毀誉褒貶(きよほうへん)には、まったく興味がなかった。
ゴシップに関心のないよっちゃん以上に、上原は他人の私事などどうでもよいと言うスタンスを崩さない男だ。
本当に他者が疎ましいのか、単に人付き合いに気後れを感じるたちなのかは分からない。
だが不思議と僕とは馬があうようで露骨に避けられることはだけは無い。
上原は授業時間以外はほぼ美術室にこもりきりだし、彼に噂話を垂れ流す人間がいるなんて想像もつかない。
上原にはともすれば僕以上に、会話を交わす学友そのものが少ないかもしれない。
一連のごたごたがひとまず落ち着いて、荒畑への根回しも済んだ頃だった。
先輩のスケジュールと三島さんの気紛れが僕を自由にしてくれた奇跡の様なある日の放課後。
僕は久しぶりに美術室を訪れようと思った。
上原はいつもの定位置にイーゼルを立て筆を走らせていることだろう。
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