見出し画像

垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第17話 新たなる危機 17

 「敵の出方が分からない以上は攻勢防御って訳にはいきません。
暫くはこちらとしてもパッシブな構えで行くことにします」
元自衛官の橘さんは本当に頼りになるお姉さんだ。
 誕生パーティーは半ば予期した通り、先輩の周辺が何やらきな臭いことに成り掛けている。
そのことを、ふーちゃんに教えることがメインテーマだった。
サブテーマのお誕生日会は、毛利家が後ろ盾となって用意されたケーキやご馳走だけに、まずは器が立派だ。
けっして言葉にはしない。
けれども、ふーちゃんが目を輝かせているのは、器に盛られた料理だけが理由では無いだろう。
 三島さんも橘さんも勝手知ったるなんとかで、毛利家のテーブルウエアの豪華さに今更目を見張ることはない。
女の人と言うのはともすれば、器の中身よりそれが盛られる器の方に強い関心を抱く傾向があるのは不思議だ。
 秋吉と言えば、こいつは最初に会った頃とは見違えるように血色が良くなった。
仕事柄高価な器には慣れっこなのだろう。
もっぱら盛られた料理を矯めつ眇めつしながら無邪気に、そして嬉しそうに品定めをしている。
僕や荒畑なんぞがそれをやれば、行儀が悪いだの下品だのと顰蹙を買ってたちまち叱られるところだろう。
けれども秋吉の振る舞いは、あくまで小公女のように優雅で上品だ。
 育ち盛りなのだから食欲が旺盛になったのは結構なことだ。
母親から離れ父親の帰国を待つ日々となった今日この頃。
秋吉は彼女本来の陽気な性質を取り戻しかけているところらしい。
 パーティーは立食の形式だった。
みんなでワイワイと準備を進めているのだが、たまたま目の前に秋吉がいたので彼女の無邪気な様子が良く分かったのだ。
「秋吉、お前少し太っただろう」
健康そうになって何よりと好意的に褒めたつもりだが藪蛇だった。
「とおーっ!」
ジャンプした秋吉が僕の脳天にふわりと空手チョップを当ててきた。
「お茶目チョップです。
円さん、女の子に今のお言葉は失礼ですよ。
でもありがとうですね。
誉め言葉と受け取っておきます」
唇から真っ白な歯並びが覗き、ふわっとした柔らかな笑みを投げかけてくる。
そんな秋吉は、凄惨な笑顔を面に張り付けて飛び降りを図ったあの痛ましい少女とは、まったく別人のようだ。
「何呆けてるんですか」
後ろからいきなり三島さんの蹴りが入った。
「いったぁ。
いきなり何すんだミシマ!」
振り返ると三島さんがむくれている。
「お茶目キックに決まってるでしょ」
「やくざキックの間違いだろ!」
表情を緩め、スッと距離を縮めた三島さんの指が僕の頬に触れ、艶やかな唇が耳元で吐息を漏らす。
「良かったですね。
命を張った甲斐がありましたね」
微かに桃の香りがして、囁き声が耳朶をなぶる。
背筋はゾクッとしたものの、顔が火照る代わりに胸がつまり、不覚にも目頭が熱くなって泣きそうになった。
 「そこ、雰囲気作ってないで手伝いなさい。
ユキもあんまりマドカをからかうものじゃないわ」
「はぁーい」
三島さんはウインクした後、軽やかにバックステップを取り先輩の下に駈け寄る。
いつの間に脇に来たのだろう。
頬に息の当たるくらいの距離から秋吉のため息が聞こえた。
レモンライムの香りがする。
男一匹、あきれたがーるずにはまるで頭が上がらない。 
編集


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?