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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第7話 運命は少年に無慈悲だった 17

 翌日の事である。

「放課後、三島がHR長の仕事で輪転機を回しに事務の予備室に行くぞ」

怖い顔をした荒畑が雪美の予定を教えに来た。

「何で荒畑がそんなこと知ってるの?」

「企業秘密に決まってるだろ。

世の中にはなぁ。

知らない方が良いことがたんとあるんだよ」

『たんとあるって、君はお婆さんか』

そうツッコミを入れたいところだ。

だが、小金井行きが掛かっているので、円もここは素直に礼を言う。

「小さな問題を盾にしてお前が三島にやらかしたに違いない数々の無礼についてだな。

ちゃんと謝れ。

その根本理由たる小金井マターを三島に話せとは言わん。

俺も鬼じゃない。

だからな、お得意の減らず口を駆使してでも土下座でもどっちでもかまわん。

三島にはおまえのけしからん不作法不調法をだな。

誠意を込めて謝罪し許して貰うんだぞ。

毛利先輩はそれからの話だ」

「謝れって!

なんで僕が悪いって頭から決めつけるんだよ」

「呆れた奴だな、そんなの自明だろう。

お前は美少女無罪と言う理を知らんのか。

それとも何か?

お前には神聖冒涜を自分に許す勇気があるとでもいうのか?」

荒畑は罰当たりな奴だなと目を見開いて見せる。

「ごめん。

多分僕が悪い。

全然悪い。

三島さんに頭下げてくる」

円には荒畑の言っていることが全く理解できない。

だが荒畑に何を言っても無駄であることは完全に理解できた。

「不首尾に終わるようなら分かってるな。

おまえが十八禁映画を切望するスケベな少年であることを、近々毛利さんや三島が小耳に挟むことになるだろう。

俺だって親友の名誉を思えばそんなことはしたくない」

荒畑はお馴染みの笑みを浮かべる。

円は肩を落として溜息をつき、楽しげな表情になった友の顔に、恨みがましい上目使いを向けた。

『荒畑が工作におよぶまでもないよ。三島さんがその気になれば何もかもばれちまうんだ』

円、心の叫びだった。

だが円には、ふたりの少女から受ける好意をドブに投げ捨て、刹那の快楽に身を落とすことへの躊躇いはない。


 「三島さん。

ちょっといい?」

狭い部屋の居心地の悪さは、原稿を貼り付けた輪転機が回る音と、鼻を衝くインクの匂いからもそれと知れる。

「・・・うるさいし臭いでしょう?

仕事とはいえインクで手は汚れるし手間もかかるし。

電子コピー機のコストが早く下がれば良いのにって思います。

・・・知ってました?

輪転機使うのって申請書がいるんですよ。

先生からの頼まれごとなのにね」

雪美は露骨に自分を避けていた円が、いきなり接触してきたことによほど驚き狼狽えたのだろう。

目をあらぬ方へ泳がせながら、少し震える声でどうという事もない話題を持ち出して、愚痴をこぼして見せる。

雪美は円が見ても可愛そうなくらいに動揺している。

 もとより円は自分がおとしめられたことはあまり気にしていない。

円とて木石ではない。

美少女と仲良しになるのは嬉しいし、学校に通うモチベーションも上がる。

友達を必要とは感じないが女子と親しくできることに否はない。

ただ円の優先順位を考える時、ロマンポルノの方が女子からの好意より上というだけだ。

いきおい円としては戦術上止むを得ず、雪美に対して面当てがましい態度を取らざるを得ない。

 少年Aを罠にはめた時も暴走族に襲われた時も雪美は親身になって円の味方をしてくれた。

それを考えると自分のやりようが恩知らずに思え、円は心から申し訳ない気持ちでいる。

密約と言う大事のためには雪美のことは小事。

円はそうして罪悪感から目を背けていた。

 しかし荒畑の介入により、密約のために維持してきた状況操作も水泡に帰すことになりそうだ。

自分の素気無い態度の理由や本音が雪美にバレたらどうなるだろう。

円としては雪美に知られた後、ことをいかに穏便に収めるかで頭がいっぱいになっている。

ミッション小金井こそが一番大切な勝利条件であるのは譲れない。

だが最早密約の露見が確定的になった以上、災厄は最小規模で押しとどめたい。

戦後処理を考えた時、できれば雪美とは仲良しでいたいと言うのも、円としては偽らざるところだったのだ。

 ことが露見して軽蔑され絶交とでもなれば、それはそれで無事是名馬の路線を取り戻せるかもしれない。

雪美とついでにルーシーと縁が切れれば・・・少し惜しい気もするが、モブとしての平穏な日常を取り戻せるだろう。

だが、能力のことがある。

蔑まされ気持ち悪がられてもなお、ふたりとの関係性が維持される公算は大である。

円は小金井を諦める気はさらさらないが、そこのところだけは憂鬱だった。

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