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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #197

第十三章 終幕:5

 シズカさんが振り返り、悲鳴を上げ続けるわたしとハシビロコウみたいに固まるディアナを、地面に引き倒した。

「ダイアン。

アリスを黙らせて。

・・・来る」

ぼんやりしていたディアナのスイッチがいきなりオンになり、的確な動作で速やかにわたしの口を塞いだ。

ディアナはわたしの背中に覆いかぶさって二の腕を使い、無理矢理叫び声を抑え込んだのだ。

ディアナ渾身の力で、わたしの首は後ろにグイッとそらされた。

そのおかげで見たくなかったけれど、武器を持った白装束の人が三人、霧の中から飛び出してくるのが分かった。

涙で歪む視界に、デンジャラスマックスな白装束三人組の襲撃が、迫力満点の大画像で飛び込んできたんだよ?

シズカさんが音もなく、超絶パニクルわたしの脇をすり抜け、身を低くしたまま三人の白装束に立ち向かっていった。

シズカさんが躍りかかった白装束は三人とも背の高い女性だった。

小柄なシズカさんは三人と比べるとまるで子供のように見えたけどね。

シズカさんは、先頭を駆ける白装束の斬撃をかわして、素早く足払いをかけた。

そのまま流れるような動作で、二番目の白装束のお腹にラスカットを突き立てると、思い切りよく柄を手放した。

シズカさんは踊るようにステップを踏みながら体をひねって白装束の背後に回り込み、たたらを踏む彼女のサーベルを素早く取り上げた。

お腹にラスカットが刺さったままの白装束が、甲高い悲鳴を上げながら膝をつこうとする刹那、シズカさんは楯代わりにとばかりに彼女の背中を蹴り飛ばした。

シズカさんはその反動を利用して、踏み込んできた最初の白装束の一閃をかわし態勢を立て直した。

最初の白装束とシズカさんの切り合いが始まると、三番目の白装束が手に持っていたボウガンを背中に回して抜刀した。

そして死闘を繰り広げる二人をしり目にわたし達の方を振り向いた。

覆面の下から覗く彼女のグリーンの瞳と切れ長の目は美しかった。

「お久しぶりです。

おふたりともお元気でしたか」

タケちゃんこと、タケオ・アンダーソン・カナリス元老院暫定統治機構海軍士官候補生が霧の中からいきなり現れた。

ここが命の遣り取りをする場であることを暫し忘れて、地面で折り重なったままポカンと口を開けたディアナとわたしがいた。

とんだ時にとんだサプライズ人事だった。

「挨拶は後にしてとっとと逃げましょ。

艦長ー。

後宜しくです」

「エーッ。

僕が宜しくしなけりゃならいの?」

もう一人現れたなんだか頼りなさそうな男の人がぶつぶついいながら、いかにも面倒臭そうな調子で三人目の白装束にサーベルを向けた。

タケちゃん、声はのんびりしている様でも、顔の緊張感が普通じゃなかった。

左手に握りしめたサーベルが微かに震えていた。

これはかなりいけない局面なのかもしれない、そう思った。

けれども、タケちゃんは敵の軍人なのに、素晴らしい鎮静効果をディアナとわたしにもたらした。

タケちゃんが現場に現れたことで、多分に血生臭い白黒の野獣世界が、総天然色な人間世界の色彩を取り戻したのだ。

わたしのポンコツ頭も、目の前でモリソンさんが斃れたショックからの再起動を果たした。

現金なことにモリソンさんの生死を確かめるよりも先に、乙女心が恐怖と疚しさを上書きし始めていた。

 「タケオさん・・・、怖かった」

わたしを黙らせるために、今の今までわたしの首を締めていたディアナがだよ?

神速でタケちゃんにしがみ付き、涙ぐんだ。

この状況下で、とっさにわたしを地面に放り出してタケちゃんにしがみついたのだ。

ディアナの見せた判断力と行動力には、我が友ながら舌を巻いたと言い添えておこう。

わたしは初動で完全に出遅れたわけだ。

ディアナはまったくもってしたたかな女だった。

たけちゃんに抱き着いたその横顔。

その横顔の口角が僅かながらもち上がっていたのを、見逃すわたしではなかった。

タケちゃんはディアナに縋りつかれながらも、立膝をついてモリソンさんの状態を確認していた。

矢はモリソンさんの首を貫き溢れ出る血液が芝を赤く染めていた。

タケちゃんは、モリソンさんの死を確かめると素早く腰を上げて、右手で敬礼した。

ついさっきまで、わたしと普通にお話ししていた人が天に召されたのだ。

タケちゃんの敬礼でわたしはそのことを実感した。

現実感が無さ過ぎてこの人のファーストネームは何だっけとか。

モリソンと言うのは幼児教育関係の情報を網羅した家系だとか。

後で考えれば、わたしは手を合わせることもせず、私達を守るために亡くなった恩人に対し、失礼極まりない頓珍漢なことばかりを考えていた。

誰かの家族であり、誰かの友人であったモリソンさんが亡くなった。

余りに呆気なく。

余りに静かで。

余りに後ろめたく。

わたしは再び考えることを止めて意識の中から彼を追い出した。

「アリアズナさんも早く立ち上がって。

あそこで刀を振るっている女の人が見えるでしょう。

うちの副長です。

剣の達人ですからね。

こんな時には俄然頼りになります。

あの人の後に付いて逃げますよ」

タケちゃんが指し示す先には、日本刀を持った妖精みたいな女の人がいた。

華奢そうに見える妖精さんは、鮮やかな刀さばきで、別口の白装束をいとも簡単に切り伏せた。

シズカさんは未だ二番目の白装束と激闘を繰り広げていた。

こちらが気になるようでチラチラ視線を寄こすが、目の前の戦いから力を割く余裕など全くないようだった。

タケちゃんが艦長と呼んだ連れの男性は、やる気がまるで無い様なのに意外と強かった。

今一つ押し切れないものの、緑の瞳をした白装束と互角以上で戦いを進めていた。

「あのおっさん、多分ぼんくらチェスター」

タケちゃんに手を引かれたディアナが、わたしの耳元でボソッと呟いた。


『なんですと!

あのおっさんがピグレット号を、ゲロッゲロッのドロッドロッ地獄に追い込んだ。

かのフリゲート艦インディアナポリス号の艦長ですと!』


タケちゃんが乗り組んでいる船の艦長なのであれば、ズバリその通りだよね。

ディアナに言われて初めて思い至った。


『うわー、有名人だ。

有名人見ちゃったよ。

サイン貰いてぇ~』


わたしの頭に、真っ先に浮かんだことと言えば、そんなしょうもないミーハー気分だった。

一周回ってわたしの頭は、使い物にならなくなっていた。


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