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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~


第18話 アプレゲールと呼んでくれ 9

 「ところで、おふたりは昨日の作戦中に、その変態中年の顔はご覧に成ったのですか?」
澱んだ空気の替えどころと察したのだろう。
雪美が「そんな危険なデートだなんて、吊り橋効果が期待できそうで本当に羨ましいですぅ」などと、訳の分からない理屈で頬を膨らませ、ついでに「ハーイ先生」と手を上げたのだった。
「教室で質問してる訳ではないのだから、手を上げる必要もまして先生なんていらないわ。
作戦前のブリーフィングで、佐那子さんに後ろを振り返るなと言われていたの。
それでもね、道を渡る時や角を曲がる時に、それとなく捜してみたわ。
じっくりと見まわした訳ではないからかもしれないけれどね。
変態さんの写真は細かく観察してお顔の特徴を覚えたはずなのに、全然分からなかったの」
「そうなんだよ。
喫茶店の窓から様子を窺ったり、歩いている時もさりげなく後ろを気にしてみたんだけど全然」
ルーシーの戸惑いに円がうんうんと肯く。
「何言ってるんですかまどかさん!
ルーシーさんが泰然自若って感じで粛々としていてくださったからよかったものの。
まどかさんはそわそわきょろきょろと落ち着きがなくて。
あれじゃまるで悪さを企む小学男子ですよ?
変態中年はなんだかおかしいぞって思ったかもしれません!」
あるいは雪美の“デート”と言う台詞に苛立ちを感じたのかも知れないが、佐那子が少し声を荒げる。
中年男が実はストーカーではなく探偵らしいと推測されたにも関わらず、いつの間にかその扱いが変態中年に戻されている。
少女達から変態とディスられるオヤジがこの場に居合わせたのであれば、涙ながらに抗議の声を上げるに違いない。
 「そうそう。
円ったらいつまでも子供みたいでしょ。
私とふたりでお出かけしたって、いつもうろちょろきょろりんちょだもの。
・・・そう言えば変態おじさまの写真があるのなら、私にも見せて下さいな。
後学の為にね」
それまで黙って皆の話に耳を傾けていた双葉が深くため息をついて、写真を見せろと手を差し出す。
「ふーちゃん何言ってんだよ。
人聞きの悪い。
自分だって僕と出かける時は、いつだって大はしゃぎの癖に」
「そういえば、マドカくんって基本ふたりきりで居ると落ち着きないですよね」
「えーっ、そうなんですか。
アキは二人でお出掛けしたことないから分からないなー。
見てみたい見てみたい“そわそわ”円さん!」
雪美がつっこみ、晶子がまぜっかえす。
ちなみに晶子は、女性陣にアキちゃんと呼ばれるようになったのが余程嬉しいのか。
はたまた最年少を口調でアピールしたいのか。
いつの間にか自分のことをアキと呼称して一人称を使わなくなっている。
 「キャーッ!
私この人知ってるー!」
素っ頓狂な双葉の悲鳴が皆を驚かせる。
円いじりを楽しもうとしている“あきれたがーるず”の動きが止まる。
辟易顔だった円の表情も俄かに険しく成る。
双葉が興奮気味に語る出来事は、円にとってある意味衝撃的な話しだった。

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