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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #194

第十三章 終章:2

 「アリス・ヤマダ・ピーコックことアリアズナ・ヒロセ・コバレフスカヤさん。
禁則事項なので本名を教えることはできないけれど、私は桜楓会会長ケイコ・マハン・ドレークの直接指揮下にある者です。
このことだけは先に打ち明けておきますね。
これからしばらく、私はあなたと行動を共にすることになります。
おばあさまの配下の者という事になれば、少しは私のことを信用できて?」
 わたしとダイを捕まえた、元老院暫定統治機構に所属する特殊戦部隊のそれも隊長さん。
その方が実はケイコばあちゃんの手下でありました。
シャーロットさんてば、ことも無げにさらっとそうおっしゃった。
ケイコばあちゃんは都市連合海軍の退役将官だったはずだ。
それがよりによって敵のエリート士官のボスだったなんて。

『一体全体世の中の人間関係はどうなっちまってるんだ』

わたしは、全身全霊を懸けた真摯な気持ちで混乱した。
それに桜楓会って何?
初めて聞くまたまたカルトっぽい会派の登場も、わたしの混乱に拍車をかけた。
おたっしゃクラブだってマンモス怪しい秘密結社だというのにだ。
桜楓会などと呼称する、お婆さん限定の仲良しクラブみたいな団体がひょこっと姿を現して、ドタバタ悲喜劇の上にいきなりトッピングされたのだ。
ここにきて世界の成り立ちは、わたしにとって増々奇怪至極な様相を呈するに至った。
かてて加えて、こう言っては何だけどさ。
ボスがあのケイコばあちゃんで、拷問を推奨するサイコなシャーロットさんはその手下ってことだからねぇ。
桜楓会とやらは最悪を通り越して、多分極悪非道な指定暴力団体に違いない。
わたしのゴーストがそう囁いた。
 そもそもシャーロットさんは大きな勘違いをしている。
彼女が本当にケイコばあちゃんの手下であるのならなおのこと。
これまでの経緯を踏まえれば、シャーロットさんが信用できる人間であるわけが無かった。

『アレックスさんってば、このご無体な一件について。
間抜けな小娘の足りない頭でも、十分得心が行くよう説明してくれるのかしら?』

ふかーい溜息が出た。
わたしの中で最早残り少なくなってしまった幸せが、更に目減りしたような気がする。
けれどシャーロットさん。
されどシャーロットさん。
どうやら本名ではなかったようだが、彼女をまじまじと見つめてみればだよ。
わたし胸はしみじみと感謝の念でいっぱいになった。
シャーロットさんは髪も服もびしょ濡れで目も赤くて、明らかに疲労困憊というお顔をなさっている。
矢傷を負い、急流にのみ込まれて溺れるわたしを、死の淵から救いだしてくれた命の恩人。
それは、スキッパーでもアレックスさんでもなく、間違いなく彼女だろう。
蘇生術を施してくれたのはアレックスさんらしい。
けれどもシャーロットさんが川から引き揚げてくれなければ、わたしは今頃姉上とあの世で涙の対面を果たしていたはず。
 わたしは、まだまともに声を出せる状態ではない。
それでも、ますますやっかいなことになりそうなこの状況には抗議したい。
おふたりにお礼を言いたいのはやまやまだよ?
けれども、取り急ぎ誰彼構わずわめきちらして、鬱憤晴らしをしたい気分でいっぱいだったんだ。
できなかったけどね。
「シャーロットさん。
桜楓会やドレーク会長の事については後ほど詳しく」
アレックスさんが『ちょっと困ったな』というお顔でシャーロットさんを制した。
「今から空中回収用のリフトジャケットを着てもらいます。
すぐに上で待ってるスループ船に上がります。
そうしたらアリアズナさんは、もろもろきちんとうちの船医に見てもらいましょうね。
惑星郵便制度の医師はなかなか優秀ですよ?」
わたしの表情には、その時の感情が遠慮会釈なく、イガイガトゲトゲと突き出していたのだろう。
何と言ってもわたしはアレックスさんの親友J・Dの娘だ。
彼自身にもお子さんが居ると聞いている。
人の子の親としては、こんなわたしの有り様に思う所が多々あるに違いない。
アレックスさんがわたしの顔を見る目はずっと泳いでいたし、シャーロットさんとは違った意味で疲れ切った表情を晒していらっしゃった。
色々抱えこんでお辛そうな心中を、アレックスさんはわたしに対して上手に隠しきれていなかったのだけれど、そこは爽やかなイケオジ。
そんじょそこいらの女ならうっとりしそうな愛想笑いを浮かべ、軽口を叩きながらてきぱきと仕事を進めた。
 リフトジャケットに二重のカラビナで接続されたケーブルは、船の曳航にも使われるカンダタカズラをより合わせて作られた優れものだった。
第七音羽丸でも使っていたから、維管束が炭素繊維でできているカンダタカズラの強靭さは、わたしも良く知っている。
ケーブルは、スターリングエンジンに繋がれたアンカーウインチで巻き取るはずだ。

 朝霧の中、河岸から素晴らしいスピードでわたし達は空中に舞い上がった。
シャーロットさんは本職なので、珍しくもない体験だったのだろう。
背中越しにも全く緊張感が伝わってこなかった。
実際にリフトアップされるまで、シャーロットさんはジャケットの装着や色々と細々したチェック等々。
牽引時に注意すべき点を丁寧にしかも優しくレクチャーしてくれた。
もっと強面の人かと思っていたが、なんだか憑き物が落ちたかのように穏やかで愛し気なお姉さんに変貌していた。
 実はわたしが死にかけた最後の局面で偶然。
シャーロットさんの予期せぬお姿を垣間見てしまったのでありました。
これがまた、特殊戦部隊の沈着冷静な隊長さんらしからぬ純情振りであったのが衝撃的。
歳の頃なら十四五の、乙女の様に可憐な絵面は胸キュンものでしたよ?
そこからの流れで演繹すれば、思いやりがあって愛情豊かな気質こそ、シャーロットさんが持つ本来のキャラなのだろう。

『ケイコばあちゃんの手下だし、平然と拷問を命じちゃう人だしするから、もちろん心底信用はできないけどね』

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