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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #17

第二章 航過:5

「外交問題にはならなかったんですか?」

息を飲むみんなを差し置いて、のほほんと投げかけたわたしのその質問は、どうもたいそうとぼけたものだったらしい。

クララさんは冷めた目でわたしを見るともう一度ため息をついた。

「この星に古代の地球や星間、星系間にあったような-国家間-の外交問題は本質的にありえない事くらい学校で習ったでしょ?」

「そうでしたっけ?」

クララさんはヤレヤレと言う表情でわたしを見た。

「そんなんでよくポストアカデミーを受験するだなんて公言できるわね。

まあそれはいいわ。

今でこそ都市連合とか元老院暫定機構とか名乗っちゃって『国家です!』みたいな感じにふるまってるけど、本質的には西も東も兄弟みたいなもん。

同じ船で地球からやって来た植民者だもの。

東も西もどっちもロージナの一地方に過ぎないわ」

 そう言えば大災厄の時点でも、ロージナはまだまだテラフォーミング後半の建設途上って感じだったそうな。

ご先祖様たちも、それぞれ専門の職能分野に従って仕事をしていたと、ケイコばあちゃんに聞いたことがある。

ひと所に定住して落ち着いた生活を送ると言うのが常識とわたしたちは思ってる。

だけどご先祖さまたちは、必要に応じてロージナの大陸や島々を飛び回って、生涯なんども転勤?しながら暮らすのが普通だったと言うからね。

今ではちょっと想像もつかない人生だね。

まあ現在と違って交通手段は超科学の技術で運用されてて、ロージナの何処へだって数時間もあれば行けたと言うのだから、転勤でやむを得ず住み家を変えると言うよりは、みんなただ引っ越しが好きだっただけなんじゃなかろうか?

だから大災厄の時点でたまたま滞在していた場所が、心ならずも子々孫々の代まで定住の場所になってしまったってのは、なんとも言いようのない出発点ではある。

大災厄の後、発展途上の場所で頑張っていた人たちほど、劇的に生活が困難になっただろうことは想像に難くない。

これは子孫としては結構来るものがあるね。

だって、たまたま偶然、ご先祖が辺境の開発途上地区で孤立しちゃった、たったそれだけの理由で子々孫々が塗炭の苦しみに喘いできたんだよ。

たまたま偶然、ご先祖がトランターやコルサントみたいな都会で勤務していたおかげで楽をできた人たちを、恨まない訳はないよね?

クララさんのどこにたどり着くのか分からない講義はまだまだ続いた。

 「先の大戦は、表向き食料の供給問題が一番の原因になって勃発したってことになってるけどね。

気分としちゃ、天候の不順やら家政の失敗やらで貧乏な弟一家が飢え死にしかけてる。

それなのに、自己中な兄貴が親の遺産を独り占めにして、あろうことかそれを食いつぶしつつある。

兄貴としては本来なら欲も得もなく困っている弟一家を助けるべきなのに、自分たちを優先してあっさり見殺しにしようとしている。

そんな人情も慈悲も持ち合わせないろくでもない兄貴に堪忍袋の緒を切らせた弟が『クソッタレがぶっ殺してやる!俺の取り分をさっさと寄こしやがれ!』ってなところだったんだろうよ。

気分としちゃね」

実に分かり易い例えだった。

クララさん、先生になる素質があるのかも、だった。

「あくまでも民衆レベル、初等教育で使う教科書レベルでの表向きはね。

実は元老院暫定機構の意思決定機関である十人委員会が、政官巻き込んだスキャンダルやら、それを隠すための言論の弾圧やら、治安維持法の不正な乱用やら、エトセトラエトセトラを長年やらかし続けててね。

腹を空かせて未来に希望を抱けない人たちの目の前に見えるのはさ。

富の不平等偏在?

極端な格差社会?

どこで暮らしていたってそうやって貧乏人をとことん追い詰めりゃ『こりゃ一発革命かい?』っていう気運が盛り上がるのは自然な流れだよ?

そんなことヤマカワ出版の詳説世界史を引っ張り出してくりゃ、いくらだって例が引ける。

だからさ、戦争前に二三年続いた天候不順や農商業政策の致命的不手際から食糧危機が起こったのは、十人委員会や元老院にとってはかえってラッキーってなもんだったろうよ。

ちょっとひもじいくらいで日和ったりしないでさぁー。

貧乏人の意地を見せて、ガツンと暴動でも一揆でも革命でも起こしてお偉いさんを吊るしてりゃさぁー。

あんな戦争、無かったかもしれないんだよー。

そうしてりゃあたしたちだってあんなめに・・・」

クララさんは本当にいろんなことをよく勉強しているけれど、ちょっと目が血走って過激な意見が口から躍り出た。

それでもこのあたりの分析はポスアカの論述試験でも使えそうな話だったので、わたしもちょっと襟を正して耳を傾けることにした。

「内憂外患って言葉がある。

国内の心配事と外国との間に生じるやっかいな事態のことをいうんだけどさ。

内憂から目をそらすため市民の苦境は外患のせいだってことにするのは、古今東西の残念な為政者の古典的芸風なの。

陳腐だし頭悪そうでしょ?

そんなんに乗っかちまう民衆もどうなのって思うけど、十人委員会は元々が独裁的な組織だからね。

今も昔も情報宣伝活動は大の得意なんだよ。

元老院暫定機構の人たちも、市民のみんなが飢え死にするほどの食糧危機は、西側の金持ち連中せいだ。

奴らがご先祖様から受け継いだ共通の遺産を、不当に独占してるせいだって思いこまされて・・・。

実は前々からあたらずといえども遠からずって側面は実際にあったわけだし、それを信じたいっていう民衆の気持ちも大きかったろうとは思うよ」

「虐待をやらかす親のことだって、子供は一生懸命かばいますもんね」

誰かのつぶやきが聞こえた。

「そうなんだよね。

傍から見ればどんなに愚かな振る舞いとしか思えなくたって、身内を疑うよりは嫌いな隣人を悪者にする方が気が楽だし心も痛まないってものよ。

暫定機構の貧乏人は・・・民衆のほとんどが貧乏人なんだけどさ。

そこんところはうちらとあんまり変わんないんだけど、十人委員会は音羽村の村長なんか聖人に思えるほどたちが悪いからね。

内集団バイアスと確証バイアスに支配されちゃたんでしょうね」

いきなりな難しいことを言われちゃいましたよ。

なんとかバイアスってのはあれかな、悪い教祖に騙されてお布施をまきあげられる信心深い人の心理状態みたいなもの?

「それで奪われた権利を取り戻すための正義の戦いをって気分が盛り上がって、開戦ってことになったわけなの」

あっちに取っちゃ正義かもしれないけど、こっちにとっちゃ不正義もいいとこだよと、クララさんはちょっと悲し気な顔になった。

「思惑通りひとまず内憂から民衆の目を逸らすことができた十人委員会も、本音じゃ戦争で革命気分が収まれば早めに手打ちにしたかったんだと思うよ。

でも始まっちまったものはしょうがない。

兵士なんて貧しい民衆の代表みたいなもんだからね。

イケイケどんどんでジェノサイドまで引き起こして、十人委員会の思惑以上に戦線は拡大していったんだと思う。

十人委員会も内憂外患なんて言って、のほほんと民衆を煽ってる場合じゃなくなったけど後の祭り」

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