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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第5話 そして少年は真っ白に燃え尽きた 1

 疾風怒濤とは真に、先週末以来僕を繰り返し打ちのめして来たこの世の理不尽を形容する言葉に違いない。

思うにあれだな。

僕の気絶癖は、いつかどこかで無意識の内に、何かの呪いを引き当てた報いなのかも知れないな。

怪異や神様が集う集会所かサロンに張り出されている“今週の罰当て放題人間”のリストに僕の名前が載っていた可能性だってある。

しかしいきさつはどうあれ、遠慮会釈なしにお頭(つむ)をバシバシひっぱたかれたりするのはどうだろう。

おまけにこうも立て続けに脳震盪を起こしていたら、早晩僕はカーロス・リベラや矢吹ジョーみたいなパンチドランカーになっちまうに違いない。


 薄目を開けて上空の気配を伺うと、濡れた髪を一束にした毛利先輩の泣きっつらが間近にみえる。

頭の中がぼわんぼわんして左の頬が痛い。

先輩はまだ濡れている僕の頭を撫でながら、ジンジンする頬にアイスキューブを当てている。

先輩ってば、まるで兵士の臨終を看取る従軍看護婦さんみたいですよ?。

先輩。

先輩の膝枕はふーちゃんのと同じくらい柔らかくて暖かです。

頬っぺたも冷たくて気持ちいいですよ。

優しく頭を撫でられるのも悪くない。

でもね、僕。

全然幸せじゃないし嬉しくもないんですけど。

 飛行訓練を無理強いされたのは良しとしよう。

頭からゲロまみれにされたことにもあえて非は鳴らすまい。

『お前にも有ったんかい羞恥心!』って言うレベルでうち萎れた先輩を。

歩くこともままならなくなった先輩を。

おんぶしてヨシヨシと慰めて。

酸っぱい悪臭を放ちながら、紳士的な優男の三文芝居を演じたことだって後悔はしない。


 全ては高貴なる毛利ルーシー嬢の仰せのままその御心に従ったまでのこと。


 だけどいきなり殴られましたよ?


 六尺どころじゃない。


 七尺はあろうかというダイダラボッチみたいなおっさんに。


 第一ラウンド開始直後に、僕はマットに沈みました。


 ゴングが鳴るや否や電光石火、最初の右ストレート一撃でTKOってことだよ?

意識がぶっとびつつ廊下に倒れ込む時、口をまあるく開けて、多分悲鳴を上げていたんでしょうな。

怒りと恐怖で歪になっていてさえ、可憐で清楚な先輩のかんばせが、僕の視界からフェードアウトしていきましたとさ。


『ふざけんじゃねーよ!』


というよりは『もうここいらで勘弁してくださいまし』という気持ちですかね。

今は、もしかしたら忌(いまわ)の際?

僕は忌ノ際死霊?

しみじみと先輩には誠意を尽くしながらも、傍若無人で反社会的な暴力に倒れ伏す僕の本音ってやつ。

本音ってやつですよ?

毛利ルーシー先輩。

 「ごべんなさい。

ごべんなさい。

加納君にどってわだじはまるで疫病神。

何度も酷い目に合わぜでじまっで」

先輩は目を泣きはらし、明らかに憔悴しきった、汁気の多い景色に曇る面差しで、僕の頭を撫でている。

ぼたぼた落ちてくる涙滴はまだしも、そこに加えて鼻水まで垂れている。

ヤダなと思うけど残念なことに、もう先輩に貸せるハンカチの予備は無い。

僕は薄目から、ちゃんと目蓋を開くモードに移行して、先輩の瞳をまじまじと見つめた。

 「僕をいきなり殴り倒したダイダラボッチは、もしかしたら先輩のお父様ですか?」

先輩は潤んで充血した目に、おかわりの涙をぶわっと溢れさせてコクコクと頷く。

先輩の鼻水が垂れて目に入ったかもしれない。

右目に糸を引いた何かが落ちて来た。

「姉からお噂は仄聞しておりました。

・・・お父様の見敵必戦の心意気とお覚悟が、今もまだこうして頬っぺたにじんじん伝わって来ています。

誰何無しで繰り出された問答無用のパンチは、まるで居合切りみたいな電光石火の早業でした」

「ごべんなさい。

ごべんなさい。

普段ば、温厚な、父、なの、でず。

げれども、ごど、わだじ、が、絡むと、我、を、忘れる、どごろ、が、あっで。

今、大、慌でで、掛がり、づげの、先生、を、迎えに、行っで、いま、ず」

ひっくひっくとしゃくり上げながら先輩は僕に詫び続けた。

 僕の心は厭世的な気分に満たされている。

ふーちゃんの脳内ジュークボックスではないが、頭の中ではデュークエイセスが“遠くへ行きたい”を繰り返し熱唱している。

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