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日本で新薬が手に入らないワケ



みなさんは、世界では普通に使われている薬が日本では使えない、という事態が起きていることをご存知だろうか。医療関係でないお仕事をされている方は考えたこともないかもしれないが、なんと約7割の新薬が日本で使用できないのだ。そして、その中の約7割は国内開発に着手すらしていない。これはもはや、ドラッグ・ラグではなくドラッグ・ロスだ。

医薬産業政策研究所HPより


また、日本の医薬品市場は、先進国10カ国の中で、唯一マイナス成長が予測されている。

どうしてこのような状況が起こっているのだろうか?

「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた対策における 現状の取組と今後の対応について」の有識者会議が行われ、厚生労働省から資料が出ている。また「日本から医薬品が消える日、武藤正樹著」も参考にしながら詳しく見ていこう。

日本に新薬が入ってこない理由

一言で言うと、日本市場で医薬品を販売しても儲からない、ということだ。例えば、新薬の開発に10年と長い年月を費やし、平均3000億円かかると言われる新薬開発が成功したとする。新薬が投資回収できる期間は特許が効いている最初の10年間で、その後はジェネリック医薬品が発売されてしまため儲けは減る、つまり最初の10年でどれだけ利益を出せるかが勝負なのだ!
その中で日本市場は、薬価制度改革による薬価引き下げ、市場拡大再算定や新薬創出等加算の厳格化、流通の問題など様々な要素により、他国と比べて新薬が儲かりにくいという。

また、薬価制度の頻繁な見直しによる予見性の低下、日本法人のない新興バイオ企業が新薬を開発することが増えているなど、理由は複数あるようだ。

不人気な日本の薬価制度

①原価計算方式

日本では、新薬の薬価を決定する際に、原価計算方式というものを採用している。これが製薬業界では非常に不人気である。海外では原価計算方式で新薬の評価を行うところはどこもない。

原価計算方式とは、新薬の原材料費、労務費、製造経費、販売費・一般管理費、営業利益、流通経費、消費税等を加算して製品総原価を算出し、これに、補正加算や外国平均価格調整などの加算があって決定される。この原価根拠を示す情報開示が50%以下だと、ゼロ査定となる。
かつては製薬企業がシード開発から製品化まで一気通貫で行っておりそれほどハードルにはならなかったが、今はベンチャー企業がシード開発をし、製薬会社がそれを買い取って製品化する、ということも珍しくない。このため、開発情報が複数企業に散らばっており、機密情報など企業間の契約関係から全ての開発情報を開示するのが困難になっている。これが理由で薬を日本で販売できなくなっているケースが増えている。

また医薬品の価値を製造原価で決めていいのだろうか?医療費の削減効果による経済的価値、介護費の削減や生産性の向上を達成する社会的価値、さらに生活の質(QOL)改善を図る価値など金額換算が可能な価値でも測ることが必要なのではないだろうか、と「日本から薬が消える日」の著者、武藤正樹氏は提言している。

②市場拡大再算定

これは、当初の予想を超えて売上が大きく拡大した製品の薬価を引き下げるルールのことだ。つまり売れすぎたら薬価を下げられ、儲からなくなる。
これがたちが悪いのが、2008年以降、薬理作用が似ている全ての医薬品にこのルールが適応されるようになってしまった。つまり、自分の会社の薬がバカ売れしていなくても、他社の薬が繁盛してしまうと、道連れのように薬価が引き下げられる。これが非常に製薬企業から不人気だ。

③新薬創出等加算

これは、特許期間中は市場実勢価格に基づく薬価の引下げを猶予する制度だ。つまり特許期間中に薬価が下がらないようにし、新薬の投資回収が可能だから、日本でも新薬を上市してね、製薬会社さん!と訴えるためのルールだ。しかしこれも結局度重なる改定と厳格化により、ほとんどの薬でこの加算に当てはまらない状況だ。
他国と比較すると、米国では特許期間中の薬価維持は100%、英国75%、ドイツ67%であるのに対して、日本では17%しかない。製薬会社から見れば、日本の市場に魅力を感じないのも納得である。


治験の課題

2010年に一度ドラッグラグについて議論されており、その際は日本の承認期間が長いことが理由として言われていた。2010年では、世界で薬が使用可能になってから各国における販売までの平均期間は、日本で約4.7年、アメリカ0.9年、イギリス1.2年、ドイツ1.3年と、日本が他国に比較してはるかに長い期間を要していた。当時では、治験にかかる時間を短縮する策を講じた結果、その後数年はドラッグラグは改善傾向になっていた。しかし昨今まだドラッグラグが再燃しており、治験にまつわる課題はまだまだ残っている。


一つは、新興バイオ企業が国際共同治験を実施する際に日本の組み入れが少ないことが挙げられる。昨今では新興バイオ企業が新薬を開発するケースも増えていると先述したが、その際の国際共同治験で日本の治験施設や日本人被験者が使用されないケースが多いのだ。国内未承認の薬9割の薬はそのようなケースだった。

他にも、米国や欧州に比べ、日本では治験開始の手続きが煩雑、患者登録が迅速に進まない、治験費用、という不満の声が多く依然として治験がしにくい環境がある。加えて、臨床試験への組み入れに当たって、日本人での忍容性を評価する臨床試験を実施する必要があることや、遺伝子治療などで求められるカルタヘナ法(薬の安全性を確認する手続き)への対応に時間を要することなど、日本の薬事規制がボトルネックになっている可能性がある。


まとめ

2021年11月米国研究製薬工業協会(PhRMA)のジェイムス・フェリチアーノ氏は「日本の医薬品市場は主要国の中で最も魅力がない。その最大の要因は、度重なる薬価引き下げにより、研究開発に投じた費用を回収できるのか不明瞭なことだ」(1)  と発言している。
さらに悲しいことに、日本の国内製薬企業ですら日本での上市を避け、海外から上市場するようになってきている。

日本から薬が消えてしまわないために、薬価制度改革、国際共同治験の積極的参加など、日本がすべきことは山積みのようだ。特に薬価制度では日本独自のものもあり、もっと世界的な基準を参考にしながら改良していくのが良いだろう。

参照文献
(1) 「日本から薬が消える日」(武藤正樹著)
(2) 日米欧の新薬承認状況と審査期間の比較、医薬産業政策研究所


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