2020年10月31日:解放

やっと連勤が終わった!明日から休みだーーー!いやっほい♪

密かに1日の振り返る日記を連続投稿しようかと意気込んでいたが、昨日はあまりに疲労が溜まっていて、身体も色々と支障をきたしていたのでわずか4日で連続更新が終わってしまった。早くも連続記録の終了である!!!

今日は連勤から解放された嬉しさで文章量多めな日記が書けそうである。昨日の分も書いてやるつもりだ。

さて今回は解放という題名をつけたので解放をテーマに話ていこうと思う。

解放とは身体や心の束縛や制限がなくなった時に使われる。具体的にいえば、仕事がひと段落した後は仕事から解放されたというし(現在の私の状態)、パワハラ上司から逃れる形で転職をした時は心が解放されたというだろう(過去の私の状態)。

これら挙げた例はほんの一端にすぎない。人間は物理的・精神的、大小様々な束縛を受け、そこから解放されまた束縛をうけるというのを繰り返している(ちょっと言葉遊びが過ぎるのをご容赦願いたい)。

中には自分が知覚出来ていないものから束縛されていることがある。むしろ例えば常識や社会といった、我々の目に見えないものからの束縛の方が自分に対して多くの、そして大きい影響を受けているのではないか?自分も気づかずそれに大きな影響を受け、自分の性格や思考、行動に洗われているのではなかろうか。

私の過去の体験を元に、私は今まで目に見えないものから束縛されていたんだと気づき、そして、そこから解放されたと感じたのが主に三つあるので書いていきたい。

まず一つ目は中学卒業の頃ぐらいである。私はその時は周りの人間に合わせて流されるように生きていた。勉強もスポーツも劣等生であり、何一つ誇れるものがなかった。その時に出来たことといえば周りに合わせていくことだけだった。自分というものがなかったのである。厄介なことに当時は周りに合わせて生きているという事にも気付いていないのである。当時を振り返れば、学校の中における価値基準が全てだと思っている自分には、劣等感しか抱けなかった。そして私は高校生になってすぐに不登校になったのである。当時の自分は気づかなかったが、学校という組織の中で何年も同じ人間と共に過ごすというのが我慢できずに逃げ出したのだ。

だから私は学校に対してはこうした私情もあってネガティヴである。堀江貴文氏ほど過激ではないが(学校は貧困層など充分な教育を受け入れられない者の為には必要であると考える。学校は病院などの社会保障と同じ救済措置的な役割として存在するのが今後の時代において必要なのではないかと考える。)学校という組織は今の時代にそぐわないものになってきていると感じる。多様性が叫ばれている時代、日本にいる殆ど全員が学校という一つの価値基準(偏差値や協調性などで成績をつける行為)に少なくとも9年間、現実には12年間もの時間の中でその価値基準に浸って過ごすのは、望ましいとは思えない。少なくとも他人と協調することが苦手で、勉学も平均以下の私にとっては地獄でしかなない(完全な私念です、はい。)


話が逸れたので元に戻そう(ここまで読んでいる人間などおそらくいないであろう。いたら暇人と変人から生まれてきた人間であろう)。そして、私はめでたく学校から逃げ出して不登校になったのだが、その時自分はなんて惨めな人生を送っているんだと悲しい日々を悶々と過ごしていた。親とは自分の不登校に関することで喧嘩して、自分もなんとかしたいと思ってはいるのだがどうすることも出来ないもどかしさ、それを言葉で表現できずに対話を拒絶する形で自分の殻に閉じこもってしまった。

もう嫌ことならnoteの字数制限(実際字数制限ってあるの?誰か教えて〜〜)を軽くオーバーするぐらい書けるのだが、悲しくなるだけなのでまた機会があったら話していきたい。

そんな生活をどうにかして打開したかった。私はある時、世間の中高生なら学校に行っているであろう時間にブックオフに行って漫画を買おうと立ち寄った。その時ふらっと自己啓発のコーナーへ立ち寄った。今まで寄ったことがなく、読もうとしなかった類の本であるが(今は活字中毒に近いが、当時は読書など漫画ぐらいしか読んでいなかった)、なんとか現状を変えたいと心がそこに向かわせていったのだろう。私は初めて自己啓発書を買った。

題名とかどんな本だったかもう覚えていないし、その本は今思えば悪書に分類される本だが、その中で印象に残っている言葉がある。

友達を持つな。他人と群れても何も出来ずに人生終わる。

この言葉は私の今までに積み上げてきた思考や価値観を一瞬にして刷新してしまった。まさにコペルニクス的転回である。

私は当時は友達を持つことが当たり前だと思っていた。友達がいないやつなんてロクでもない人間だと思っていた。そして、不登校を惨めだと思っていたのものの一つに友達がいない事に対する劣等感である。

この言葉を見た時は最初、心の底から拒絶反応を起こした。

「自分の今まで積み上げてきたものが崩される。なんとしても守れ!」

もう生物としての防衛反応である。

しかし、当時今までの人生を振り返るとこの友達幻想によって自分の人生を生きづらくしていたと徐々に思うようになった。本当は一人の時間が好きだということを薄々持っていたが、友達(今思えば友達でもないだろう)と一緒にいなくてはと幻覚に囚われていた。

そこから私は友達はいらないと極端な思考になった(それはそれで問題ではあるが、、、今は今度の人生で心の底から気が合う人がいればラッキー。現れなかったらそれはそれで仕方がないというスタンスでいる)。


これが一つ目の友達幻想からの解放である。



二つ目が時期は大体同じくらいの時である。私は相変わらず不登校だが、友達幻想から目が覚めて自己啓発に目覚めるようになった。毎日図書館に行って本を借りて学習したり、ブックオフで買う本は漫画からすっかり自己啓発書にシフトしていった(今は漫画の方が多い。原点回帰である!)。当時はバイトはしていなかったのでゲームを売ったお金やお年玉などで本を買っていた。更に今では本当に申し訳ない事をしたなって思っているのだが親から頼まれたお使いのお釣りを誤魔化して本を買ったこともあった。

そんなこんなで私に学習意欲が少しずつ芽生えていた。学校に行ってない代わりに図書館でずっと学習していた。学習していたものは自己啓発に加え政経と歴史である。この分野は中学生のときから比較的に好きでこの分野のテストの点数も割と良かった。

平日は図書館に行って勉強をして、家では本を読んでいたり当時では珍しいYouTube(もちろんYouTuberなんてものは存在しなかった。ニコニコ動画の方が勢力として上だった時)を見ていた。

そのYouTubeの動画で私の今まで生きていた世界観が変わったのだ(今振り返ればどちらかといえば悪い方向に)。

たしか当時北京オリンピックが開催されていた時期である。YouTubeで政治系の動画とかを漁っていたら、中国人がウイグル人に対する暴行を加えた動画が流れてきた。それを見た時私は衝撃が走った。

当時、テレビではオリンピックムードで賑わいを見せていた。当時テレビっ子だった自分(高校受験の直前までバラエティをずっと見ていて親から勉強しろと言われ続け怒られていた。この時親子関係は最悪で喧嘩はしょっちゅしていた。)はオリンピック盛り上がっているなって思っていた。ただし当時違和感を覚えたことがあった。聖火リレーはご存知世界各地を回るが、日本に上陸した時に確か福原愛が聖火ランナーで走っていたが、当時は知らなかったウイグルの旗を持って妨害しようとした一般人がいた。すぐに取り押さえられテレビでも特に何事もなかったようにスルーしていた(もしかしたらウイグルについて言及していたのかもしれない)。

その時は自分はなんかウイグルがどうのこうのあって(よく知らないけど)問題になっているのだなってなんか違和感があったがスルーして流していた。(当時の自分に「考える」という行為は苦痛でしかなかった。)

そして、そんな印象を抱いてからのYouTubeでのウイグル人に対する暴行動画の視聴である。

察しがいい人ならもう薄々感づいているだろう。

私はいわゆるネトウヨになったのだ

今では当たり前の、メディアリテラシーがない自分にとってはテレビの情報は絶対だと思っていた。特に本を読まなかった当時の自分にとってはテレビの情報で充分で何故新聞や本の活字でわざわざ読むのだろうと真剣に思っていた。

しかし、YouTubeではそのテレビ様がいわゆる偏向報道をしていると言っているではないか(リテラシーのない自分はこの意見も疑いもせずYouTubeの意見を信じてしまった)。

自分の見ていた世界は今までなんだったのか。当時は本当に夢から覚めた感覚だった。まさか夢から醒める状態を起きている状態で体験でするなんて思わなかった。まさにコペルニクス的転回である(出ましたコペルニクス。二回目の登場でコペルニクス大忙しである。コペルニクス的転回を二回繰り返しているからもはや元の考えに戻るのではないだろうか)。

そこから私はYouTubeの、コテコテに思想が偏った動画を食い入るように漁って見ていた。


「もっと情報が知りたい」


その思いで今まで以上に学習意欲に燃えていた。

しかし、かなしいかな。いくら学習意欲が高く勉強してもそれは結局は偏った知識でしかない。むしろ、無知より恐ろしいものである。

私はその学んだ知識を他者(主に中韓)を貶める為の道具として学んでいた。おそらく3.4年はそういう考えに凝り固まっていた。

ではどのようにしてその負の考えから逃げ出すことができたか。それは哲学を学んだからである。最初にそれに触れたのはたしかショーペンハウエルだった気がする。彼の『読書について』、この本から私は哲学に興味にもち、そこからデカルトの徹底して疑う姿勢や哲学に必要なクリティカルシンキングを学んだことで私は考えることの大切さ、そして、自分の無知さを自覚する大切さを学んだ。

一つ断っておくが、私は別に特定の思想が悪いと頭ごなしで批判するわけではない。私の政治に対する考え方はまた今度機会があれば詳しく書きたいが、私が今の政治に危機感を覚えていることは右派も左派も相手に対して右派は差別主義者とか左派は差別ビジネスをしているとお互いにレッテルを貼って対話を避けていることである。私はこの対話を避けてお互い粗を見つけて貶めても生産的なものは生まれないと思う。これは過去に犯した自分に対する自戒の念も込めて言いたい。

話が逸れた。(というかもう逸れてばかりじゃね?話も長いわよ)以上をまとめるとこれが


二つ目の当たり前からの解放である(どちらかというと悪い方向へ進んだ)


そして、三つ目が大学4年のことである。私は高校は高卒認定をとり、大学へと進学した。特にやりたいことはなかったがなんとなく世間的にみんな大学へ行っているし、何より自分は働きたくないという思いが強く大学に入った次第である。今でもギリシャ人みたく雑用は奴隷にやらせて自身は知的生活に没頭する生活をしたいという欲望が少しある。もちろん奴隷は買わないが、代わりに将来経済的な余裕があれば全てを家政婦に任せ自分は好きなことをするという生活をしたい。

私は大学4年の頃とてつもなく嫌な気持ちになっていた。一番の大きな原因は就活である。自分はどうしても働きたくないと思っていた。楽で安定してそうな公務員試験の勉強をしていたのだが(公務員の皆さんごめんなさい)、思った以上にやることが多くて苦痛で仕方がなかった。試験勉強も合格できるレベルに達していなくて、それが原因でやる気も起きないの負のスパイラルである。

そして何よりも一番嫌だったのが面接である。自分を偽ってまで自己アピールをするというのが本当に苦痛だった。この時が一番社会に対する嫌悪感が強かったと思う。演技して無理に喋っている感じが不快感で仕方がなかった、、、

そして私はとうとう逃げ出した。大学にいかなくなって、籠ってしまった。(本当に親に迷惑かけて申し訳なさでいっぱい、、)

どうしようかと悶々とした日々を過ごして、どうにか解決できないかと策を探していたら一つ興味を引いたものを見つけた。


FXである。


思えば高校の時から私は株式投資に興味があり本とか図書館から借りていたりしていた。だけど、お金がないし高校生だから諦めてしまった。

そんなことを思い出しながら私はまずデモからやり出した。私はすぐにハマった。そして、FX関連の書籍を買い漁った。

そして、FXで金持ちになってやると大学を辞めてお金を貯めるために大学4年で初めて本格的なバイトをした。今までは月一回の派遣でちびちびお金を稼いでたぐらい。

仕事が嫌だから、そのために仕事をするなんて皮肉な話で滑稽である。

そこから私はなんとか経済的な自立を求めるために、参考になる人の本を探した。

それが今回自分の考えを変えたホリエモンこと堀江氏である。

堀江氏は今までは何か捕まった人という印象しかなかった。

しかし、彼好きなことをして生きろという彼の言葉や情報感度の鋭さを見ると彼は凄い人なんだと印象が変わった。その時自分の置かれている立場からは彼に本当に救われる思いがした。

私は今まで仕事したくない。なので楽な仕事で安定した道が一番だと思っていた。

しかし、彼の生き方はまるっきり正反対だった。

それから私の考えも感化されるように変わっていった(めちゃくちゃ単純人間!)。


今はFXはやっていない。

しかし、これがきっかけで、いろいろなことを試して挑戦する大切さを学んだ。今ではどんな不安定な人生でも自分の好きなことをして、それにいかにして満足したかで成功は決まるという考えになった。今でもまだ思った通りの人生が生きられていないが、前よりは幸せに生きられている気がする。


駆け足になってしまった。

まとめると


最後が価値観からの解放である




この三つが自分の束縛から解放されたと感じたものだ(すげえ長い。自分でも読みたくないのに他人が読んでくれるとは思えない。)


というか、、、、



間に合わなかったーーーーー!!!日付超えてしまった、、、orz

実はこの文を書いている途中、保存ミスが起こり半分以上の文が消えて、発狂と絶望の中で5時間以上かけて急いで書き上げた。少し過激な表現があるのはこうした理由である。推敲する気力が削がれてしまい、恐らく拙い文章になっているがご容赦願いたい。

5000字超えたよ、、、もう本当に何やってんだが。


とりあえず寝る。おやすみ😪






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