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心の変化(2022年3月〜4月中旬までの日記)

■涙が止まらなくなることが3月後半から4月の頭にかけてあった。3月から死にたい気持ちが止まらなくなることが増えた。自分なんて必要ない」というより、他人と比べて落ち込み、「もう死ぬことしか選択肢がないな」という感じ。もうむせび泣くような泣き方はしたくないなあと思う。

■死ぬには種類がある。「つらい」「しんどい」という負の言葉の最上級として安易に口に出す「死にたい」と鬱状態から来るほんとに消えて無くなりたい「死にたい」。私はこの二つを使い分けてるような気がする。

■大好きなTBSラジオ「空気階段の踊り場」、初回(2017年)から頑張って聞き続け、やっと2021年にまで追いついた。最近思うのは、私はお笑いが好きなんじゃなくてラジオが好きなんだなということ。ということで、空気階段のファンクラブは退会した。

■祖父がゴールデンウィークまで持たないらしいとの一報。人の死に関わることがもう20年以上なかったものだから取り乱す。もう88才なので突然死ぬんじゃなくて、死が緩やかに近づいてきてる感じがして、皆着々と終わりの準備をしている。
 散々死にたいって言ってきた私は祖父の死とどう向き合うのか、境界性パーソナリティ障害の私は死をどう捉えるのか、定期観測していきたい。

■子供の頃に体験する死より、大人になってから体験する死のほうが悲しいらしい

■“友達と会う”ができるようになり、友達と会うことで世界や視野が広がることを実感した。誰と会ってもストレスは伴う。
 人疲れを避けてここ一年くらい一人で過ごすことが増えてたけど、そのリスクを背負っても人と会ったほうがいい。

■人生の価値を成功することだとしか思えないことが増えた。「テレビに出ている芸能人のようになれないのなら、生きている価値がない」「ハリウッド映画の脚本を書けないと生きてる価値がない」といった極端な思考になる。これは境界性パーソナリティ障害独特の極論思考なので冷静に付き合っていきたい

■編集やライターの仕事にこだわらなくてもいいんじゃないかと思えてきた。自分のことを奮い起こそうと頑張るのと、地の果てまで落ち込むのの繰り返しにうんざりしている(フリーで働くようになってからずっと)。
 この前会った幼馴染に「仕事のやる気?そんなもの元々ないよ。笑」「楽しいとかないよ、仕事に」と言われ、そういう働き方があるんだと驚くと同時に、私もそっち側に行きたいと思うようになった。
 今までのマスコミの仕事は特殊で、“やりがい”や“かっこよさ”や”ギャラ”に突き動かされてきた気がするから。友人にそう言われて、あたりまえのことかもしれないけど、仕事にやる気の出ない自分を責めてるの馬鹿らしくなって少し救われた。
 同時に、私は十分やった。すごい。と褒めて上げたい気持ちになる。

■しばらくフリーの編集やライターの仕事は入れないことにした。連載の仕事な何本かあるし、今年中に出る本2冊は請け負うけど、これ以上出版社の人やクライアントと直接接したくない。
 ストレッサーがたくさんいる職業をよく続けてこられたものだと思う。頑張りすぎた気がする。仕事が自分の軸にあって、動悸がして、震えて起きる日を増やしたくない/そういう仕事から離れたい。

■福祉事業所に行き、精神障害手帳について話を聞いてきた。手帳が取れるかわからないけど、今は自分を障害者だと受容し前に進んだほうが生きやすいのではと思っている。主治医に聞いたら境界性パーソナリティ障害ではなく双極性障害で診断書を書くかもとのことだった。
 例えば、精神障害者手帳を手に入れたら、障害者雇用の枠で、病気を理解されて働くことができる。気分の落ち込みなども把握されて働きたい気持ちになっている。書くこと(物事をわかりやすく噛み砕いて伝える)が得意なので、それを活かせる定期的な仕事がほしい。

■甘いものの爆買い、甘い飲み物をたくさん飲んでしまう。

■『もう内向型は組織で働かなくてもいい 「考えすぎるあなた」を直さず活かす5ステップ』という本を読み、内向型の自分は外向型に比べて劣っているわけではないし、今しんどいことも内向型のせいなんだと思えて楽になった。


■早起きができない、寝過ぎる、同じ時間に起きられない。あと眠れないことはないが、眠って意識を失うときしか安心できる時間がない(ずっと)

■がんで死んだイノマーと誕生日が同じだったことを知った。だからなんだって話なんだけど。




今度一人暮らしするタイミングがあったら猫を飼いますね!!