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宝塚de文学裏入門❷谷正純作品のバイオリズムを読む

連載のお仕事をいただいている美容室検索サイト「HAIRCATALOG.jp」さんの記事で取り扱ったテーマに対し、あちらは「宝塚を知らない人も読める」ことを前提にした目線ですが、こちらではガチオタ向けの切り口で裏から入門していこうという企画です。

余談ですけど、HAIRCATALOG.jpさんって面白くてですね、編集部(運営)が独自の基準で目利きした美容室しか加盟ができない検索サイトなんです。広告料を払えば上位に乗れるとか、SNSのいいね数がどうのとかそういう定量・定数の無粋な縛りがない。それなので美容室数自体は少ないですが、非常に技術・デザインのレベルが高くて洗練されたサロンばかりです。

そういうサロンとそうでないサロンの特徴って何かと言えば、私見ですが「新人でも一定以上の技術とセンスを有する」ことだと思います。

読者のヅカオタの皆さんでもし美容室難民のかたがいましたら、ぜひ見てみてください。

大反響をいただいた「皆殺しのT」

柴田先生回もよく読んでいただいたのですが、編集さんがわざわざ「すごかったですね」と言ってくださった谷正純先生の回。おかげさまで励みになったとともに、ちゃんと書かなきゃやべーなという気持ちになりました。ありがとうございました。

そこで書いた谷先生に関する見立てがこちら。

このセリフから、私は谷さん自身がこの40年毎回「いっぺん死んだ気になって」作家人生を生きてきたのかもしれないとも読み取った。人間誰しも経験を積む中で、一度支持されたり受けたりしたあり方ややり方を踏襲したくなるものだ。それは脂の乗っている時期なら良いけれど、次第に感覚が鈍り、進化が止まる時が訪れる。
谷さんの作ってきた作品のラインナップを時系列で眺めていると、まるで新作で前作をぶっ壊しているようなのだ。

さあ、書いた以上は本当にぶっ壊しているか見てみましょうというのが、今回の裏入門です。

谷作品、時系列で並べてみた

1986年『散る花よ、風の囁きを聞け』(花組・バウホール)
1987年『あかねに燃ゆる君』(花組:バウホール)
1988年『おもかげ草紙』(雪組・バウホール)
1990年『秋…冬への前奏曲』(花組・大劇場)
1991年『紫陽の花しずく』(月組・バウホール)
1992年『白夜伝説』(星組・大劇場)
1992年『高照らす日の皇子』(月組・バウホール)
1993年『FILM MAKING』(星組・バウホール)
1994年『エールの残照』(月組・大劇場)
1995年『エデンの東』(花組・大劇場)
1996年『アナジ』(雪組・バウホール&日本青年館)
1997年『EL DORADO』(月組・大劇場)
1997年『武蔵野の露と消ゆとも』(星組・バウホール&日本青年館)
1998年『春櫻賦』(雪組・大劇場)
1999年『バッカスと呼ばれた男』(雪組・大劇場)
2000年『ささら笹舟』(雪組・バウホール)
2000年『望郷は海を越えて』(宙組・大劇場)
2001年『ミケランジェロ -神になろうとした男-』(花組・大劇場)
2002年『プラハの春』(星組・大劇場)
2003年『なみだ橋 えがお橋』(月組・バウホール&日本青年館)
2003年『野風の笛』(花組・大劇場)
2004年『1914/愛』(星組・大劇場)
2005年『JAZZYな妖精たち』(月組・大劇場)
2005年『くらわんか』(花組・バウホール)
2006年『やらずの雨』(雪組・バウホール)
2006年『UNDERSTUDY』(宙組・バウホール)
2007年『さくら -妖しいまでに美しいをまえ-』(星組・大劇場)
2008年『愛と死のアラビア』(花組・大劇場)
2008年『ホフマン物語』(月組:バウホール)
2009年『ZORRO 仮面のメサイア』(雪組・大劇場)
2010年『ジプシー男爵 -Der Zigeuner-baron-』(月組・大劇場)
2010年『CODE HERO』(花組・バウホール&日本青年館)
2011年『SAMOURAI』(雪組・ドラマシティ&日本青年館)
2012年『サン=テグジュペリ-「星の王子さま」になった操縦士-』(花組・大劇場)
2013年『THE MERRY WIDOW』(月組・ドラマシティ&日本青年館)
2015年『銀二貫 -梅が枝の花かんざし-』(雪組・バウホール)
2016年『FALSTAFF 〜ロミオとジュリエットの物語に飛び込んだフォルスタッフ〜』(月組・バウホール)
2016年『こうもり …こうもり博士の愉快な復讐劇…』(星組・大劇場)
2017年『CAPTAIN NEMO …ネモ船長と神秘の島…』(雪組・日本青年館&ドラマシティ)
2018年『ANOTHER WORLD』(星組・大劇場)
2020年『マスカレード・ホテル』(花組・ドラマシティ&日本青年館)

いや、やはりこうやってみると谷先生の幅広さには唸るものがありますね。大劇場だけでみても『白夜伝説』の次が『エールの残照』って温度差で風邪引きそうですし、『EL DORADO』と『武蔵野の露と消ゆとも』が同年制作なのは「情緒どうなってん」とツッコみたくなります。そこからもう『JAZZ Y』から『愛と死』まではドッタンバッタン走り回る姿が目に浮かぶようで。私が谷さんにキレたり泣いたり好きな作品(武蔵野)を作ったのは彼だと知ったりしたのはこの時期なので、なおさら「ぶっ壊す」イメージになったのかもしれない。

だんだん暴れ方が落ち着いてきて『メリーウィドウ』と『銀二貫』は心地よい温度差でした。甘いもんの後にしょっぱいもん食べまっせ的な。その後の『アナワ』からの『マスカレード・ホテル』は、彼の“生き倒し“の集大成のように見えます。おじいちゃんほんまにおつかれやで。

だから「嫌いな作品も大好きな作品も全て彼が書いた」私には、このバイオリズムまで含めて全部大好きです。

(時系列確認のために検索したらこき下ろしているブログを見つけて悲しくなった。読んでみると揚げ足取りで論旨はぐちゃぐちゃ。何様のつもりなんだろうな。こういう崩壊した論旨の批判、これからは暴力の時代ですよ)

ぶん殴るのは自分だけじゃないところも好き

見る方それぞれに「好きな谷」「許せない谷」がありそうなものですが、私が注目したいのは、彼自身の“生き倒し“だけでなく、彼はそのドッタンバッタンを通して生徒の“生き倒し“をサポートしていたのではというところを申し添えたいと思います。

それを特に感じる例は2つ。

1つは『武蔵野の露と消ゆとも』の麻路さきさんと白城あやかさんコンビの“弔い“です。

この作品は、今では考えられない公演スケジュールなのですが、前年1996年12月に宝塚大劇場公演『エリザベート』で白城あやかさんが宝塚大劇場を卒業し、その東京公演が1997年3月に控えた1月(確か10日くらい)にバウホールで上演された演目でした。すごいスケジュールだよね。

わざわざ言及するのも嫌なくらいなのですが、このエリザの「再演」は、美とムードがウリのコンビファンとしての私にとっては忌むべきもので、主演の麻路さんが初演の一路さんの大成功を引き合いにご自身の歌唱力を記者たちに突かれている姿を思い出しては虫唾が走る思いがしたのを忘れられません。結果成功をおさめ「ヅカ版エリザの“正解“」を増やすことでパッケージ化できてエリザはまんまと代表作に収まったわけですが、あのスケールが大きくて大人の魅力に満ちた麻路・白城コンビの最後がこれか…というのが新規・小学生なりの私の感想でした。デュエダンだけは最高だったけど。

そして数年が経ち、映像で『武蔵野』に出会うことになりました。

衣ずれの音まで聞こえてくるような徹底して静かなストレートプレイ。美しく奥ゆかしい2人の男女がともに強く成長していく姿は、間違いなく「観たかった麻路・白城」コンビでした。同じ「“皇女“の一代記」であることも強烈な皮肉にすら感じたほど。

橋本実梁(麻路さん)のセリフ「他人に不幸を渡さぬために」は、あの時の二人の境遇を投影しすぎているようで、当時あの気持ちのままリアルに拝見できていたとしたら、泣きすぎて立ち直れなかったように思ったり。成長した和宮(白城さん)が別れの際に同じセリフを繰り返すのも、趣がありました。

二人の無言の別れの連れ舞いは、言葉なんていらないほど美しかったです。

ストレートプレイであったのは、もしかしたら前後の本格ミュージカルのために喉を思いやってというだけのことかもしれません。でも、この間だけ「歌を忘れられる」のは、当時の麻路さんファンにとっては束の間の赦しのようだったと、その後出会った元会員さんにお聞きしたことがありました。彼女と私、個人的な感想と読解ではありますが。

そして4組最後の夜がしんしんと近づいているのも、明治維新を生き抜いた実梁を麻路さんに映しているようで……

本公演を殴って、激動のシステム改革を殴って。麻路さんと白城さんとファンをお疲れ様と弔ってくれる、そんな谷さんのインスタレーションに心酔した作品でした。

もう1つは『銀二貫』からの『ANOTHER WORLD』。

一見ずいぶん遠くに飛んでいるように見えますが、共通の主要出演者が2人います。華形ひかるさんと有沙瞳さんでした。特に私が、谷さんの「ぶん殴り」で救われたと思ったのは、有沙さんの方。

有沙瞳さんは、おそらく異論はないと思うのですが本当にいい役者です。

私がずっと気になっていたのは、いい役者すぎて「役が吸い憑いてくる」ところだった。谷さん作の『銀二貫』の真帆だけをとってもそうですが、『伯爵令嬢』のアンナ、『ドン・ジュアン』のエルヴィラ、『阿弖流爲』の佳奈がマシに見えるくらいで、役柄がいちいち壮絶すぎて心がいくつあってもたりないのではと心配になっていたのです。実際一度、悩みすぎて「気でスマホを壊した」などと訳分からんことも言っていた。ちょっと変な子ではありそうですが。

からの『ドクトル・ジバゴ』のラーラ。ロシア文学にありがちなトーニャ(聖女)との対比的な激しい運命を辿って全ての罪を一身に受け止める女性の役で、これ以上彼女に役の念が吸い憑いていくことは、彼女自身の安寧にも運命にも影響しそうで見てられないと思っていたところ……

『ANOTHER WORLD』の初音は豪快できっぷのいい、現代でいうところの「ヤンキー娘」。持ち前の民謡の腕前を発揮できると言う役柄に加え、毎公演鉄砲玉みたいに飛び出して登場し、1つ前の忌むべきラーラを支配し続けたコマロフスキー役の天寿さんを尻に敷いて縦横無尽に暴れ回る姿は痛快で涙が出てくるような思いでした。

谷さんが彼女で描いた「真帆」のように、他人に不幸を渡さない「おてつ」であり続けようとする強さと優しさを持った有沙さんだからこそ、その彼女の中の「おてつ」を「初音」で吹き飛ばしてくれたような。

それから皇極、玉姫と沼に沈んでいくこともあるけれど、あの初音やその後のタンヤン(小柳の犯行。彼女も確信犯だとは思う)で“陽“の奥行きが生まれたからこそ、安心して見ていられる魅力的な娘役になられているなと感じています。

どれもこれも私の想像でしかなく、谷さん自身は無意識にやっているのかもしれないことは申し添えておきます。でも、仮に無意識だとしても、自分のバイオリズムだけでなくそれぞれの生徒、全員は無理でしょうが彼女たちの呼吸を感じながら作家人生を走り抜けておられるのだなと感じたと言う話でした。

こうやって書いてみると谷さんとともに走り抜けた生徒たちの一部を見ているだけにすぎないようにも思うので、ぜひあなたの「谷と贔屓の生き倒し」エピソードがお聞きできたりしたら楽しそう。(S奈さん以外でお願いします。あれは私の中の「許せない谷」なので。)

毎回長すぎて今回短いくらいなのだけど、それでも長いですね。

ご清聴ありがとうございました。

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