瀬戸忍者捕物帳 5話 『神室心中』3
「なっ!殺害ですって?」と雪。
「てめえ!何言いやがる!俺たちを疑ってやがるのか!」と信三。
「皐!あんた!非常識すぎるわよ!」と茜。
「バカか!お前は!」と虎吉。
皐はみんなから集中砲火を浴びて焦ったが説明を続けた。
「い、いや、あくまで可能性としての話でですねえ。でも完全に無いとは言えませんよ!雪さん、伸三さんからすれば殺しの動機としては十分ですし、何よりあの二人の死に方は少し不自然でした。殺人の可能性も無きにしも非ずです。」
確かにそうだ。二人が同じような死に方をしていれば即心中と片付けられるが、今回の事件にはいくつもの不可解な点がある。茜はその点に同意した。
「まあ、確かに不審な点はあるね。なんで恵美さんだけが服毒自殺をしたのか・・・毒物を一人分しか持っていなかったってこと?」
茜は顎に手を当てた。
「そう言えば飯を包んでいた笹の葉が2枚落ちていたよな?次郎は二人がそれぞれ弁当を持って来ていたと言っていたが・・・。これから死のうとする2人が呑気に弁当なんて食べるか?」
虎吉はそれがふと疑問に思った。
「そうですね、それにもう1つの疑問は、地面に残されていた記号のようなものです。なぜ恵美さんはあのようなものを描いたのか、分かりませんねえ。」
皐は恵美の残したダイイングメッセージにも注目した。
だが3人の意見を聞いて雪と信三は当然気を悪くした。
「何?みんなして私たちを疑ってるの!?」
ようやく感情を露わにしてきた雪が皐を睨んで言った。
「ええ、正直に言えば 少し。」
雪と信三の睨みにひるむ事なくニッコリと返した。
「ちょっと、皐!不審な点があるのはわかるけど、雪さん達を疑うなら、何か証拠があって言ってるの!?」
「いえ、勘です!」
茜の問いに悪びれもなくニコニコと答える皐にもはやため息しかでない茜であった。
ところがそれを聞いていた信三からは笑いが漏れ聞こえてきた。
「まあ、正直に言えば殺せるもんなら殺したかったけどな。」
「父ちゃんなにを!」と慌てる雪。
「だってそうだろ!言うことを聞かねえわ、娘を傷つけるわ!ロクな男じゃねえんだからな!」
道広に対する信三の怒りは凄まじい。
「ではあなたがたが2人を殺したんですか?」
皐は信三達に対して直球を投げた。だがそれに答えたのは信三ではなく、雪の方だ。
「面白いわね。とことん私たちを追求する気ね。ふふ。いいわ、それじゃあ疑いを晴らしてみせるわ。じゃあ例えば私が犯人だとして、どうやって2人を殺すわけ?」
この時に初めて雪は笑顔を見せた。
「私達が道広を恨んでいることは認める。だからって私達が犯人という事にはならないわ。岡っ引きさん、聞かせて、あなたの推理を。私がどうやって道広と恵美という女を殺したのかしら?」
この女は状況を楽しんでいるようだった。
「ちょ、ちょっと待って!皐の冗談に付き合う必要はないわ!」
茜は止めたが、雪は乗り気だ。
「いいじゃない、正直言って私は旦那が死に、その愛人まで死んでセイセイしてるの!それに・・・犯人扱いされるなんて・・・なんかゾクゾクするわ!」
「おい雪!何を言ってるんだ!」と慌てる信三。
「だって本当の事だもん。同心さん、推理してみて。私がどうやって夫を殺したのかを?」
茜は困ってしまって思わず虎吉と目を合わせてしまった。だがそんな2人を置いて、皐は事情聴取を始める。
「では、もう典型的な質問ですが、殺人が起こった時、あなたはどこにいましたか?」
「ちょっと、皐!いい加減にしなさい!これはもう心中として片付けられる事件なのよ!こんな事する必要ないじゃない!?」
茜は皐のほっぺたをグイーンと引っ張った。
「いだだ!だって、 もしもこれが殺人事件だったら?茜さんはそれでもいいんですか?」
「殺人事件だったら・・・それは放っては置けないけど・・・」
「けどよ、お前の理論は何の根拠もないじゃねーか。」
虎吉も口を挟む。
「それをこれから調べるんじゃないですかー!」
皐が言うと、雪は口元が緩み目に輝きが戻ってきた。それはあの道広が描いた絵の中の雪の表情のようだった。
「面白くなってきたわね!やっぱり人生にはシゲキがないとね。心中があったのは午(うま)の刻あたりだって私は聞いてるわ。合ってる?その時私はこの家にいたよ。私だけじゃない、父ちゃんも、勘太もこの家で働いていたよ。ね、父ちゃん?」
と信三の顔を見る雪。
「ああ間違いない。俺も雪も道広以外の者どももみんなこの家にいた。」
「そんな状態で私が現場まで夫を殺しに行ったっていうの?ちなみに私は今日はこの家の敷地から一歩も外へ出ていないわ。店のものにも聞いてみるといいわ。」
ドヤ顔で皐の顔を見据える雪。
「うーん 、人を殺すのに何も現場まで行く必要は無いですからねー。」
と言い返す皐に挑戦的な目を向けながら雪は続ける。
「なるほど、毒物を盛るって方法ね。じゃあ例えば道広の持っていた弁当に毒を盛ったとしましょう。ちなみにあの弁当を作ったのは私よ。水筒のお茶は勘太が作った。だけど、もしそうなら、弁当を食べた道広だけが毒で死ぬのが普通じゃない?なんで女の方が毒で死んだの?道広は女の弁当と取っ替えっこしたっていうの?」
雪は得意げに言った。まるで皐をあざ笑うかのように。
「じゃあ勘太がお茶に毒を盛ったとしましょうか?その場合でも道広が毒死するのが普通じゃない?水筒が現場に一つしか残されてなかったから、二人が共有した可能性もあるけど、それだったら二人とも毒死するでしょう?」
皐はやり取りの際にも雪の表情を注視していたが、この女の本音は読みにくい。道広を殺す動機としては十分にある。自分を苦しめた主人と、それを誑(たぶら)かした尻軽女を消すことで自分は自由になれる。だが犯人が雪だとして、殺害方法が分からない。犯人はこの女ではないのだろうか。やはりただの心中なのか。
「どうしたの?岡っ引きさん、もう降参?少しは楽しめると思ったのに。こんなものなんだ。」
雪の挑戦的な態度にムッとする皐。犯人の疑いありと言ってしまった以上ただでは引き下がれない。皐は考えを巡らせたが、言葉に詰まった。
「どうしたの?皐。珍しく押されているわね?」
と皐を小馬鹿にする茜。
「今回ばかりは判断を間違ったんじゃないのか?素直に謝った方がいいんじゃないか?」
虎吉にまでツッコまれた。
「あ・・・茜さん!虎くん!少しは僕を応援してくださいよ〜!」
と苦笑いを浮かべた皐だが、信三はとうとうそんな皐に怒りをぶちまけた。
「おい!いい加減にしろよ、ガキが!雪を犯人扱いしやがって!謝りやがれ!」
「い・・・いえ!まだ僕はあなた方を疑ってます。可能性がある限りは僕は謝りません!」
皐もなかなか頑固なところがある。
皐としては試しに雪と信三に吹っかけてみて、どう出るか様子を見ようとしただけなのだ。もしも怪しい反応が出れば殺人事件を疑うし、何もなければこのまま心中として処理すればいい。皐にとっては雪の表情を読み取る最終確認だったのだが、雪から思わぬ挑戦状を叩きつけられ、さらには皐の疑いを論理的に否定した。だが、皐にはまた引っかかりがあった。皐にはこれが素直に心中事件だと思えなかったのだ。その疑いが完全に晴れるまでは全ての可能性は疑ってかかるべきだと皐は考える。
「あはは!いいよ別に。面白いし。やっぱりシゲキは必要ね。疑いを晴らすってのは案外難しいものだね。」
雪は最初会った時に比べると表情がかなり明るくなった。果たしてこの笑顔は単純に推理ゲームを楽しんだ笑顔なのか、自分が犯人であるにもかかわらずそれを隠し通せて勝ち誇っているのか。そうしていると勘太がお茶の用意を終えて、台所からこちらの客間にお盆に乗せ運んできた。急須に自慢の茶葉を入れ熱々の湯を注ぐと、お茶のいい香りが部屋を包みこんだ。
「それにしても、なんだったんだろうなあの記号は?」
お茶に皆が気を取られ、会話が会話が途切れた時に虎吉は疑問をぶつけた。
「記号?どういう記号だ?」
と信三は興味津々だ。そこで虎吉は紙と筆を用意し、記号を書いて見せた。
「確かこういう記号だ。」
十字から真ん中の部分抜いた記号の右下部分に点が2つある記号だ。虎吉は書いた後、逆を向けて雪と信三の方へと差し出した。
「何か心当たりありますか?」
茜は2人に問いかけたが、2人は揃って首をかしげるだけだった。
「さ、さあ。なんだろうな、これは?」
「ただの落書きじゃないの?これがなんか事件に関係あるの?」
雪と信三は心当たりを探してみたが、やはり二人には分からなかった。あるいは分からない振りをしているだけなのか。
「それがまだ分からないんですよ。僕らみんなして考えてるんですけど・・・。もしかして心当たりあるんだけど、分からないふりしてます?」
と、皐もしつこく食い下がった。
その時、お茶の準備をしていた勘太が手を滑らせて湯呑みを倒してしまったのだ。熱い湯が虎吉の書いた紙の上に流れ、墨が滲んでしまって台無しになった。さらに熱々の湯が虎吉の膝元にこぼれ、「熱っ!!あぢぢぢぢ!!」と虎吉は飛び上がった。
「ああ!すいあせん!」
滑舌の悪い勘太が慌てふためきオロオロした。
「何やってんだ、全く!どんだけ要領が悪いんだお前は、勘太!」
「ありゃりゃ、もう水浸しね。」
茜は墨の滲む紙を両手の親指と人差し指でつまみ上げた。一方皐はすっと立ち上がり挙動不審な勘太に話しかけた。
「あっ、僕で良ければ手伝いますよ。」
と皐はさっと台所にある雑巾を取ってきて と一緒に食卓を拭いた。
「すいあせん!おいらの不手際に付き合ってもらって・・・。」
滑舌が悪いが精一杯の笑顔を見せて勘太は答えたが、そんな勘太に皐はさっきの問題を聞いてみた。
「いいえ、お安いご用です。ところで、さっきのやつなんですが、何か心当たりありますか?」
「ええ!さっきの書いたやつですか?」
勘太は大げさなリアクションをした。
「ええ、そうです。君はあの図を見てなにか思い浮かべませんか?」
「さ、さあ・・・おいらには・・・あんな文字見た事ないですし・・・。」
不安そうな表情で答えた。
「ふふ、なるほどー。そうですか、ありがとうございます。」
皐はニッコリ笑ってまた拭き掃除に手を戻した。大方片付いたところで茜が濡れた紙を見つめながら何やらあることに気づいたようだ。
「ん?これは・・・?」
「茜さん?どうかしましたか?」
皐は茜に問いかけたが茜は答えず硬直したままだ。
「あっ、もしかして茜さんも気がつきましたか?」
「その言葉に驚き、皐の方を振り向いた茜は皐の目をじっと見てコクリとうなづいた。」
「どうやら茜さんと僕は同じことを思ったようですねー。ちょっとこっちいいですか?」
その横で虎吉は不思議そうな表情を浮かべた。
「な、なんだ?なんかあったのか?」
とこぼれたお茶を拭きながら2人に聞いた虎吉だが、茜と皐は部屋の隅に行き虎吉に背を向け、何やらボソボソと小声で話を始めた。虎吉も気になり話に入りたかったが、2人の雰囲気が虎吉を入って来るなと言っているようで、会話の中に入れなかった。
「お、おい!俺にも教えてくれよ!何なんだよ!」
だがなおも虎吉を無視して話を進める2人。そしてどうやら話がまとまった2人はすっきりとした笑顔でこちらに振り返った。
その一方でようやくこぼれた湯を拭きあげた勘太に信三はまた檄をとばした。
「さっさと替えのお茶を用意しろ!」
「は、はい!すいあせん!すぐに淹れあす!」
せわしない勘太はまた台所に戻ろうとするが、茜はそれを止めた。
「あっ、もう大丈夫よ、お茶は。それよりもちょっと・・・この家を調べさせてもらっていいかな?」
茜はそういうとまた信三は嫌な顔をした。
「何だまた俺たちを疑っているのか!?」
「ええ、さっきも言った通り、あなた達の疑いが晴れたわけではありませんから!」
皐はニッコリと笑った。
「お前らいい加減に・・・」といいかけた父を雪は制止し、また挑戦的な眼差しを茜に向けた。
「父ちゃん、いいじゃない。こうなったらとことん勝負しましょ!まずは、また私達を疑い始めた根拠を教えてちょうだい。」
「分かったわ。まず、殺害方法だけど、やはり毒殺ということが濃厚のようね。」
と茜は得意げに言った。
「な、何だと?」と信三と雪は驚いた。虎吉も寝耳に水だ。
「おいおい!何でそうなるんだ?じゃあなんで道広さんは毒で死ななかったんだ?なんで服毒せず、刃で自決することを選んだんだ?」
虎吉は混乱した。
「それは、恵美さんだけに効く毒を使われたからよ!だから正確には、事件の犯人は恵美さんだけを殺したんだ!」
と茜は堂々と言った。だが雪と信三はその無茶な推理を大笑いした。
「おいおい!特定の誰かだけに効くなんて・・・そんな御伽の国の話のようなことがあるかよ!」
「あはは!面白いねー!別に私達を疑うのはあなたの勝手だけど、そんな暴論で勝負してきて、あとで恥をかくのはあなた達よ!」
信三と雪は茜と皐を馬鹿にしたが、茜達の表情は変わらない。
「その毒物はこの屋敷の中にあります。」
皐はニコっと笑いながらも確信に溢れていた。
「何だと!?この屋敷にそんな妖術のような代物があると!?はっはっは!バカも休み休み言え!付き合ってられん!すぐにお帰り願おう!この件は別の同心に報告してやるからな!ここまでコケにされたのは久方ぶりだ!実に不愉快だ!」
信三の怒りは頂点に達しているようだった。
「別にいいわよ!でもその前にこの家を捜索させもらうわ!」
茜は堂々と言った。皐も茜と共に自信満々にその毒物とやらがを見つける気満々だが、ただ1人虎吉だけは最後まで話が見えず、終始戸惑うばかりであった。
「こ、この家を捜索するだと!?」
「何かまずいことがあるのかしら?さっきまでは好きなだけ調べろって、そう言ってたじゃない?ねえ雪さん?」
茜は雪に目をやった。それに合わせて皆の視線も雪に集まる。しかし雪は相変わらずこの状況を楽しんでいるらしく、
「いいじゃない、父ちゃん!探させれば。気の済むまで調べさせて、ウチには何もないって事が分かれば、この人達も納得するんじゃない?いいでしょ父ちゃん?だってこの家には狙った人だけに効果がある妖しい妙薬なんてないんだからね。」
雪は茜達の挑戦を堂々と受ける気だ。
状況が飲み込めず、思わず茜と皐に「大丈夫なのか?」と問うたが、相変わらず2人は余裕の表情だ。その様子を見てさらに仲間はずれ感を痛感する虎吉だった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?