瀬戸忍者捕物帳 1-4
日が暮れて茜は己の無力さに落胆した。
皐が去ってから引き続き3人の大工に話を聞き、それからさらに被害者の友人たちにも話を伺いに出向いたが、結局有力な手掛かりを得られなかった。
「やっぱり皐のいうように大工の甚兵衛が怪しいのかな・・・?」
茜は考えた。やはり自分の追及の仕方が甘かったのだろうか?このまま何も手柄がない状態で同心屋敷に報告に行くのも気が引ける。また所詮は女だからだの、新人だからだのとどやされるのは目に見えている。先ほどの大工三人衆とはずいぶん前に別れたが、
「もう一度甚兵衛さんに話を聞きに行くか・・・」
と思い立った。しかし皐の一件で甚兵衛は激怒してしまい、あのあと話を聞くのにも相当気まずい雰囲気だったことを思い出し、茜は気が引けた。
「なにをこれしき!がんばれ、あたし!」
と自分の頬をパシッパシッと叩き、気合を入れなおした。それぞれの住所は教えてもらっている。茜は甚兵衛の屋敷へと急いだ。
一方、甚兵衛は仕事を終え、帰途についていた。ところが甚兵衛は妙にそわそわした感じで、周りをきょろきょろとしながら夜の道を一人歩く。だがしかし、この時甚兵衛は彼の後をつける黒い人影に気が付かなかった。
甚兵衛は自分の住む長屋に戻ってきた。ろうそくに火を灯すと箪笥に向かい、一番下の段を開けた。
「まさか・・・あんなガキに足元をすくわれそうになるとはな・・・」
甚兵衛は白い紙に包まれた20cmほどの包みを取り出した。白い包みを開けていくと、次第に黒い物が現れだした。最後まで包みを開けると、そこには赤黒いものが付着した金槌が現れた。金槌に付着していたのは血だった。
「あいつが・・・新平が悪いんだ・・・あいつが・・・」
血の付いた金槌を眺めながら甚兵衛は言った。
すると突然後ろから声がした。
「やっぱりあなただったんですね?」
その声に甚兵衛は口から心臓が飛び出るほど驚いた。
「ひいい!!」
飛び上がるようにして振り向いた甚兵衛の前には、黒い人影がろうそくの灯に揺られ立っていた。
「だっ!だれだっ!?」
その者は黒い忍袴にタンクトップ状の物を着用し、口元を黒いマスクで口元を覆い、手には大きな十手を持っていた。
「き・・・貴様・・・まさか・・・今噂になっている忍者同心とかいうやつか・・・」
甚兵衛がそういうと、その者の目元がニヤリと微笑み、口元を覆うマスクを下にずらした。
「こんばんは甚兵衛さん、僕ですよ。ほら、さっき川辺で会った。」
いきなり部屋に現れたのは忍び装束に身を包んだ皐だった。
「てめえは!あの生意気なガキ!どうやってここがわかった!どうやって入ってきた!?」
「質問が多いですねえ。僕のほうがいっぱい聞きたいことがあるのに・・・。ずっとあなたの後をつけてきました。部屋へも玄関から堂々と入ってきましたよ。物音を立てないで忍び込むのは僕の特技でしてね・・・。忍び込んだ甲斐がありました。やはり僕の読みは正しかったみたいですね。新平さんを殺したのはあなただ。その金槌で後ろから殴った。そうですね?」
「こ・・・これは・・・」
甚兵衛は言葉に詰まって、しばらく何も言わなかったが、やがて開き直ったように語り始めた。
「何で俺だとわかったんだ?左利きだからって理由だけじゃあるまい?」
「ええ。先ほど言ったように、新平さんを悲しむそぶりを見せていましたが、どうも嘘くさいと感じていました。さらにあなたが新平さんの婚約者を慰めていた時・・・あなたの表情に何か特別な感情を感じました。あなた・・・あの女性に恋をしているのではないのですか?」
皐の分析に甚兵衛は驚いたが、
「けっ!奴が悪いんだ。彼女は俺の女になるはずだったんだ!ずっと好きだった!それが俺には見向きもせず・・・大工の腕もまだ未熟な新平なんぞに・・・。婚約だと!?ふざけんな!」
「そんなちっぽけな理由で・・・ひと一人を殺したんですか・・・」
「ちっぽけだと?はっ!てめえから見ればそうかも知れねえが、俺にとっちゃ彼女がすべてだったんだ!・・・ばれちまったんじゃしょうがねえ!こうなりゃ一人殺すも二人殺すも一緒だ!」
甚兵衛は血のこびりついた金槌を左手で握りしめ、立ち上がり構えた。
「忍者同心かなんだか知らねえが・・・そのつまらねえ正義感が己の身を滅ぼすことになるんだ!同心の真似事をしていることを後悔するんだな!」
「自分勝手で愚かな男ですねー。」
「うるせえええ!」
甚兵衛は叫びとともに金槌で皐に襲い掛かった。
だが皐は軽やかな動きでいとも簡単に躱した。狭い屋内で勢いよく武器を振り回した甚兵衛はバランスを崩し倒れこんでしまった。素早く立ち上がり、またぶんぶんと金槌を振り回すが、ただの一回も皐に当たらない。形のない風の如くひらりひらりと甚兵衛の攻撃を狭い部屋の中でよけ続けていた。
「もしもーし!もう終わりですかあ~?」
皐は相変わらずのニッコリ顔で相手を挑発した。
「くそっ!素早い奴め!くたばれ!」
甚兵衛は再び金槌を振り上げたが、その瞬間に皐は腰の帯に差した大きな十手を逆手で抜き、甚兵衛の左手首に打ち付けた。十手の先はちょうど手首の骨のところに直撃し、鈍い音を立てた。
「うがっ!!」っとうめき声を上げた甚兵衛はたまらず持っていた金槌を落としてしまった。甚兵衛は左手に力が入らないのを感じた。ともすれば骨が折れていてもおかしくないぐらいの衝撃であった。
「ち・・・畜生!てめえのようなガキに・・・うっ!」
皐の目を見た甚兵衛は全身が凍り付いた。今まで終始ヘラヘラとした態度をとっていた皐だが、今甚兵衛の目の前に立っている青年はどっしりと肚(はら)が据わり、凛とした目は幾多の戦場を潜り抜けた歴戦の将のような落ち着いた光を放っていた。
「まだやりますか?」と皐は怯え始めた甚兵衛に圧力をかけるかのように一歩踏み出す。
「ううっ・・・て・・・テメエは何者だ!?」
「ふふっ。僕はあちらこちらを旅する、ただの暇人ですよ。ただ・・・せっかく戦争が終わって世が一つになったのに、あなたのように平和を乱す人があまりに多いのでね。こうやって同心の真似事をして少しでも世の中を良くしようとしてるだけです。さて、そろそろお縄にかかってもらいましょうか。あなたの身柄を本物の同心さんに・・・茜さんに引き渡します。」
皐は意地悪そうな笑顔を浮かべ、腰から下げている子袋の中から縄を取り出した。
甚兵衛はこれは敵わないと悟り、左手を庇いながらくるりと翻り、玄関を勢いよく開け、一目散に逃げだした。
その様子をみた皐は「はあ~、往生際の悪い旦那ですね~。」とため息一つついた。
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