瀬戸忍者捕物帳 1-2

ここは多くの人が住む大都市だ。

数年前に集結した天下を分ける大戦のあと、人々は戸惑いながらも新しい生活を始め、しかし生活は安定せず、その日暮らしの状態だ。犯罪は無くならず、街を歩いていると死体が転がっていることなど日常茶飯事であった。

そしてここにもまた一つ冷酷な犯罪に巻き込まれた人の亡骸が発見された。


「狐狸川(こりがわ)」と呼ばれる浅い川で男性の死体が発見され、町の同心たちはその事件の処理に追われていた。

「うう・・・」

遺体の傍らでうずくまる若い女が口で手を抑えながら嗚咽をもらす。

「はっ!頼りないねえ・・・死体を見ただけで気分を害するなんてさ。やっぱ女に同心は務まらねえさ。」

あきれ顔でため息をつくのは、黒い立派な羽織を身に着け、髭をたくわえた男の同心だ。

「す・・・すみません・・・大丈夫です・・・」

そういってなんとか立ち上がった女は立ち上がり気丈にふるまった。

深い臙脂(えんじ)の羽織を着たこの女もどうやら同心であるらしい。

「だいたい女が同心になるなんて前代未聞だ。いくら君の御父上が立派な同心だったとはいえ・・・女である君が何も家業を引き継ぐことはないだろうに。」

男の同心の言葉に内心、女、女とうるさいな!と眉をしかめたが何とか言葉を飲み込んだ。

「じゃあ俺はこの仏さんを運ぶ。ここは任せたぞ、新米同心さん。」

「えっ、私一人で!?犯人を捜すんですか?」

女同心は焦りの表情を見せた。

「甘えんじゃねえよ!茜(あかね)!次から次に犯罪が起こってて俺たちは忙しいんだ。丁寧に新人教育してる暇はねえんだ!本当に同心として生きていくつもりなら、この犯人を見つけてきやがれ!」

厳しい言葉をかけられた女同心・茜は、しかし表情を引き締めてうなづいた。

「それじゃあ俺はこの仏さんを運ぶとしますか・・・うおおっ!!」

男の同心は死体のほうに向きなおるや否や奇声を発した。

遺体のそばに、先ほどまでは誰もいなかったのに、旅装束の見知らぬ若い男がまじまじと遺体を眺めていたのだ。

「また殺人事件ですかあ?本当に物騒ですねえ。」

急に男が現れたものだから男同心はぎょっとしたが、

「だっ・・・だれだ手前は!?どこかの者の岡っ引きか?」

と、問いただした。

「あっ、いえたまたま通りかかった旅の者です。お気の毒に、左後頭部の傷から判断するに背後から鈍器で殴られたようですね。痛かったでしょうに。携帯用に徳利が手に傍らに転がってますね。ほろ酔い気分で歩いていたところを後ろからガンっ!っとされたんですね。」

旅装束の男は皐(さつき)であった。

皐は構わず淡々と遺体の分析を始めたが、腹が立った男の同心は皐に近づきその胸ぐらをつかんで、ぐいっと引っ張り立たせた。

「テメエ!こら!どこの馬の骨か知らねえが事件に首を突っ込むんじゃねえよ!」

さすが同心である、そこらの男とはすごみが違う。立派な体格にこのいかつい顔で迫られたら並みの者はビビッてしまうだろう。

「ああっ!すっ、すみません!はは・・・ちょっと気になったものだからつい・・・。」

皐は笑いながら頭をぽりぽり掻いたが、同心は皐を突き飛ばして尻餅をつかせた。

「あいたたた・・・」

「部外者はさっさと消えな!茜!あとは頼んだぞ!あそこにいるが関係者だそうだ。」

男の同心が指さした先には泣き崩れる女性とそれをなだめる何人かの大人がいる。

「彼らから事情聴取して後で報告しろ!」

髭をたくわえた男の同心は手下の岡っ引きたちに死体を運ばせ、自身も去っていった。


「う~・・・どうしよう・・・あたし一人でなんとかできるのかな・・・」

一人残された女同心は見るからに不安そうな表情を見せた。

「どうしたんですか? お話を聞きにいかないんですか?」

皐はすっと立ち上がり、服についた砂埃を払いながら言った。

「あんたまだいたの?ここからは私たち同心の仕事。さっさと立ち去りなさい。」

茜は不機嫌そうに言った。

茜はまだ20歳そこそこの若さで、気の強そうな顔立ちをした女性だ。

表情はキリリと引き締まり、そこから彼女のこの仕事に対する気合を感じられた。

「えーと、あなたが同心さん?女の子の同心さんなんて珍しいですねえ。」

「そうよ文句ある?」

茜は腕組みをして眉をひそめた。

「あのー・・・岡っ引きさんが、一人も見えないようですが…」

皐はキョロキョロと周りを見たが茜の岡っ引きらしき者が一人もいなかった。

「そ・・・それは・・・あ・・・あたしは…まだ新人だから・・・」

茜は少し恥ずかしそうに言った。

岡っ引きというのは大抵は同心が個人的に雇うものである。まだ新人で、、十分なコネクションがないある茜にはまだ岡っ引きがいないのである。

「茜さん、茜さん。僕でよかったらお手伝いしますよ!」

皐は自慢のニッコリ笑顔をぐいっと茜のほうへ近づけた。それに対し反射的に顔を少し後ろに引いた茜は「距離近いなコイツ」と思った。

「なんでどこの馬の骨とも知らない男を雇わなきゃならないのよ!あと気やすく呼ばないで!」

「まあいいじゃないですか!ところで僕は皐といいます。それでは事情聴取にいきましょー!」

マイペースに物事を進める皐は茜にかまわず関係者の人々に近づいて行った。

「ちょ・・・ちょっと!・・・なんなのよ、もう!」

変な奴に絡まれてしまった、と一つ大きなため息を漏らした茜も、皐と一緒に関係者のもとに駆け付けた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?