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瀬戸忍者捕物帳 4話 『黒い気』2

道念の寺は街から少し離れた山の上にある。

山道はそこまで険しくなく低い山であったので、老若男女簡単に登れる所だ。街を出て一時間程度で着く事ができた。

寺につくと豪華な装飾を施した門の両脇に門番である、頭を剃り上げた若僧がそれぞれ棒を持ち、仁王立ちしている。顔が良く似ているので、茜は双子かな、と思った。門は開いていたのでそのまま通り抜けたが、それが同心という事もあり、若僧達は言葉こそ発しなかったが、「何事か?」というような表情で顔を見合わせていた。

境内に続く白い砂利を敷き詰めた道には、人相を占ってもらおうとする人たちの行列が出来ていた。

行列に並ぶ客は艶やかな羽織を着た茜の姿を見て驚いていた。

「ねえ、あれってもしかして、今噂の女同心さん?」

次々に人々はざわざわと話し始める。

「うう、なんかここでもあたし噂されてるみたい。」

「すっかり有名人ですね茜さん!」

「な、なんかへんな気分・・・」

茜達は行列を無視して境内に向かおうとすると、1人の若い僧が近寄ってきて、

「こ、困りますよ!同心さんであろうと、順番は守ってもらわないと・・・。」

と両手を広げて通行を制止してきた。

「あたし達は別に占ってもらおうとここへ来た訳じゃないのよ。」

茜は腕組みして言った。

「そうですよ、僕らはあなた方が詐欺集団かどうかを確かめに来ただけですから!」

毎度おなじみのヘラヘラ顔で発した皐月のこの言葉に、僧は顔をしかめた。

「ちょっと皐!まだ詐欺って決まったわけじゃないんだから!言葉を選びなさいよあんたは毎度毎度!」

皐の自由すぎる発言に、いつも通りほっぺたをつねって叱った。

「いででで!だって、要件は手短に伝えた方が良いじゃないですか!」

「これはこれは、随分とまあ口の聞き方も知らない岡っ引きさんですな!」

僧はあからさまに嫌味に言った。

「あはは、あとでよく言い聞かせておくわ、はは・・・。で、道念住職と会いたいんだけど・・・境内の中にいらっしゃるの?」

と茜が聞いたが、皐の言葉に気を悪くした僧は腕を組んで意地悪そうな顔を見せた。

「突然来られても困りますなあ。予めご連絡を頂いてましたか?」

「あ、いや・・・連絡はしてないんだけど・・・」

「やれやれ、岡っ引きも岡っ引きなら、同心さんも同心さんだ。見たところまだお若いようで、礼儀というものもまだ良くお分かりになられないご様子だ。」

「そ・・・それは悪かったと思うけど・・・なんとか会わせてくれないかな?」

「お子様同心さんはもっと世間の勉強をしてからおいでなさるべきべきですな。」

「むうう・・・」

僧のあからさまに嫌みな態度にさすがの茜も腕をプルプル震わせた。その様子を見て、また皐が横から口を挟んで来た。

「そんなに同心を嫌がるっことは、やっぱり同心に見られちゃマズイものがお屋敷にあるんですかねえ?」

茜が受けた屈辱を倍返ししてやろうと言わんばかりに、嫌みなニヤニヤ顔だ。

「なんだと!貴様さっきから失礼だぞ!」

頭に血が上った僧は皐の胸ぐらを掴んで、今にも殴りかかりそうだ。

「ちょっと皐!やめなさい!」

茜は止めようとするが、

「おやおや、簡単な挑発にすぐに乗るなんて。このお寺で修行されてる身なのに、まだまだ煩悩まみれのようですねえ。修行が足りないんじゃないですかあ?」

と言った時には、もう僧の拳が皐の頰に直撃し、体が吹っ飛んでいた。

(ああ、まただ。)

と茜は毎度毎度の皐のトラブルメーカーぶりに額に手を当て、ため息をついた。

「痛いですねえ。どうして僕はこんなに皆から殴られるのでしょうか?」

と、相変わらずケロリとした表情で茜の方をみる皐。

(当たり前じゃない!)と心で思った茜は皐を無視して僧と話を戻した。

「あたしの部下の非礼は詫びるわ。だけど、確認したいことがあって・・・どうしても道念さんと話がしたいんだ。」

「だから言っているでしょう!道念和尚は人相占いで忙しいのだ!」

と茜達が揉めていると、騒ぎを聞きつけた体の大きな坊主が境内から出てきた。

「やれやれ、なんの騒ぎだね?」

どうやらこの50代の坊主がこの寺の住職、道念であるらしい。恰幅のいい体つきに、太く大きな眉毛、その下にあるギョロっとした大きな瞳から見下すような視線が茜達に向けられていた。

「こ、これは和尚さま!この同心達が何やら和尚様にお話をお伺いしたいと押しかけて来まして・・・」

僧は頭を下げて改まった。

「これはこれは、同心さんが我が寺へ何用かな?」

同心が来たことに少しも動じない道念は、10ほどある境内の階段をゆっくりとおりて来た。

「占いの中断させてしまって申し訳ないけど、ちょっと話をさせてもらっていい?」

茜は同心らしい堂々とした口調で言った。

「おお、怖い怖い。女と言えども、さすがは同心さんだ。この道念、心にやましい事など一切ないが、話を伺うとしようか。」

そう言った道念がちらりと皐を見た時に妙に煙たそうな顔をしたことを皐は見逃さなかった。道念はくるりと体を回転させ、並んでいる町人の方を向いた。

「お並び頂いてる皆さん!大変申し訳ないが・・・この同心さん達がどうしてもいますぐ私とお話ししたいらしく、申し訳ないが少しばかりお待ち頂いても宜しいでしょうか?」

道念はわざと大きな声で仰々しく言った。並んでる町人から煙たそうな目で見られた茜は、悪者にされたようでとても不愉快だった。

「ささっ、こちらへ。」

振り返ってそう言う道念の顔は一見笑って入るが、その瞳の奥に冷ややかな光が灯っているようだった。

道念は茜達を寺の内部の一室まで案内した。




「さてと、わたしに聞きたいこととは何かな?」

十畳ほどの広い間の真ん中にされた大きなふかふかの座布団の上にボスンっと腰を下ろした道念は話を切り出した。

茜と皐も用意されていた座布団の上に座った。

「あたしはある夫婦からあなたの話を聞いたの。あんた何やら高額な数珠とか置物とかを押し売りしているそうじゃない?」

茜は回りくどい言い方はせず、直球で勝負した。

「押し売りぃ?がっはっはっは!こりゃおかしなことを仰られる!」

道念は膝に手を叩いて笑い飛ばした。

「なにがおかしいの!?」

茜はむっと眉に皺をよせた。

「私は押し売りなど一度もしたことはありませんよ!」

道念は自信満々に言う。

「たしかに私の商品は庶民から見れば高額だ。だがそれは私が一つ一つ丹念に気を込めた数珠、水晶から多大な健康への効果が得られるからだ。私の商品を購入したことにより病気が根治した例など数多!人相を見て人間関係も改善された人たちもたくさんいる。人々が私の商品を購入するのは人々が私の力を信じるからだ。もう一度言う!私は商品を押し売りしたことなど、一度もない!」

「ううっ・・・」

気持ちがいいほどに堂々と言われた茜は次の言葉が見つからなかった。

「茜さん、押されてますよ!」

皐は耳打ちして茜を励ました。

「うるさいわね!分かってるわよ!住職!半年ぐらい前からあなた被害を受けている清二さん、鈴さんという男女を知ってるでしょ?」

「ああ、あの相性の良くないのに夫婦になろうとしている方々ですな。彼らも私の気を込めた数珠によって大分気の流れが良くなってきましてな。あともう一歩で完全に波動が変わって運気が良くなってくる!被害だなんて・・・私は彼らを力になりたいだけなのに。」

道念はわざとらしく手を左右に広げ、首を左右に振ってみせた。

「あんたこれまでどれだけあの夫婦から金を奪って来たのかわかってる!?ただの水晶が5両なんて高すぎるわよ!」

茜もヒートアップして来た。

「ただの?いま『ただの』と仰いましたか?滅相もない。あの水晶に私がどれだけの気を込めたのかおわかりか?」

「『気』だなんて実体のない物なんか信じないわ!そんなインチキで人をだまして高い物を売りつけて!」

「高い、高くないは皆が判断すること。それに私は騙してなどいない。それとも何か?商品を高い値段で設定したこと自体が罪になるということですかな?」

「くうう・・・」

茜の追求をさらりさらりと涼しい顔ではねのける道念に、茜はだんだん苛立ちを覚えて来た。終止押され調子の茜を見かねて皐は助け舟を出した。

「それでは道念さん、あなたの仰る『気』と言う物を証明できますか?」

道念は皐の方を見たが、その時もやはり何か皐に対して腫れ物を見るような冷たい視線を一瞬向けて来た。

「『気』の証明とな?」

「はい、それができたら僕らもあなたがペテン師でないと信じられると思います。」

皐は『悪魔の証明』をする事並みの意地悪な提案をした。

「はっ!ペテン師とは・・・こちらの岡っ引きさんも口が悪いですな。ではこうしましょう。いまから私が能力を披露致しましょう。それを見ていただければ私が『気』を読めるということが分かっていただけるはず。」

その言葉に茜も皐も驚いた。思わず二人はひそひそ話を始めた。

「皐!どういうことよ!気なんか証明できるの?」

「さ、さあ・・・?相手を困らせようと言ったんですけど、まさか・・・でも『気の証明』なんて出来っこありませんよ!」

とヒソヒソという二人であったが道念の堂々とした態度を見てだんだん不安になって来た。

道念はしばらくじっと茜の顔を凝視していたが、やがて口を開いた。

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