瀬戸忍者捕物帳 1-3
「新平は・・・本当に・・・優しい人だったんです。恨まれるようなことなんて・・・あるはずがありません。」
そういったのは地面に座り込み泣き崩れる女性だ。新平というのが今回の殺された被害者で彼女は新平の婚約者だという。
「仕事場での彼の働きはどうだったの?」
茜はまわりにいる三人の男たちに聞いた。この三人の男たちは大工であり、同じ職場で働いている。
「まじめな奴さ。遅刻なんか一回もしたことないし、手下からも尊敬されてるし。」
ところが今日の朝は、遅刻などしたことがない新平が出勤してこなかったことを不思議に思い、一人暮らしの新平の家にも訪ねたが新平は居なかった。そこで三人で手分けして捜したところ、この川岸に遺体で発見されたというのだ。
「新平を見つけたときは自分の目を疑ったよ!なんで殺されなきゃならなかったんだ・・・同心の姉ちゃん!早いこと犯人を見つけてくれよ!彼女のためにもさ!」
そう言って、茶色の着物を着た大工が、相変わらず涙を流し続ける女性の肩をさすった。
三人の大工と婚約者の女性の目が一斉に茜に訴えかけた。彼女のその悲しみにあふれた目を見たとき、茜は「新人だなんて言ってられない・・!あたしが絶対に犯人を見つけ出す!」と自分に言い聞かせた。
「まあまあ!いったん落ち着きましょう!」
その張り詰めた空気を払うかのように皐が能天気な声を発した。この男は相も変わらずへらへらとした表情を崩さない。茜はそんな皐に対し少し不愉快そうな表情を浮かべた。
「実は南の地方で取れたおいしいおいしいミカンを持っているんです。こんな時はあま~いものを食べて一旦気を落ち着かせましょう!」
と言って皐は背負っていた小包を開けておいしそうなミカンを取り出した。
皐の場違いな行動にポカーンと呆気にとられる皆だったが、
「ちょっと・・・皐くん・・・だっけ?今はそんな空気じゃないでしょ・・・?」
と茜は皐の耳元で囁いた。
「大丈夫ですって!僕に考えがあります。みなさーん、いきますよー!」
とミカンを下から投げるそぶりを見せた。
皐は三人の男たちそれぞれに一個ずつミカンを放り投げ、男たちは上手くキャッチした。
「もうひとつ!女の人にも渡してあげてください!」
と皐はもう一つのミカンを黄色の着物の大工に投げ、大工はそのミカンを女性に渡した。
「ちょっと!どういうことなのよ!これは事件なのよ!ふざけないで・・・」
茜は皐に詰め寄ったが、皐は茜を制するように右手を茜の口元にかざし、
「まあまあ茜さんもおいしいおいしいミカンはいかがですか?みんなで食べましょう!」
とミカンを差し出した。さすがに新平の婚約者はミカンを食べるどころではなかったが、殺人現場なのにみんなでミカンを食べるという異様な様子がしばらく続いたが、このシュールな空気にしびれを切らした茜が皐に再び詰め寄った。
「ちょっと!なんなのよコレ!あたしは犯人を見つけないといけないの!こんなところでのほほんとミカンを食べてる場合じゃないのよ!」
茜は自由奔放な皐の態度にとうとうキレ始めたが、皐はまったく構わずニコニコとした表情でミカンを楽しんでいる。
「まあまあ、茜さん。落ち着いて!今ので少しわかったことがありますよ!」
「えっ?わかったこと?」
「はい!まあ見ててください!」
と言って皐は皆の前に一歩出た。
「みなさーん!ミカンはいかがでしたか~?」
とまた能天気な声で言った。すると黄色の着物を着た大工が少し不機嫌そうな顔で、
「なあ、おい兄ちゃん!ミカンはありがてえがよお・・・こんなことしてる場合じゃねえんでないかい?人が一人殺されてるんだぜ!?わかってんのか?」
と左手の人差し指を皐の胸元にトントンとつきながら言った。
「大工のおじさん!あなたのお名前は?」
と皐が聞いた。
「えっ?俺は甚兵衛だが・・・」
「甚兵衛さん、白々しいですねえ。あなたが新平さんを殺したんじゃないですか?」
皐は唐突に衝撃的なことを言った。その瞬間、ほかの二人の大工も驚き、泣いていた婚約者も顔をさっと上げ、甚兵衛のほうを見上げた。
「ちょっ・・・ちょっと!あんた突然何言ってんのよ!」
茜も皐の不意な発言に驚いた。
「甚兵衛さん、あなたさっき、”俺が新平を発見した時”、っていいましたね。つまりあなたが第一発見者だ。」
「てめえ!第一発見者ってだけで俺を疑うってのか!?」
甚兵衛は大工で鍛えたごつい腕で皐の胸座をつかんだ。
だが皐は全くビビることなくニコニコ顔で続ける。
「もちろんそれだけではありません。さっき僕はミカンを投げましたよね~。あなたはミカンを左手で受け取った。そして皮も左手で剥き、実も左手でつまんで食べた。つまりあなたは左利きだ。」
「ああ、そうだ!それがどうした!?」
「被害者は左の後頭部をなにか鈍器のようなもので殴られて殺されました。ということは犯人は後ろから左手に持った凶器で新平さんを殴った。そう・・・例えば・・・金槌のような鈍器で。大工さんなら金槌ぐらい誰でも持ってますよね~。」
「てめえ!いい加減にしろよ!ど・・・どうして・・・お・・・俺が新平を殺さなきゃならねえんだ!」
「なんででしょうね?あれ?ちょっと動揺してます?先ほどからあなたの様子を伺ってましたが、表面上は悲しんでる風に装ってますが、どうも演技臭いんですよね~。もしかしたら甚兵衛さんのお宅をお伺いしたら、凶器の金槌とか出てくるんじゃ・・・」
そこまで言った時に甚兵衛から鉄拳が飛んできて皐の右頬に強烈にヒットした。皐は後方に吹き飛びまた尻餅をついた。
「痛いです。」
皐は赤くなった右頬を手で押さえながら言ったが、表情はまだ笑っている。
「ちょっと暴力はやめて!」
茜は二人の間を割って入った。
「おい!な・・・なんなんだよこいつは!?同心は・・・こんなむちゃくちゃな岡っ引きを雇ってるのかよ!?」
「い・・・いや・・・こいつはあたしの岡っ引きじゃなく・・・ちょっとまって!」
茜は起き上がった皐のもとに駆け寄った。
「ちょっと!どういうつもりよ、さっきのは!あれだけのこと言っといて・・・何か確たる証拠はあるの!?」
茜は眉間にしわを寄せ、厳しい表情を見せる。
「証拠ですか~。うーん、まだ無いですねえ。でも甚兵衛さんを見てください。ひどく動揺しているように見えませんか?」
「いいかげんにして!!これは遊びじゃないのよ!!人がひとり殺されているの!!」
皐のヘラヘラとした態度にとうとう茜の堪忍袋の緒が切れた。
「あなたは自分勝手な意見で甚兵衛さんを犯人だって思ってるけど、もしも違ったらどうすんの!?いい!?あたしたち同心ってのはね、人の人生を左右する権限・・・権力を持ってるの!だから慎重に捜査を進めないといけないの!」
茜は皐を諭すように強い言葉をかける。その眼には強い光が宿っており、皐はその眼に惹かれた。まだおそらくこの仕事を始めたばかりで、すこし頼りない感じがする。しかも同心なんてものは女の子がするような仕事ではない。それでもなおこの仕事に就くということは、相当な覚悟があってのことだろう。
「この子を突き動かしているのは強い正義感?いや、それよりも大きい何かがある・・・」と皐はそう確信した。
「ちょっと聞いてるの!?」
うっとりとしていた皐ははっと我に返った。
「うーん、ちゅっちゅしたいですねえ・・・」
皐はぽろっと言葉をもらした。
「は?何!?とにかく!あんたもう邪魔しないでくれる?もうどっか行って!」
茜はしっしっ!という風に手をひらひらと動かして踵を返した。
「うーん、残念。半刻もたたないうちに岡っ引き失格かあ・・・」
茜は大工たちの元へと駆け付け、引き続き事情を聞いた。その茜の肩越しに時折、甚兵衛が殺気のこもった目で皐を睨み付けているのにサツキは気づいた。皐もそれに微笑み返した。
「何かあると思うんだよなー・・・」
と皐は右手を顎にのせ考えた。皐は実は最初は甚兵衛は犯人だという確信は30%ほどしかなかったが、適当なもっともらいしい推理を聞かせた所、甚兵衛が皐の思った以上の反応・動揺を見せたことで甚兵衛への疑いを濃くした。
「これは・・・忍び甲斐がありますね~・・・」
皐は言い残し、現場を去った。
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