瀬戸忍者捕物帳 1-1
ここは江戸・・・とどこかよく似たまた別の世界の町、瀬戸(せと)。
天下を分ける大戦(おおいくさ)が終結したばかりの世の中は治安が定まらず、町に犯罪が溢れ、町の同心(どうしん)達は犯罪を取り締まるのに苦心していた。
そんななか、町にある噂が広まる。
大きな十手を手に、忍者のような様相をした正体不明の男が人知れず捕り物(とりもの)しているというのだ。
これはその謎の忍者と、とある女同心(おんなどうしん)が繰り広げる、凸凹コンビ捕り物活劇である。
「うーん、いい天気だなあ 。」
質素な旅装束に身を包んだ青年が大きく背伸びをしながら気持ち良さそうに言った。
今日の天気は快晴。ふんわりと大きな雲が漂い、鳥達のさえずりが聞こえる。
青年の名は皐(さつき)という。
皐は空に浮かぶ雲のようにのんびりと、人でにぎわう街を歩いていた。ものごし柔らかく、男としては少し小柄な方で、やせ形であるが健康的な体つきであった。時折ご機嫌そうに口笛を吹きながら街をぶらぶらしていたのだが、突然の甲高い少女の声が皐の足を止めた。
「ひったくりよー!!」
少女の精一杯の叫びは街行く人々振り向かせた。
「だれか捕まえてー!!」
少女の指差す方向に巾着を持った男が走っていくのが見えたが、やがてその姿は狭い路地へと消えていった。
「ひったくりだあ〜!?」
「おれがつかまえてやらあ!!」
少女の声に驚いた何人かの男は、ひったくり犯の後を追っていったが、この男、なかなか足が達者なようで、するりするりと狭い路地裏を魚のように逃げ去っていき、追ってくる男達を撒いた。
「はあ、物騒ですねえ〜。」
皐はため息をつきながら呟くと、手足首をぐりぐりと回した後、近くの長屋に走りより、ひょいひょいと、それはまるで猫のように屋根の上によじのぼり、屋根伝いに犯人の方へ飛び去っていった。
「なんだありゃ・・・?」
「動物みてえなやつだな・・・」
それを見ていた人々はあっけにとられた。
「けっけっけ!ちょろいぜ!この俺様の手にかかればな!」
少女の巾着をひったくった男は走りながら後ろを確認し、だれも追いついて来てないことを確認し、得意げに笑った。
「けけ!あの女の間抜けな顔よ!これだからスリはやめられな・・・」
「もしもーーし!!」
すると突然男の頭上から陽気な声が聞こえて来た。
「はっ!?」
ひったくり犯が驚き上を見上げると、屋根伝いに追って来た皐が既に瓦を蹴り犯人に飛びかかろうとしていた。
「げええ!?」
そのまま、どしゃああっと犯人の上に襲いかかり、うつ伏せに倒れた犯人の上にまたがり、彼の両手を後ろ手に回した。
「ひいい!なんだテメエはあ!」
「残念でしたー。相手が悪かったね。ダメですよー。人のものを取っちゃ。」
皐はにっこりと笑いながら懐から十手を取り出した。年季の入った十手の棒身部は細かい傷が多数ついているが銀色に輝き、持ち手の部分には紫色の紐で滑り止めをし、同じ紫の紐で房を作っていた。
「十手1?てめえ!同心か!?ま・・・まさかてめえは・・・今噂の忍者同心・・・ぐわっ!」
皐は十手の柄で犯人の頭を殴り気絶させた。
「忍者同心・・・。世間では僕はそういわれてるのか。」
同心とはこの街におけるいわゆる警察の役割を持った組織である。
同心は手に十手を持ち、配下の御用聞き(ごようきき、いわゆる岡っ引き)とともに犯罪を犯した下手人を捕らえるのである。
「ありがとうございました!」
少女の元に戻り、奪われた巾着を返してあげると、少女は頭を深々と下げて礼を言った。
「よっ!兄ちゃん!あんたやるなあ!」
「猫かよ、おまえさんは!すごかったぜ、屋根から屋根へひょいひょいとさあ!」
一部始終を見ていた町人たちも拍手喝采で皐を称えた。
「ふふふ、いやいやそれほどでも~。」
頭をポリポリと掻いて答えた皐はまんざらでもない顔つきだった。
「このひったくりさんを頼みますね。」
「おうよ!俺たちがきっちりと同心に引き渡すからよ!」
気を失っている犯人を町人たちは縛り上げた。
「それじゃ僕はこれで。」
皐は騒ぎが大きくなる前に立ち去ろうとしたが少女がそれを止めた。
「まって!何かお礼を!させてください!」
「いいですよーお礼なんて。たまたま僕は居合わせただけだし。」
「でも何か・・・わたしにできることがあれば!なんでも言ってください!」
「なんでも・・・ほんとですか?ふふふ。」
少女の言葉を聞いた皐は頬を赤らめ、持ち前の満面のにっこり顔をぐいっと少女のほうへ近づけた。
「え・・・えっと私にできることであれば・・・。」
「それじゃあ・・・」
顎に手をやり少し考えた皐は、
「ちゅっちゅ!」
といった。少女は目をぱちくりとさせて戸惑ったが、皐は構わず続けた。
「ほっぺにちゅっちゅを!」
と言って皐は片方の頬をぐいっと少女のほうへ近づけた。
「そ・・・それ・・・つまり、くちづけのことですか?」
途端に少女の顔が悪化に染まるが、まわりの聴衆たちが盛り上がっていまい、二人をあおった。
「おう!いいぞ!お嬢ちゃん!やっちゃえよ!」
「ひゅー!うらやましぜ、あんちゃん!」
もはやキスをする以外この場は収まりそうもない空気をさすがの少女も察してしまい、心を決めた。
「そ・・・それじゃあ・・・」
ゆっくりと皐の顔に口を近づけ、少女の口がそっと皐のほっぺに触れるや否や、さっと唇を離した。その瞬間まわりの観衆も最高潮に盛り上がった。少女は恥ずかしさのあまりさっと両手で顔を隠すが、皐はゆるゆるに緩んだ表情を少し引き締め少女に言った。
「ふふふっ。素敵なちゅっちゅありがとうございます。持ち物には気を付けてくださいねっ!では!」
いうな否や皐は踵を返し、ささーっとその場を後にした。
少女は赤ら顔のまましばらく呆然としていたが、まわりの町人たちの熱気はしばらくは冷めやらなかった。
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