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仕事に最適化しすぎていた自分に気付く

大人になればなるほど「おもしろい」よりも「ただしさ」や「やるべきこと」が優先され、「答え」や「正解」を求めてしまう。その多くは「他人」「環境」「出来事」という自分の外側に反応して作られる価値観の為、それに引っ張られ過ぎると、どんどん自分の心は乾き、「生きる」がつまらなくなる。あるいは他者評価によって承認欲求が満たされると、その承認欲求の虜になり囚われ始める。

自分もこれまで社会人、会社員としての「答え」や「正しさ」を追求して、会社の一員としての立場で「やるべきこと」を一所懸命にやってきたけれど、ここ最近どうも味気無さを感じてしまう。

ふと37歳になった今、子供の頃の「ただ楽しむ」感覚を取り戻したいという衝動が走る。「結果」よりもその「行い」自体からうまれるワクワク感や充実感を大事にして今を生きたい。もちろん大人として、親としての責任と正面から向き合いながら。

子供の頃は「好き」や「ワクワク」する感情に従い、それを基準に行動させてもらえた。この感度を失わずにいられるのは、きっと「自由」を許してくれた親の教育だとおもう。本当に感謝しかない。

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