インボイス制度に関する僕の結論

電子書籍の取次サービス「電書バト」を運営しています。

公正取引委員会から電話が一本。

インボイス制度導入に向け、先月から弊社取次サービス利用作家 数百名に対して、インボイス適格請求書発行事業者登録番号の取得状況を確認しています。

登録予定のない作家には、「制度開始の10月以降、今までロイヤリティに消費税相当分10%を加算した金額をお支払いしていたものから、消費税相当分10%を加算しない金額をお支払いするといった形に変更させていただきたい」とご説明してきました。

その説明が優越的地位の濫用にあたる可能性があるとのこと。

説明を受けた作家から公正取引委員会へクレームがあったようです。


とここまでが前回


その後、やり取りを続け、最終的に「注意」を受けました。

独占禁止法は、事業者が私的独占又は不当な取引制限をすること、不公正な取引方法を用いることなどを禁止しています。
公正取引委員会は一般から提供された情報などを検討し、これらの禁止規定に違反する可能性がある場合、必要な審査を行っています。

審査の結果、違反する事実があると認められた場合には違反行為の排除を命じるなど法的措置が講じられます。
違反の事実があるとまでは認められないものの、違反の疑いがある場合は、「警告」が行われ是正措置を採るよう指導を受けます。
違反行為はないが将来違反行為が行われるおそれがある場合には、「注意」が行われます。

措置としては最も軽い「注意」で、罰則はありません。
会社名が公正取引委員会のHP上などで公表されることもないとのことでした。

「注意」の内容を書きます。

「取引上、優越的地位にある事業者(佐藤漫画製作所)がインボイス制度実施後の免税事業者(作家)との取引において、仕入れ額控除ができないことを理由に取引価格の引き下げを迫ってはならない。
ただし、免税事業者の仕入れや消費税の負担を考慮し、双方納得の上で取引価格を決定することは独占禁止法上の問題とはならない。
今回のケースでは、双方納得の上で取引価格を決定したとまでは判断できないので、引き続き相手方と慎重に協議すべきである」


大体こんな感じです。
「一方的なやり方にならないように気をつけてください」とのこと。

公正取引委員会の指摘について、いくつか質問をしました。



Q. 「免税事業者(作家)との取引において、仕入れ額控除ができないことを理由に取引価格の引き下げを迫ってはならない」としているが、制度開始後、弊社はこれまで負担のなかった分の消費税を納めなければならない。
事務負担も増える。
何らかの取引価格の引き下げ交渉をしなければならないと考えているが、何を理由に交渉をすれは良いのか?

A.免税事業者の仕入れや消費税の負担を考慮し、双方納得の上で取引価格を決定することは独占禁止法上の問題とはならない。
双方納得の上で取引価格を決定することが重要である。
そのためには事前説明会を開催するなど説明の場を設け、十分な質疑応答、意見交換をすべきである。
その上でとことん話し合い、双方納得できるよう議論を尽くすべきである。



Q. 明確に「インボイス制度の影響で、消費税と事務負担が増えるので取引価格を引き下げたい」とは言わなければ良いのか?

A. 「引き下げたい」という説明はあまりよろしくない



Q. 「事前説明会を開催するなど説明の場を設け、十分な質疑応答、意見交換をすべきである」「とことん話し合い、双方納得できるよう議論を尽くすべきである」とは、現実的に難しいのではないか?
取引先(作家)は数百箇所あり、個別に説明を尽くし議論することは物理的に不可能ではないか?
コスト面の負担も大きい。

A. すべきである。



Q. 現実的に双方納得できるまで議論を尽くすことが不可能である以上、「インボイス制度を理由に免税事業者に取引対価の引き下げをしてはならない」というルールだけが効力を持つことにならないか?

A. 双方納得できるまで議論を尽くすべきである



Q. では、経費増大などを理由にサービス手数料の値上げなどを行うことは独占禁止法違反になるか?

A. (インボイス制度に紐づけず)契約更新のタイミングなどで支払条件の変更を提案することは問題ない。
交渉事となる。



Q. そうすると、公正取引委員会の指導は「インボイス制度を理由に免税事業者に取引対価の引き下げをしてはならない。時期を見てひっそりとサービス手数料などを値上げしなさい」というメッセージにならないか?

A. ならない。
が、個人的にはそのような解釈になることも理解できる。



以上です。

さて、問題は今後です。
現時点で事務負担が増えていることは事実です。
僕自身、作家でもありますが、この仕事を担当するようになってから作品を描く時間はまったくありません。

では、時期を見てひっそりとサービス手数料を値上げするのが正しいのでしょうか?


公正取引委員会の注意について、顧問税理士事務所に確認しました。

まず、弊社と作家の関係性について、取引上どちらが優位とは言えないのではないか、とのこと。

弊社取次サービス「電書バト」は、作家側の依頼を受けて各電子書籍ストアに作品をお取次するものです。
作品の配信は作家側の都合で一方的にいつでも停止することができ、契約期間は設定されていません。
著作権や出版権など作品のあらゆる権利は作家に帰属し、弊社は一切の権利を保有しません。
同業他社は複数存在します。

他社と異なる点は作家ロイヤリティが圧倒的に高いこと。
作品配信開始後、作品の売り上げに応じて手数料をいただきます。
ロイヤリティ料率は完パケ納品の場合「作家80% : 佐藤漫画製作所20%」。
ストアから弊社に入金された金額の80%を作家ロイヤリティとしてお戻しし、弊社は 20%を手数料としていただきます。

出版社経由で作品を配信した場合、作家ロイヤリティは10~25%程度が一般的ですので、80%は破格です。

とは言え、弊社が取引価格(ロイヤリティ配分料率 )を決定できる立場なので、その点では取引上優越した地位とみられることも理解はできなくはないとのこと。


今回の適格請求書発行事業者登録番号の確認にあたって、連絡内容は事前にすべて税理士事務所へ確認していました。
消費税相当分の値下げの提案についても、事前にメール文案を確認し「問題なし」との認識を得ていました。

その点については、税理士事務所側の認識ミスであったと認めていただき、お詫びをいただきました。
その上で、「作家と御社の税負担を公平に調整するには、公正取引委員会とのやりとりにあったように『取引対価はすえおき、時期を見てサービス手数料を値上げする』という方法をとるしかないのではないか」との意見でした。

まあ、そうなりますよね。

ミスは仕方がないとして、行政から明確な対応方針が示されておらず、税務を扱う専門家でも対応を間違えるほど事態は混迷していると認識させられました。



以上を踏まえて、僕の結論です。

弊社電子書籍取次サービス「電書バト」は、適格請求書発行事業者登録番号を取得しない免税事業者について、インボイス制度開始後もこれまで通りのロイヤリティをお支払いします。
ロイヤリティから消費税相当分を差し引くことはありません。
取引によって発生する消費税は弊社が納付します。
サービス利用手数料の値上げも検討していません。
免税事業者のサービスの利用をお断りすることもありません。
インボイス制度には反対します。

全てはこれまで通りです。
これなら誰とも交渉の必要がありません。



以下、余談。
一部作家の間では「適格請求書発行事業者登録番号を一旦取得、その後、登録を解除(もしくは取得しなくても良い)→制度開始直前の9/30に再申請する」という行為が推奨されています。
そうすることで制度を崩壊へ導けると信じているようです。

そうした手法自体は否定しません。
一方、各地の税務署は現在非常に混み合っており、適格請求書発行事業者登録番号の取得まで2ヶ月待ちのような状態です。
9/30に再申請することで10/1から番号を取得できるのかはよく分かりません。
取得できない場合、不本意に免税事業者となってしまい、業務に支障が出る可能性が考えられます。
登録→抹消→再登録の修正作業を発生させることで、取引先へ過大な事務負担をかけることにもなります。
多くのミスも誘発するでしょう。

対応に追われるのは現場です。
日本中の様々な企業の僕のような立場の人が、その行為によって振り回されることになります。
混乱を引き起こし、現場に嫌われることは避けられません。
「だから、免税事業者のフリーランスとは仕事をしたくないんだよ」と言われる覚悟はすべきでしょう。

理不尽に対して、理不尽を返すことが正義でしょうか?
僕は行政の望む通りに従います。
だけど、決して支持しません。
選挙権を行使します。

最も都合良く、最も都合の悪い立場になることが重要ではないかと考えています。

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