僕の好きな漫画18「シグルイ」

僕の好きな漫画18「シグルイ」

佐藤秀峰

佐藤秀峰が影響を受けた漫画、好きな漫画をご紹介する「僕の好きな漫画」第18回目です。今回ご紹介するのは原作:南條範夫・作画山口貴由「シグルイ」です。

月刊漫画誌『チャンピオンRED』に、2003年8月号から2010年9月号まで連載され、単行本は全15巻あります。最近、Kindleを利用するようになって、いろいろな漫画を読むようになったという話はここでも何度かしておりますが、先日、その話を作画スタッフにした所、いくつかの漫画をオススメしてくれました。

僕は現在、漫画家デビューから18年目。自分が漫画家になった時から他の作家の作品を読者として純粋に楽しむことができなくなってしまったというか、1日中漫画を描いているのに、趣味の時間まで漫画に関わりたくねーよ!というか、他の作家から刺激を受ける時期を終えて、自分の漫画という物を突き詰めたくなったと言うか…、ぶっちゃけ読者としてはしばらく漫画から遠ざかっておりました。業界の流れを把握するために、時々、雑誌や単行本をチェックはしていますが、現代の漫画についてはスタッフのほうが詳しいのです。彼らはこれから漫画業界で活躍すべく様々な漫画を分析、研究しており、僕よりもはるかに業界の流行に敏感で、多くの作品を知っています。

そんな彼らのイチオシがこの「シグルイ」。作品については時代劇であることの他に、とにかく内容が濃くて残酷で過激な描写が多いということを聞きました。主人公は腕が1本なく、ライバルは視力を失っているそう。特に人体が損壊するシーンや内臓が飛び出るシーンが多くあるとのことで、「そういう表現が苦手な人には読むのは難しいかも知れない」とも言われました。まさにそういう表現が苦手な僕はその時点でちょっと萎えそうに…。

自分自身は手術シーンなどで臓器を描くのは平気なのですが、それは医療行為をいう枠組みがあるから平気なのであって、残酷さを強調するための人体損壊であったり、臓器をぶちまけることに美意識や性癖を感じる描写は、実はものすご〜く苦手なのです。何しろゾンビ映画やスプラッタホラーですら苦手な人間でして…。ああ、でも作画スタッフが薦めるなら読んでみせますとも!


で、Kindleで検索したらすぐに出てきました。電子書籍便利だなぁ…。とりあえず1巻だけ購入。んで、読んだ感想です。

まず冒頭、登場人物の首を切り落とすシーンが数ページに渡って生々しく描かれ、その後、突然、腸をはみ出させながら血まみれで日本刀で切り合っている2人の男の絵が見開きで現れます。恐らく、その2人の男が主役格で、見開きは扉絵という扱いなのかな?

…そこまで読んでデータを閉じようと思いました。圧倒的に無理です。なぜいきなりこんな残酷な描写を見せつけられなきゃいけないのか意味が分かりません。ただただ残酷。異常な世界を描こうとしていることだけは伝わってきました。ああ、でも無理…。気持ち悪すぎる…。

と言いつつ、電車の中で第1話を読み切りました。1話を読んで理解できたことは、「この作品はただ者ではない」ということと、「それが現代においてヒット商品として成立している」ということです。僕は隣の座席の人にこの漫画を読んでいることを悟られたくありませんでした。

「これは人前で読んではいけない作品だ」

とっさにそう思ったからです。


僕は電車を降りて駅前のカフェで隠れるように1巻を読み切りました。その場ですぐにKindleから2巻を購入し、その日の内に3巻まで読みました。その夜は悪夢にうなされました。

翌日からは、作品の世界観が現実の世界にまで浸食し、何をしていても気持ち悪さが取れず、そこから逃れようとする度に作品が頭の中でリピート再生されてしまい、「ああ、これって作品に夢中ってことじゃん!」と気がついた時には、もう5巻くらいまで読んでいました。「マジかよ…、全15巻だから後10巻も楽しめるのかよ…!」とワクワクしている自分がいたのです。その異常とも言える世界観は、事なかれ主義や自主規制がはびこる漫画業界において、読者はきちんと狂った物を見たがっているということが証明しているようで、希望すら感じました。

10代の頃、三島由紀夫の「金閣寺」という小説を読んだ時、登場人物の歪んだ美意識や価値観にクラクラしたことを思い出しました。「金閣寺」は、ざっくり言うと若い僧侶が金閣寺に放火するまでの物語です。「金閣ほど美しいものはこの世にない」と聞いて育った主人公が、実物の金閣寺を見て「それ程美しくない」と失望し、愛し、憎悪し、ついには放火に至る過程が描かれています。テレビアニメや少年漫画を読んで育った僕には、「こんな歪んだものが世の中にあっていいのだろうか?しかも、文学として評価されているだなんて!」とちょっとビックリしたわけです。それと似た衝撃がありましたかね?

スタッフに聞いた所によると、作品は南條範夫さんの時代小説「駿河城御前試合』という連作の中の1編を原作として描いた物で、原作自体は30数ページしかないのだそうです。漫画家の山口貴由さんによって脚色された部分が大きいそうで、ほとんど別物とのこと。


あらすじをWikiから抜粋。

「寛永6年9月24日、駿河城内で御前試合が行われることとなった。御前試合は、慣例として木剣を使用することになっているが、周囲が諌めたにもかかわらず、駿河大納言・徳川忠長の命により、今回は真剣を用いることが決定され、剣士達による凄惨な殺し合いが幕を開ける。

その第一試合、隻腕の剣士・藤木源之助の前に現れた相手は、盲目・跛足の剣士、伊良子清玄だった。まともな試合ができるかどうか危ぶむ周囲の心配をよそに、伊良子は奇妙な構えを取る。刀を杖のように地面に突き刺して足の指で挟み、体を横に大きくのけ反らせるように捻るという構えに群衆が唖然とする中、対する藤木はまったく動じることなく刀を抜き放ち大きく構える。両剣士には浅からぬ因縁があった。」


ストーリーについてはネタバレになるので、ここでは詳しくは語りませんが、登場人物の心情が丁寧に描いてあり、人間関係も複雑に絡み合っていて非常に面白いです。武士の封建社会が説得力を持って描かれており、現代の民主主義の価値観とは全く異なる世界観には圧倒されます。「バガボンド」という傑作が連載されている現代において、時代劇で勝負しようとする作者の心意気もカッコイイのですが、「バガボンド」では登場人物が宗教的、哲学的悟りの境地にたどり着こうとするのに対して、「シグルイ」は悟りに至る主体として必要な「個」という概念すら成立しない武士の世界が徹底的に描かれます。絶対的支配者の意思のみが尊重され、個人主義が通じない時代(今もそうかもしれないけど)の恐ろしさが、現代人の僕には凄まじく胸に迫ってきました。


そして、演出。描写の1つ1つが濃厚で、真剣すぎるが故にギャグに見えてしまう時もある程です。THE・ハッタリ。登場人物は服を着ているはずなのに、イメージカットなのか、コマの中ではなぜか裸で描かれることが多く、回想シーンやイメージカットが入り乱れて、何が現実で何が空想なのか判別が難しい時も何度かありました。

それと不必要なまでの内臓の描写。お腹が切れて、内臓がはみ出している絵を描きたくて仕方ないという、作り手の欲求がビリビリと肌に痛い程に伝わってきます。作者が男性の裸体や筋肉に美を感じていることは間違いありません。単なる肉体美を超えて、性癖の域で愛しているようにすら見えます。

濃い…。濃すぎるよ…!アルコール度数で言えば97度。舌をやけどするレベルで濃いです。それにしても、もうちょっと分かりやすく描けないものか…?ああ、でもいいんです。

先程、「金閣寺」の話をしましたが、僕の中に歪んだ気持ちはないでしょうか?日々衰退してく漫画業界を眺めていると、時々、破壊衝動のような物が湧き起こります。「僕の好きな漫画がまさに今、滅びようとしている。どうせ滅びるなら僕が漫画を滅ぼしてやりたい」そんな暗い気持ちになる時があるのです。10代の頃はただビックリしたり、「こんなネガティブな感情を表に出せるって逆にカッコイイ」と思うだけだった「金閣寺」は、そんな時に癒しになるのです。「昔の人もこんな暗い気持ちを持っていたんだな」「こんな誰からも理解されにくい感情を、僕以外の誰かも感じていたんだな」と。

僕は「シグルイ」を読んで癒されました。

愛だとか、努力、友情、勝利だけが、世の中の価値観じゃありません。何で正義の味方はモンスターを殺しまくることに疑問を感じないのだろう?なぜ妹と恋愛する話が小学生でも読める場所で連載されているのだろう?そっちのほうが狂ってないか?罪から罪悪感だけを取り除き、表面的にはポジティブで分かりやすい作品が「メジャー」とされる漫画業界において、反体制を気取るわけでもなく、正々堂々、きちんと狂っているものを提示できる作家の信念と力量に感動しました。これが許される世界に癒しを感じました。

「シグルイ」というタイトルは、最初は英語か何かなのかな?と思っていました。しかし、漢字で書くと「死狂い」。僕はこの人のように本気で漫画を描くことができているだろうか?どこかで読者を見限り、低いレベルで迎合しようとしていないだろうか?僕は読者を信じているだろうか?

だって、1巻で振りがあって、その伏線が回収されるのが15巻なんだぜ?読者が15巻まで読んでくれる自信ができなきゃできない技ですよ。この作者は読者を信じています。だから読者の胸を打つのだと思いました。

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