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子どもたちとどう関わるか

宮川周平

私は子どもたちと関わるのが好きだ

そんなことを自覚したのはつい最近のこと

約3年半前に、NPO法人CFFジャパンが企画している海外ボランティアプログラムでマレーシアの児童養護施設に訪れ、子どもたちと触れ合った
「子どもたちと触れ合うのって楽しい☺️」という感覚を初めて抱いた

それまでの人生でそういう気持ちを抱かなかったのは、子どもたちと触れ合う環境がなかったからだと思っている

  • 一人っ子

  • 親戚では自分が一番年下(一番歳が近くてひと回り上)

  • 地元では同級生とばかり遊んでいた

だから、すごく新鮮だったのをおぼえている

その後、しばらく子どもたちと触れ合う機会がなかったのだが、昨年から個別指導塾でアルバイトをしたり、お仕事でつながった人がいるコミュニティに子どもたちがたくさんいたりと…子どもたちがいる環境が日常にあることで、改めて子どもたちと接するのが好きなんだなと思い始めている

今私の身の回りにいる子どもたちは、当たり前だがみな私と血のつながりがない
私は、仕事やプライベートという場を通じて、自分ではない別の家族の一員である子どもたちにおこがましくも関わらせてもらっている、という状況にすぎない

個人的には、今後も何かしらの形で子どもたちと関わりたいと考えている
それは、自分の子どもという形ではなく、仕事やプライベートという場を通じて、だ

そう思うのには、2つ理由がある

1つ目は、私の恋愛的指向・性的指向が理由

私は自分の恋愛的指向・性的指向を、クォイロマンティック・クォイセクシュアルと自認している(あくまで現時点で)
これがどんなものか簡単に説明すると、
クォイロマンティック:「他者にいだく好意が恋愛感情か否か判断できないもしくは判断しない恋愛的指向」
クォイセクシュアル:「他者に感じる魅力が性的魅力か否か判断できないもしくは判断しない性的指向」
というものである

実際のところ、私は誰ともお付き合いをしたことがないし、そうなりそうな気配すらない
結婚願望もないし(事実婚も)、自分の子どもがほしいという願望もない

ということで、現状自分に子どもができる見込みがない

2つ目は、1つ目の理由を踏まえたうえで、社会的に考えて仕事やプライベートという場を通じて子どもたちと関わる方が良いと考えるから

自分が子どもができる見込みがないセクシュアリティを持つのなら、今生きている子どもたちに私ができることをしていく方が良いと思っている

新しい命が誕生するのはとても素敵なことだと思うし、もちろん否定もしない

ただ、自分が今後も子どもができる見込みがないセクシュアリティであり続けるとしたら、それでも子どもたちに関わりたいとしたら、

微力かもしれないけれど、さまざまな理由で苦しんでいる子どもたちの存在に気づき、考え、何かしらの手立てを実行することを選ぶ方が、良いのではないか?と考えるようになった

もちろんこれからセクシュアリティが変化することだってあり得る

その時はきっと違う感情が湧いてくるのかもしれない

これは、現時点でこう考えている、という意思表示だ

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宮川周平

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