片耳聞こえてない話

僕は右耳が聞こえてない。

原因は幼児期のおたふくかぜだ。
おたふくかぜで片耳が聞こえなくなることが、稀にあるらしい。

でも物心ついた時からこれで過ごして来ているので、片耳が聞こえてないことは自分にとって普通の事だし、そんなに不憫に思われる程の事でもない。

というか、今さら両耳がばっちり聞こえだしたら、世の中がうるさすぎて発狂するんじゃないかと思ってる。
全然うるさくない場所で、急に「うるせー!」って叫ぶ変なオジさんになりそうで怖い。

完全にゼロで聞こえていないわけではなく、0.01ぐらいで聞こえてはいるらしい。(あんまり実感ないけど)

視力が片方だけ悪いって人は結構多いらしい。それと同じようなもんだと思ってる。

じゃあ補聴器をすれば?という人がたまに居るが、僕の右耳の聴力だと補聴器は耳掛け式(そっちの方が強力)の補聴器をつけないといけなくなる。
そのうえに僕は乱視なので、遠くを見る時は眼鏡をかけている。
更に最近はコロナのことも心配なので、マスクは付けたい。
そこまでやると、さすがに右耳に言われる気がするのだ。

おれ便利フックじゃねーよ!

って。

引っ掛けすぎはよくない。


とはいえ、僕の右耳はフック的な用途以外ではなんの仕事もしていないというのは事実なので、右耳に与えられる仕事は何か無いもんかと考えた結果、

財布を持たず販売機に行く時の小銭入れ


という活用方を発見した時、自分は天才かと思った。


右耳が聞こえていないのに、コンビの立ち位置で相方を右側に置いているのは、ボケだ。

はっきり言おう。あの立ち位置から、ボケだ。

ニヤニヤして見てほしい。


右耳が聞こえていない原因について、ユタに見てもらった事がある。

「ユタ」というのは、もの凄くざっくり言うと、沖縄地方に居るシャーマンの事だ。

沖縄では今でも、なにか不調があると霊的な立場から物事や身体のことを診断してもらう「ユタ文化」が残っていて「医者半分、ユタ半分」ということわざまである。
沖縄の土着的な文化だ。

なので僕も「半分」信じている。

僕を視てくれたユタは、80歳をすぎたオバーのユタだった。
丸まった背中。シワだらけの顔。それに似つかわしくないよく通る声。
そして、何故か全身青のコーディネート。

「小さい時から右耳が聞こえてないんですよ。これってなんでか理由ありますか?」そう聞くとオバーユタは「分かるねぇ」と即答した。
そして右耳の辺りを見ながらこう続けた。

「あんたの右耳の後ろにねぇ、女の霊が居るね。
その女の人がね、あんたの右耳に向かって、ずっと『あ"ーーーー!!』って叫んでるさぁ。
だからそっちの耳は聞こえないわけよ」


…おい。

……面白いじゃないか。

見事なシャーマン大喜利。

本当か嘘かなんてこの際どうでもいい。
「これがユタだ!」と言わんばかりの素晴らしい回答。

興奮した僕は、
「なるほど。じゃあ因みになんですけど、たまに、少しだけ、聞こえが良い気がする時があるんですけど、それは何故ですか?」
と聞いてみた。

それにオバーユタはこう答えた。

「それはね、『あ"ーーー!!!』って叫んでる女の霊が、『すぅーっ』って息継ぎしてる時だね」


……お見事すぎませんか?

ユタってこんなに大喜利強いんですか?

完璧なIPPONです。

年の功か?ユタの功か?

それにその話が本当なら、視えてる人が見たら僕らコンビはトリオに映ってるということになるな。


とりあえずまぁ、それで聞こえないならそれでいいじゃないか。そんなスッキリした気持ちになって僕は聞いた。
「ありがとうございました。おいくらですか?」

オバーユタは答える。

「3万円貰おうねぇ」


…出てくる言葉全部ボケですか?

ユタという職業に、高齢のオバーということも相まって、どっちの「ボケ」だかわからんってとこがまた味わい深い。

お金のない若者から、大喜利解答一つで、3万円も取るんですか?凄すぎませんか?

少し引っかかりながらも3万円を払った後、最後に僕は聞いた。

「あ、ちなみにこの霊、祓うことは出来ます?」

オバーユタは何故か少し笑いながら言った。

「悪い霊ではないからねぇ。あんたを守ってるんだよ。一緒に生きていきなさい」


…え?

悪い霊ではないんかい!

耳元に大声で叫んで守るってなんだ!

あと一緒に生きるってこいつ死んでるだろーが!

オバーユタの言葉は最後まで全部ボケだった。

全身青のコーディネートもただのボケだったのかもしれない。


それから、

少し悩んだが、この話をお笑いライブでしてみることにした。

実は芸人になってからも僕はそれまで、自分の片耳が聞こえてないということをお客さんの前で話したことは無かった。
「こんなことでお客さんは笑わないだろ」なんて思っていた。

けど、話してみた。

ウケた。

ビックリするぐらいウケた。

その時の光景は忘れられない。
笑って貰えてることが嬉しくて、何故か僕も自分の話に笑いながら、少し目が潤んだ。

お笑いってのはなんちゅう優しい世界だ。
そう思った。

そして気付いた。
自分のことが笑えてないのは、自分自身だったんだと。

自分を縛ってたのは自分だった。
それまで自分が縛られてるなんて思ってもいなかったのに、その時スッと心が軽くなったのが分かった。

文字通り「話半分」で聞いていたオバーユタの話が、僕の心を軽くしてくれたのだ。

…ここまで含めて3万円ですか?

激安じゃねーか!!!


そしてそれから数年後、NHKの朝ドラを見て、ずっと分からなかったオバーユタの謎の青コーディネートの理由も分かった。

きっとあれが、僕にとっての

「半分、青い。」だ。笑






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