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ブレイン・ブレイン | #むつぎ大賞2024

脳力来来のうりきらいらい脳力来来のうりきらいらい

 円形の構造物のなか。そこはただひたすらに広く、床も壁もドーム状の天井も、すべてがほの白く輝いていた。
 冷たく、茫漠さすら感じさせる、漂白された空間。
 そのなかで、少年少女たちは一心不乱に唱えつづけている。

脳力来来のうりきらいらい脳力来来のうりきらいらい

 彼らは整然と立ちならんでいる。大勢だ。千人にも達しようという少年少女たちだ。その肌、その髪、その瞳の虹彩、身に着けているローブじみた長衣まで、すべてが白い。まるで、漂白された空間に溶けこんでいるかのように。

「脳力来来、脳力来来」

 手を合わせて目をつむり、脳力来来、脳力来来……脳力偈のうりきげを唱えながら、彼らのひとりマヅリは考えていた。

 僕らのような肌や髪のことを、旧人類は「アルビノ」って呼んでいたんだっけ。

 そんな漠とした考えが、つぎつぎと浮かびあがっては消えていく。それは雑念であり、ぎょうにとっては無用なもの。でも、問題はない。マヅリにはわかっている。

 大丈夫。脳力偈を繰りかえしていくうちに、雑念なんて消えてしまうのだから。

「脳力来来、脳力来来……」

 ほら、来た……!

 チカッ、チカッ。脳のなかに光が灯る。頭の芯を中心に抑えることのできない振動が生じて、それは小刻みな律動となって全身へと拡がっていく。

 ほら来た……来たよ!

 脳力来来。いつしか少年少女たちの声はもっと大きく、より荘厳な、祈りと高揚の入りまじった大合唱へと変わっていた。

「脳力来来! 脳力来来!」

 チカ、チカ。脳内の光は、ビカッ、ビカッ。激しい閃光へと変わっていく。力だ。脳力だ。脳力来来だ。力は輝きとなってマヅリの体からあふれだす。ほかの少年少女たちも同様だった。いまや彼らの全身は輝き、その光は立ちのぼり、交わり、渦を巻く。すると天井に音もなく、いくつもの穴が開いていく。光はその穴を通じて迸る――僕らの世界へと。

「脳力来来! 脳力来来!」

 ビカッ。ビカッ。マヅリは見た。脳力偈がもたらす千里眼の力によって、脳内の輝きのなかに壮大な幻視ビジョンが浮かびあがってくる。それは都市だ。白亜の高層建築がつらなる巨大な都市だ。

 大脳神都ブレイン・シティ。

 マヅリたち新人類が誇る、偉大なる叡智のみやこ。その都市のすみずみにまで光と力がみなぎっていくのが見える。染みわたっているのだ……僕らの脳力が。都市は輝きはじめる。地面が揺れうごく。大地から高層建築が、まるで雨後の筍のように伸びあがる。そして花開くように光を放った。

 都市は脳力によって稼働し、脳力によって維持され、脳力によって成長していく。偉大なる新人類の力。偉大なる脳力。脳力来来!

 ……ん?

 そのときふと、マヅリは己を見つめる視線に気がついた。マヅリがチラと目を向けると、目と目があった。少女だ。
 彼女の名はアアコ。
 その瞬間――時が止まったような錯覚がした。なんだかアアコの輪郭だけがくっきりと浮かびあがって見える。脳力渦巻く輝きのなかで、アアコの白い長髪が優しくそよいでいた。

 短命で入れかわりが激しい新人類のなかでアアコは、マヅリと同じだけの時間を過ごしつづけてきた。いわば、幼なじみだ。

 視線を交わしながら、アアコはにっこりと微笑んでくる。マヅリはそんなアアコを見ながら、いつも不思議に思う。なんなんだろう? 彼女はそうやってときおり、まるで旧人類のようにふるまうのだ。
 なぜそんな表情をするのか……マヅリにはよくわからない。でもアアコの微笑みを見ていると、なんだかムズムズしてくる。くすぐったいような、懐かしいような、不思議な感覚。

 ……おっと、いけないいけない!

 マヅリは首を振って気を引きしめた。油断してはならないのだ。だってあいつら・・・・がやって来るかもしれないのだから! と、まさにそのときだった。ブガー、ブガー。空間いっぱいに警告音がなり響く。ほら、やっぱりね! つづけて無機質なアナウンスが流れはじめた。

『警告。北方より宇宙怪獣接近中。五分後にはブレイン・シティに到達』

 宇宙怪獣。そう、宇宙怪獣なのだ! 恐るべき新人類の敵ども。奴らは脳力に引き寄せられて現れる。まるで旧時代、世界を飛びかっていた「虫」みたいに! (虫も光に引きよせられるのだと、マヅリは脳知図書館アーカイブで学んでいた)
 だから都市に脳力を充填するタイミングこそがもっとも警戒しなければならない瞬間なのだ。でも大丈夫だよね、だって……、とマヅリは天井を見あげる。

「導師諸君よ!」

 マヅリたちの遥か上。脳力の渦巻く光の中心に、いつの間にか男が浮かんでいる。それは大人の男だ。男はマヅリたちと同じく白装束を身につけ、結跏趺坐の体勢で浮遊している。光の渦のなかで、その白い長髪がまるで突風にあおられているかのように四方へと広がり揺れていた。

 彼は大導師ドクト

 この世界に八人しかいない、成人した導師のひとり。彼ら大導師の脳力は測りしれないと言われている。一説にはマヅリたちヒラの導師、数万人分にも匹敵するのだと……。
 ドクトは冷然とした眼差しで少年少女たちを見渡した。大導師様がいれば大丈夫。いつもどおり宇宙怪獣をやっつけてくれる……マヅリがそう安堵した瞬間、凛とした声が響いた。まるで、マヅリの心を見透かしたかのようだった。

「こたび、宇宙怪獣を祓うのは我ではない……諸君らである! 諸君らが脳力を結集してきゃつを祓うのだ!」

 ……ええ?

 困惑するマヅリをよそに、ドクトが手をかざした。その瞬間、激しい雷のごとき光が少年少女たちの脳天を貫いた。マヅリの全身に衝撃が走り、刹那、すべてが白で染まった。
 そして、時が止まったかのような感覚に支配された。アアコと視線を合わせたときとは異なる、強制された時間感覚だった。
 その時間感覚のなかで、マヅリは脳内に浮かびあがるビジョンを見ていた。それはここではないどこか……大きな倉庫のような、どこかの光景であり、そのなかに、なにか巨大なものがそびえているのが見えた。

 それは人の形をしていた。
 その体は山のようだった。
 ビカビカと光の単眼。
 全身はさながら輝く甲冑。
 巨大なかいなは恐るべき力を連想させた。
 それは白い鋼の巨人だった。

 時間感覚が戻ってくる――。

「その巨人は諸君らの脳力によって働き、諸君らの脳力によって宇宙怪獣をも打ち砕く。その名も――」

 神造雷神イヒカノミコト!

「そしてイヒカノミコトを操るのは……」

 ドクトは指さした。

「汝、マヅリであるッ!」

 ええ!? マヅリは思わず目を見開き……だが一瞬ののち、うつむきながら息を吐くと、顔をあげてドクトを見あげるように胸を張った。アアコが不安げにマヅリを見つめているのがわかる。それでもマヅリは、力強く胸を張る。そうでなくてはならない。そうであるべきだ。なぜなら、大導師様の言葉は絶対であり、平の導師たる自分は心など動かされずに、その指令を完遂するのみだからだ。たとえ自分がなにをやるのか、やらされるのか。さっぱりわからなかったとしてもだ! それこそが新人類魂である!

「さあ諸君! 脳に浮かびあがった言葉を唱えるのだ、高らかに!」

 少年少女の雄叫びが迸った。

「大脳力来来! 大脳力来来ッ!」

 マヅリを中心に光が渦巻く。不安げなアアコに向かってマヅリは力強くうなずいた。そして、脳に浮かんだ言葉を叫ぶ。

「神機一転ッ!」

 次の瞬間、マヅリの意識は時空を飛んでいた。そのときマヅリは閃光だった。すべてを貫く光だった。まさに輝きそのものとなり、マヅリはすべてを置きざりにして飛んでいた。やがてマヅリはあの白鋼の巨人のなかへと……神造雷神イヒカノミコトの体内へと渦巻く光となって降りていく。

 ビガッ! 巨人の眼がすさまじい光を放った。その瞬間、マヅリは己が巨人であり、巨人が己になったのだと理解する。そして巨人は……いやマヅリは、溢れる衝動に従って雄叫びをあげていた。グオオオオーンッ!

 脳力が渦巻いている。脳の底から力が……皆の力が湧きあがってくる! マヅリは手を広げた。巨人の巨大なかいなが連動するように動いた。マヅリは自分がなにをすればいいのか、一瞬のうちに理解していた。

「行くぞッ!」

 脳力が迸り、巨人の背後に輝ける翼を形づくっていく。大地が鳴動し、見あげると、天井が大きく開いていくのがわかった。だからマヅリは……飛翔とんだッ! 一気に上昇し、ぐんぐんと空が近づく。眼下には巨大な山が見える。山はふたつに割れるように開いている。あのなかから、イヒカノミコトは飛翔とんだのだ。

 ああ、皆の声が聞こえる。大脳力来来! 大脳力来来! こんこんと、脳の底から力が湧いてくる。マヅリは稲妻じみて急降下した。眼下に壮大なブレイン・シティが近づいてくる。守護まもるんだ……あの街を。僕らの大切な叡智の都市を。僕の力で……いやさ、皆の力でだッ!

 光り輝く叡智の都市に、巨大でおぞましいなにかが迫りくるのが見えた。それは不定形であり……まるで蛸とヒトデを混ぜあわせ、腐汁で染めあげ、パンパンに膨らませて山のように巨大化させたような、そんなおぞましいなにかだった。マヅリは憤った。赦せない……あんなもの。あんなものが僕らの街に。だから、吠えた!

「オオオオオオオオオォッ!」

 その瞬間、空を切り裂く輝きがあった。すさまじい閃光を放ちながら、その輝きは雷鳴じみた轟きとともに大地に降りたつ。

 それは人の形をしていた。
 その体は山のようだった。
 ビカビカと光の単眼。
 全身はさながら輝く甲冑。
 巨大なかいなは恐るべき力を連想させた。
 それは白い鋼の巨人――。

 神造雷神イヒカノミコト、降臨のときである!

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