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人類救済学園 第弐話「校内暴力」 ⅱ

前回

ⅱ.

 心地のよい風が吹いている。

「んん~……」

 鳳凰丸は伸びをすると、そのままばたりと倒れこむように寝転んだ。芝生が柔らかく受け止めてくれた。昨日、救世とともに訪れた丘の上。警護の風紀委員たちは、全員下で待たせている。ようやく訪れた一人きりの時間だ。

 腕をまくらに空を見あげる。そこには深い、吸い込まれるような瑠璃色が広がっている。天頂に浮かぶ講堂の光は、優しくすべてを照らし出している。鳳凰丸はくちびるを尖らせながら、呟いた。

「鏡……。鏡鹿苑(かがみ・ろくおん)かあ」

 鳳凰丸は思い出す。授業の前。朝一番におこなわれた、生徒会役員による臨時の会合を。鳳凰丸は再び呟く。

「あのコ、キレイなんだけどね……」

 寝返りをうち横向きになると、芝生のうえにはてんとう虫がいた。鳳凰丸は笑顔を浮かべ「うわぁ……」と、目を輝かせ見つめた。しかし、次の瞬間。羽を広げたてんとう虫は、瑠璃色の空へと飛びたっていく……。「う~……」と、うなり、鳳凰丸はため息をついた。そして目をつむる。

「怖いんだよなぁ……鏡鹿苑」

 脳裏に光景が甦ってくる……それは、会合が行われた生徒会室での光景だ。鳳凰丸は入室するなり、

「ほえー」

 と、感動したものだった。生徒会室。その室内は、静けさを感じさせる美しさに満ちていた。

 丸みを帯びた天蓋からは自然光ではない不思議な明かりが降りそそいでいる。どこか講堂を思わせる光。壁や天井には、ところどころに反復された幾何学模様が描かれていて、その模様はなんだか植物の蔦みたいだね……などと鳳凰丸は思った。

 目を部屋の中央に転ずると、そこには白くて巨大な円卓がある。円卓の真ん中には、講堂を図案化した輝く球体の紋章が描かれていて、その瑠璃色と白地とが、見事なコントラストをつくりだしていた。だが……。

「むむむ……」と、鳳凰丸は顔をしかめる。

 円卓にはずらりと揃った生徒会役員たちがいた。いずれも常人ならざる雰囲気で、円卓の周囲は一転、不穏で異様な空気に包まれている。

 円卓の末席は鳳凰丸の席であり、最悪なことに、その隣は美化委員長、鏡鹿苑だった。その声はいまでもこびりつくように脳内で響いている。居並ぶ役員たちを前にして、彼女は開口一番、

「退学だろゥがッ! 退学ッ!」

 と叫んでいたのだ。冒頭から完全に戦闘モードだった。席から立ちあがり、こめかみに血管を浮かべ、目尻をつり上げ、いそいそと席についたばかりの鳳凰丸を指さす。

「これはクーデターだろーがぁッ! だから当然、このお漏らし風紀クソ野郎は退学させるべきだがッ!」

「あの……」

 鳳凰丸はおそるおそる手をあげ、発言する。

「お漏らし風紀クソ野郎ってひどくない?」

 鹿苑は鳳凰丸の抗議を完全に無視。そして円卓の上座に座る副会長、夢殿救世に指を突きつける。

「それよりも副会長ォ……問題はてめえだよ……なんだよ、てめえは。なんなんだよてめえはッ! なんでてめえが、しれっと盧舎那の席に座ってやがるんだ。なんか言ったらどうだ、この裏切り(猥褻表現)クソ野郎ッ!」

 救世はやれやれ、とため息をついた。鹿苑はなおも続ける。「いいかあ、よォく聞けよ」と、腕を組み、そのままの姿勢でその美しく長い右足を高々とかかげた。

「てめえらは汚したんだ。学園の秩序を。てめえらは汚点だ。てめえらの存在は学園の汚辱そのものだ……見逃せねぇ。見過ごせねぇ。なあ、おい!」

 タンカをきるように身をのりだし、ダンッ! と円卓を踏みつける。そしてドスのきいた声音で言い放つ。

「てめえらはまとめて退学に追いこんでやる。美化委員長としてッ! この、あたしがなァッ!」

「あのー」

 鳳凰丸は口に手を当てて、こっそりと鹿苑だけに聞こえるよう告げた。

「パンツ、見えちゃいますよ」

「あ゙あ゙ッ!?」

 地獄のような声だった。
 鳳凰丸は震えた。

「ひええ……」

 そこに「んん」と咳ばらい。救世だ。

「鏡美化委員長は、なにか勘違いしているようだが」

「あ゙ッ?」

「まずは、座れ」

 それは有無を言わさぬ声音だった。救世と鹿苑、ふたりの視線が衝突する。まるで空中で火花が散ったかのようで、殺気みなぎる空気が生徒会室を支配した……その時。

「あはは! やめなよ、ふたりともー!」

 と割りこんだのは、場違いなほどあっけらかんとした明るい声だった。「てめェ……」と、鹿苑がにらみつける。しかし発言の主は臆することなく、「あはは!」と笑った。

 その発言の主……彼女は、灰色のゴシックロリータ風に改造された制服に身を包んでいる。

 保健委員長、九頭龍滝神峯(くずりゅうたき・かぶ)。

 神峯はあはは、と笑いながら、フリルつき手袋で覆った両手のひらを、顔の横でひらひら、ひらひらと動かしていた。しかし何よりも特徴的なのは、その頭だ。頭はすっぽりと覆われている……奇妙なくちばしをつけた、くすんで不気味な、灰色のペストマスクに。その頭をまるで鳩のようにくるくると、常に小刻みに動かしているのだ。ちなみに神峯の肉体は男だが、彼女の言葉を借りれば、その心は「永遠の少女」なのだ。

「鏡はすこし……黙れ……まずは副会長と……新しい風紀委員長の話を……聞いてみたい……」

 と、かすれた声で言ったのは、青い詰め襟に身を包んだ少年だ。「んー」と、鳳凰丸は目をすがめた。その少年の輪郭は、青い霞がかかっているようにぼやけていて、判然としなかった。なにか不思議な力が働いているのだ。彼こそは……。

 学習委員長、御影教王(みかげ・きょうおう)。

「賛成だね。理解には分析だ。分析にはまず情報だ。生徒会執行部としても、副会長には情報共有を要請したいね……なんでこうなったのか、をね」

 そう言った少女は……。

 生徒会執行部、広報の蓮華三十三(れんげ・みとみ)。

 金の刺繍いり黒のセーラー服。男前の顔だち。強めのカールがかかったショートカーリーヘアには、まるで花畑のように色とりどりの花が咲いている。そしてその指には……紫煙くゆらすタバコが挟まれていた。鳳凰丸は思わずつっこんだ。

「タバコって!?」

 三十三はフッと紫煙を吐きだす。紫煙は宙を舞い、美しい花びらへと姿を変える。三十三はタバコを鳳凰丸に向け、ニヒルに微笑んだ。

「細かいこと、気にすんなよ風紀委員長」

 ……鹿苑は、多勢に無勢だった。

「……ちッ」

 舌打ちをし、「クソどもが……」と毒づきながら、ドカッと席に腰をおろす。救世はうなずいた。

「いいだろう」

 そして微笑み、堂々たる態度で一同を見渡す。

「本日、みなに集まってもらったのは他でもない。緊急の動議があったためだ」

「……んだと?」

 鹿苑は眉根を寄せた。救世は鳳凰丸をうながす。

「鳳凰丸」

「うん」

 鳳凰丸は立ちあがる。鹿苑は目をすがめる。その姿を見つめる顔色が、

「なんだ……?」

 と変わる。その瞬間、鹿苑には、まるで時間がスローモーションのように感じられたことだろう。鳳凰丸は立ちあがっていく。その雰囲気が少しずつ、徐々に、変わっていく。その身体からは、霜が降りたような冷たさが流れてくる……。

 場の空気も一変していた。誰もが気づいている……鳳凰丸は、彼は、なにか異質なのだと。そこにいるのは冷たく、徹底した、立ちあがりつつある、あきらかな、なんらかの異物だった。役員たちの視線の先で、鳳凰丸はゆったりと円卓を見渡した。

 救世と目があう。
 救世はうなずきを返す。

 そのとなり、向かって右。人形じみた無表情。両手に筆を持ち、ふちなしメガネ、開きっぱなしの瞳孔。機械のように速記を続ける少女がいる。

 生徒会執行部、書記の八葉蓮寂光(はちようれん・じゃっこう)。

 寂光のさらにとなりには、特徴的な白髪を野性的なウルフカットにまとめた少年がいた。モデルのような整った顔立ち。長身。頬杖をつきながら、静かに鳳凰丸を見つめている。その右目は怪しい光を放っていた。サファイアの義眼。

 生徒会執行部、庶務の疎水南禅(そすい・なんぜん)。

 その対面には先ほどの三十三だ。そして三十三のとなりには、奇妙な少女が座っている。可憐な少女に見えた。しかしまばたきをした次の瞬間、少女は男勝りの強面に変わっている……見るたびにその体格が、輪郭が、相貌が、目まぐるしく変わるのだ。とらえどころのない彼女こそは。

 生徒会執行部、会計の銀沙向月(ぎんしゃ・こうげつ)。

 そして円卓には空席が三つ。ひとつは金堂盧舎那が抜けてできたもの。残りふたつは……おそらく、図書委員長と体育委員長のものだろう。ふたりについての詳細はあとで救世くんに聞こう……と、鳳凰丸は思った。

 鳳凰丸は醒めていた。冷静で、客観的にものごとを見るだけの余裕があった。鳳凰丸の視線が、鹿苑の視線とまじわる。鹿苑は顔を歪めた。

 ……なんだ? なんなんだ、こいつは。さっきまでのビビりおぼっちゃんは、いったいどこに消えやがった……?

「さて……」

 鳳凰丸は口を開いた。

「僕は風紀委員長として、生徒会長、金堂盧舎那を逮捕した。もちろんそれには正当な理由がある。しかし……みなさんもご存じのはずだ。学園則第二章、第五条にはこうある。『生徒会長の処遇は、生徒の総意を持って決定しなければならない』。だから……」

 鳳凰丸は身を乗りだす。その目は冷たい光を放っている。「僕は……」その髪が揺らぎ、まるでかがり火のように燃え、輝いたかのように見えた。

「緊急生徒総会の開催を提議する!」

「緊急……生徒総会……だと……?」

 そう呟いたのは御影教王。それを皮切りに、役員たちがざわつきはじめる。鳳凰丸は続けた。

「僕は約束しよう。すべての生徒たちの前で、金堂盧舎那の罪を明らかにしてみせる。そして……生徒の総意によって、彼を断罪してみせると!」

 同時。その手が円卓へと振りおろされ、バン、と炸裂するような音が生徒会室に鳴り響いた。

ⅲに続く


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