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人類救済学園 第壱話「嵐を呼ぶ少年」 ⅴ + outro

前回

ⅴ.

 その部屋は、すべてが黄金に彩られていた。
 そしてその男は、文字通り光り輝いていた。

「よおこそ、よぉこそ。平等院風紀委員長」

 低くうなる、獣のような声だった。さも当然のように、人を見くだす眼差しだった。王のように振るまい、王のように座り、王のように語る。

「俺が、金堂盧舎那(こんどう・るしゃな)だ」

 それが生徒会長、金堂盧舎那だった。

 救世にうながされ、金色のソファーに座りながら、鳳凰丸は目を細めていた。煌めくテーブルを挟んで、盧舎那はその長身を、ソファーに沈みこませるように座っている。

 黄金色の半袖カットソー。その上に、黒と金色ストライプの制服を肩がけにして、彼は、アッシュブラウンの七三髪をかきあげるように触り、美しい顔には獣のような笑みを浮かべている。その背には光の輪が浮かんでいる。それは、まばゆいばかりの輝きを放っている。

 あきらかに、常人ではない。

「どうも」

 鳳凰丸は軽く頭をさげた。救世は盧舎那の背後に立った。鳳凰丸は興味ぶかげに生徒会長室を見渡して、「なるほど……」と微笑んだ。

「どうやらご趣味がよろしいようで」

「はっ」

 盧舎那は猛々しい笑みを浮かべ、身を乗り出す。

「お前にいまから、大事なことを言っておく……」

「はい?」

「学園則以外に、お前が理解すべきことが、たったひとつだけある。なにかわかるか?」

「んー。なんだろなあ……」

 鳳凰丸は冷ややかに笑いながらあごに手をやり、小首をかしげた。

 はっ、ははははは……。

 それを見て、盧舎那は愉快そうにかすれた声で笑う。そして右目を見開き、さらに身を乗り出した。「わからないなら教えてやる。いいか。それは……」そう言いながら、人差し指を鳳凰丸の眼前に突きつけた。

「調子に乗るな、だ」

「……ああ、そう」

 突きだされた人差し指は、鳳凰丸の左目眼球ギリギリ手前で静止している。

「いいか、もう一度だけ言うぞ」

 その指が、さらに眼球へと近づく。

「調、子に、乗る、な、だ」

 鳳凰丸はやれやれとため息をつき、手を挙げた。

「あのお、ちょっと質問いいですか?」

 盧舎那は獰猛な笑みを浮かべた。

「はい、お前アウト」

 そう言うやいなや、盧舎那は鳳凰丸の頭を鷲づかみにしていた! 「!?」鳳凰丸は目を見開いた。盧舎那は立ちあがる。「んー!?」と、暴れるようにもがく鳳凰丸をものともせず、片腕のみで、その体を宙吊りにする!

「おい!」

 救世が叫んだ。盧舎那は言った。

「ダメだ。こいつはアウトだ」

「わ、わ、わ、」と、手足をばたつかせる鳳凰丸を振りあげ、テーブルに叩きつける! 凄まじい音が生徒会長室に鳴り響いた。

「盧舎那!」

 救世の叫びを無視し、盧舎那は拳を振りあげる。そして鳳凰丸へと振りおろす! 振りあげ、振りおろす! 振りあげ、振りおろす。振りあげ、振りおろす!

「よせ!」

 救世の叫びと、ボクッ、ボクッ、ボクッ、と肉を叩く音。

「いい加減にしろ!」

 盧舎那は静止をなおも無視する。振りあげ、振りおろす! 振りあげ、振りおろす! 振りあげ、振りおろす! 振りあげ、振りおろす! 振りあげ、振りおろす! 振りあげ、振り……その手が、止まった。

「ああ……?」

 盧舎那は背後を見た。腕をつかんだ救世が、そこにはいる。「いい加減にしろ……」救世の声は、静かな怒気をはらんでいた。

「それ以上やったら……鳳凰丸は退学してしまうぞ」

「はっ……」

 ふ、くくく、
 は……はっはっはっはっーー!

 盧舎那は笑った。生徒会長室を揺るがさんばかりの笑いだった。

「当然だ。こいつはこのまま息の根を止めて、退学させる」

「……なぜだ」

「はっ! 笑わせるな。お前、本当は気づいているのだろう? こいつは異常だ。俺はこいつをひとめ見て、すぐに理解した。こいつはアウトだ、こいつは学園にいてはならない異常者だ……必ずや、学園の災いとなる男だ」

「論理的ではない」

「ふん、俺の勘はあたる。常にな」

 ギリギリと、二人の膂力がせめぎあっていた。救世は言った。

「……本気か」

「ああ、いつだって俺は本気だ」

「そうか。ならば……」

 救世の獅子のような眼差しが、冷たい光を放つ。

「貴様、この夢殿救世を敵にまわす……その覚悟があるのだな」

「はっ、はっ……笑わせる。お前なにこいつに入れこんでいやがる……」

 盧舎那は心底愉快そうに、その獣のような口を開き笑おうとした。
 その時だった。

「やっぱり、そうだ!」

 盧舎那と救世は、同時にそちらを見た。

「救世くんは、やっぱりいいやつだね。僕は本当に感動したよ」

 パチパチパチ、と手を叩く音。割れたテーブルの向こう側……そこに、鳳凰丸が立っていた。悠然と、無傷で。「なにぃ……?」盧舎那は顔をしかめた。鳳凰丸は挑発するように言った。

「盧舎那くん。君、僕をなめてるよね? まあ、おかげで助かったけど……君が本気だったら、僕は無事ではすまなかった気がする」

「ああ、そうかよ……」

 盧舎那の顔が獰猛に歪んだ。そして荒々しく救世の手を振りはらった。「うっ……」救世がうめく。盧舎那の背にある光輪が輝きを増し、その拳へと光が流れこんでいく。それは黄金の輝きだった。なにか尋常ではない力が、その拳に集まっていた。盧舎那は口が裂けんばかりに吠えた!

「生徒会長室が、またぶっ壊れちまうなアッ!」

 盧舎那は……鳳凰丸へと躍りかかった!

「あー、ちょっと待って」

 それは、絶妙なタイミングだった。制止するように差し出された鳳凰丸の手に、盧舎那は意表をつかれたように目を見開いた。「!?」盧舎那は、鳳凰丸の手前で静止した。

「盧舎那くん。君に聞きたいんだけどさ……。こんな感じで、今まで、どれだけの生徒を退学させてきたんだい」

「はっ!」

 盧舎那は笑った。

「今までも、これからも、危険人物は排除する。それが生徒会長としての俺の務めだ……! 先の風紀委員長……お前の先代だってそうだった。そしてお前も、今からそうなる」

「なるほどね。じゃあやっぱり……」

 鳳凰丸は冷たく微笑んだ。

「君は、ギルティだね」

 その瞬間、窓の外で稲妻が閃いた。室内が白光で染まり、その光のなかで高々と、鳳凰丸は右手をかかげていた。盧舎那と救世は、つられるようにその手を見た。まるで、スローモーションのように時が流れていた。

「これより……」

 鳳凰丸の瞳が冷たく輝く。緋色の髪が炎のように揺らいでいる。雷鳴が轟き、鳳凰丸は、その手を振りおろす。

「我が権能を執行する!」

 それはまるで、すべてを飲みこむ津波のようだった。そのとき、白い集団は激しい音とともに扉を蹴破り、生徒会長室になだれこんだのだ。

 盧舎那は雄叫びのような笑いをあげた。

 その盧舎那を、白い集団は取り巻き、ねじあげ、床に押さえつける。風紀委員による、数の暴力だった。盧舎那は獣のように笑い続けていた。

「はっ! はっ! はっ! てめえ、これは本気か!?」

 鳳凰丸は、盧舎那を冷たく見おろした。

「ここまでやって冗談でした、なわけないだろ……空気読めよ、金堂盧舎那」

 そして言い放つ。

「我が権能において、君を、逮捕する」

「くっ、くくく……」盧舎那は震えるように笑った。「おもしれぇ……おもしろすぎるだろ……なあおい、俺の容疑はなんだ? 言ってみろ!」

 やれやれ、と鳳凰丸はため息をついた。

「そんなもの、いくらでも、どうとでもなるんだよ」

「くっ、くっ、くっ、」

 は、はははははははは!

「あり得ん! 前代未聞だ! 秩序の担い手たる風紀委員長が、秩序そのものを破壊する! ……てめえはやはり異常だよ、異常者だ、平等院風紀委員長!」

 鳳凰丸は、盧舎那の絶叫を無視した。後ろ手に手を組んで、ゆったりと優雅に歩きだす。その足は向かっている。組みふされた盧舎那のうしろ、救世のそばへと。「鳳凰丸……」救世は眉根をよせて鳳凰丸を見た。鳳凰丸はその耳元に顔を近づけた。ねえ……。

「これで君が、一番偉い人になったね」

 それは、救世だけに聞こえるささやきだった。「……」救世は表情を変えずにそれを聞き流した。鳳凰丸はくすくすと笑った。

「救世くん、僕は決めたんだ」

 再び歩き出し、深々とソファーに腰を下ろす。足を組み、床に這いつくばる盧舎那を見つめながら言った。

「どうせ、残りわずかな学園生活だ」

 ほおづえをつく。
 その顔には、凍えるような笑みが浮かんでいる。

「徹底的に、めちゃくちゃに、やってやるってね」

 稲妻が閃いた。
 救世はその光景を、超然と眺めていた。

 床に取りおさえられながら、盧舎那は顔をあげて獣のような笑みを浮かべている。鳳凰丸はソファーに座り、ほおづえをつき、悠然とそれを見おろしている。稲妻によって白く照らしだされた彼らから、瞬間、黒い影がのびて、くっきりと、白と黒のコントラストがつくりだされた。

 それを見つめながら救世は、

 まるで、一枚の絵画だな。

 そんなことを考えていた。

outro.

「貴様の狙いはなんだ、鳳凰丸」

 救世は窓に手を添えていた。生徒会長室の窓を、雨が激しく叩いている。救世は表情を変えずにその光景を見つめていた。すでに盧舎那は連行され、生徒会長室に残されたのは救世と鳳凰丸、ふたりだけだ。

「ふふん、知りたい? ねえ、知りたい?」

 鳳凰丸は背後から、救世を覗きこむように近づいていく。後ろ手に手を組み、その顔にはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。救世は、暗い窓に映る鳳凰丸の姿を横目で見た。

「言いたくないのであれば、俺は別に構わんが」

「なんだよー、つれないなあ」

 でもさ、と鳳凰丸は続ける。

「本当は、知りたいんでしょ?」

 救世は静かに鳳凰丸に向き直る。無言で鳳凰丸を見つめる。鳳凰丸はエサを待つ犬のように、目をキラキラとさせている。救世はため息をつき、観念したように言った。

「言ってみろ」

「ふふん。やっぱり知りたいんじゃん。もちろん、救世くんには教えてあげるよ。当然だよね。ではでは……」

 と、鳳凰丸はもったいぶるようにタメをつくった。

「……発表します! 僕の狙いは、これです!」

 鳳凰丸の指があがり……そしてビシッと指さしたのは天井だった。救世はつられるように上を見た。

「上……? ああ、」

 と救世は得心する。
 この上にあるもの……それは講堂に他ならない。

「だが、話が見えんな。盧舎那の逮捕と講堂。いったいなんの関係がある? それに講堂は、貴様にとってなんだと言うのだ」

「ふふん、僕はね……」

 鳳凰丸はふたたび後ろ手に手を組み、一歩さがると、くるりと回った。そして再び救世と正対したとき……その眼差しには、冷たく、鋭い輝きが宿っている。

「僕は、この人類救済学園の謎をときあかす。そのためにも緊急生徒総会を開催したい。盧舎那くんの逮捕は、その第一歩だ」

「……緊急生徒総会、だと?」

「そうさ。でも……」

  そう言いながら、鳳凰丸は手を伸ばした。

「僕ひとりでは無理だ。君の力が必要なんだ、救世くん」

 救世はその手を無言で見つめた。激しい風で、窓がカタカタと揺れている。救世は目をつむる。しばらく考えるように沈黙を続ける。鳳凰丸は真剣な眼差しで救世を見つめ、待ち続けた。救世は目をあけた。

「よかろう」

 その手がゆっくりと鳳凰丸の手へと伸び……そして、力強く握りしめた。

「うわー」

 鳳凰丸の顔に、ぱあっと満面の笑みが浮かぶ。両手で救世の手を握りしめ、ぶんぶんと振りはじめる。

「ありがとー! やっぱり君はいいやつだ、救世くん!」

 救世はそんな鳳凰丸を見つめ、優しげな笑みを浮かべた。
 そして、

「それは、どうだろうな」

 とだけ言った。

第弐話に続く

「人類救済学園」は月~金の19時半に更新していく予定です(予定)

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