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【肉帯低気圧バースト】 #第二回お肉仮面文芸祭

 今日の東京はくもりのち、肉。
 所により雷肉となるでしょう。

 憂鬱な天気予報に思わずため息が出た。
 窓から見える空には雲が流れ、うっすらと、赤い色がさしている。

 東京に肉が降るようになってから、いったいどれぐらいの時が経ったのだろう。たしか、子どもの頃には肉なんて降ってなかったよな。そんなことを思う。

 ため息をつき、もう一度空を見た。
 空の赤みが増している。
 もうじき肉が降ってくる。
 血のような雨に混じって、肉が降ってくる。

 時には赤身。
 時には霜降り。
 時にはモツ。

 なんの生き物の肉なのか、まったく判然としない肉たち。
 それが東京全てを覆うように降ってくるのだ。

 もちろん高高度から降ってくるわけだから、地面に激突するや、即座に真っ赤な花が咲く。
 衝撃も凄い。
 車なんてボコボコになるわけだし、当然、場合によっては家屋も損壊する。おかげで路駐する人はまずいなくなった。

 人に直撃すると悲劇だ。
 頭に肉がぶつかると、ばちーんとものすごい音がする。
 当たり前のように大けがだし、場合によっては死んでしまう。
 だから都内各地には、避難用のシェルターがつくられている。
 急なお肉もこれで安心、というわけなのだ。

 肉が降ってくる原因には諸説あった。当初、有力な説だったのは魚やカエルが降ってくる「ファフロツキーズ現象」の一種だ……というもの。巨大な竜巻によって巻きあげられた、動物の死肉が降りそそいでいる、というわけなのだ。

 でも調査の結果、そんな事実はなかった。
 現時点でわかっていることはこうだ。

 肉は肉雲から降ってくる。
 肉雲は太平洋上に発生する。
 西に流れて、ちょうど東京の辺りで肉を降らす。
 時にはとても巨大な肉雲が発生する。
 それは肉帯低気圧と呼ばれている。
 肉雲が発生するメカニズムはまだわかっていない……云々。

 この知識を得た時、こう思ったものだ。

 よかった、バラバラになって降りそそぐ、かわいそうな動物はいなかったんだ!
 めでたしめでたし!

 ……でもその考えは、すぐに改められることになる。

🥩

 観測史上、最大の肉帯低気圧が迫っています。
 避難指示の出ている地域ではすみやかに……。

 スマホから流れるラジオに焦燥感を募らせる。
 寝落ちしていて、完全に出遅れてしまった。

 街に人はいない。
 当然だ。ヤバい肉帯低気圧が迫っているのだ。
 みんな、すでに避難所やシェルターに逃げこんでいるはずだ。
 見あげると、赤黒い雲がすぐそこまで迫っている。

「ヤバい、ヤバい……」

 思わず声が出る。最寄りのシェルターまで、あと十分はかかる……いや、そんなことはない! 公園の中を突っ切っていけば、もっと早く着けるはずだ。わたしはひとり、公園の中を駆け抜ける……。

 そんな時だった。

「ピピー、ピピー」

 と、どこかかわいらしい、奇妙な声が聞こえてきた。

「ピピー、ピピー、お肉接近中。オ肉接近中」

 思わず立ちどまる。
 見ると公園の中央、台の上に奇妙な男が立っている。

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「ピピー、ピピー」

「なに……あれ……」

 見入ってしまった。
 男……いや男なのだろうか? ……その男は奇妙な仮面をつけていた。
 あれは……え、なに生肉……生肉を顔に貼っている……?
 男は手を挙げながら、まるで交信するかのように声を発していた。

「ピピー、ピピー、お肉です。オ肉。お肉接近中」
「ひぃっ」

 悲鳴が漏れ出た。男と目があう。
 男はかわいらしく首を傾げる。次の瞬間……。

「コンにチわ」
「ぎゃー!」

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 まるで瞬間移動したかのように、男はわたしの背後に立っている。
 わたしは腰を抜かし、尻餅をついた。
 男はわたしの目を覗きこみながら、かわいらしい声で言う。

「大丈夫でスカ?」

 尻餅をついたまま後ずさった。
 いやいやいや、ヤバいヤバい……なんかヤバい、なんなのこいつ……!
 恐怖でしかない。恐怖でしかない!

「な、なんなんですか、あなた……」
「ワタしハ、お肉仮面デす。いま、お肉たチを呼ンでいルんでス」
「お肉を呼んでいる……呼んでいるって……はあ? いったい、な、なにを……」
「あノでスネ、お肉を降らセテいルのは、実はわたシなんデす」

 なにを言っているのか、まるで理解できなかった。
 わたしはポカンと口をあけた。
 男は……お肉仮面は、遠く、空を見つめながら続けた。

「わタシハ、遥か彼方、宇宙にあル、お肉の星かラ来マシた。ワたしタチの星では娯楽とシテ……」

 戦争が行われています。

 それは悲しく、吐きだすような呟きだった。

「……戦争にヨって、すごイ量のオ肉が発生するノです。わタシたちはそノお肉を、この星の海に捨てテイルのデす。いわユる不法投棄といウやつデす」

 あまりにも理解不能すぎた。でも……。

「いや、いやでも……」

 いつしか恐怖は消えさっていて、わたしはこの奇妙な男と……お肉仮面と言葉を交わしはじめていた。

「でも、なんでそれが東京に? なんで、降ってくるの……?」

 お肉仮面はいい質問だ、と言わんばかりにコクコクとうなずく。

「はイ、先ほドも言イました通り、わタしがオ肉を呼んで、降らセテいるのデす」

 は……?
 なんだそれ……。

「わたシガ、お肉ヲ降らせてイます」

 はあ……?
 ふざけんな……ふざけんな。なんでそんなひどいことを……。
 海に捨ててるなら、そのままでいいじゃん!

 そんなわたしの気持ちを察したかのように、お肉仮面は悲しげに首を傾げる。
 赤黒い雲が近づき、びょうびょうと凄まじい音をあげていた。
 わたしはお肉仮面の瞳を見つめた。
 生肉の向こうで、黒い瞳が濡れていた。

「許セまスカ……戦争でいッぱいオ肉が生まレテ……それが捨てラレるなんテ……そンナノ、許せマスか……」

 お肉仮面は震えている。
 わたしは思わず唾を呑みこんだ。
 なにも言えなかった。

「わたシは許せナい、ダかラ」……とお肉仮面は続けた。

「せメて、あナタたちには、そノことヲ知っテもらいたかっタのでス」

「それで……」

 わたしも震えていた。

「それで、東京に肉を降らせているって……?」

 お肉仮面はうなずいた。
 わたしは叫んだ。


「ふざけんなーッ!」


 お肉仮面は、消えていた。

🥩

 そこからどうやってシェルターまで辿りついたのか、記憶は定かではない。

 避難指示が解除されました……。 
 そうアナウンスが流れる中、わたしはシェルターの扉を開けて外に出た。

 まぶしい朝日。
 その光に照らされて、街はルビー色に染まっている。
 あたり一面には血の海と、そこに浮かぶ肉塊。
 まるで空爆にあったかのように破壊された都市は、きれいにテラテラと艶めき、輝いている。 

 死と肉の臭いが漂う街は……しかし、とても美しものだった。

 許セまスカ……戦争でいッぱいオ肉が生まレテ……それが捨てラレるなんテ……そンナノ、許せマスか……

 脳内で、お肉仮面の言葉が木霊する。
 わたしは……



 あー、すきやき喰いてえな。

 そんなことを思った。

【おしまい】


電楽サロンさん主催、第二回お肉仮面文芸祭参加作品です!

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