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人類救済学園 第伍話「緊急生徒総会」 ⅱ

前回

ⅱ.

 新たなスポットライトが落ちた。そこに照らしだされたのは……少女だった。どこか幼さを残した顔立ち。白い制服を着ている。少女は緊張した面持ちで、あたりを見回した。

 鳳凰丸は促す。

「それでは証人、氏名と所属を」

「はい……私は童学瑠璃(どうがく・るり)。風紀委員。三年生です」

 雛壇上で、御影教王のホログラムじみた体が鼻白むように揺れ動いた。

「風紀委員……だと……? 出来レースも……いいところ……ではないか……」

 鳳凰丸はチラリと教王を一瞥し、しかし表情を変えずに続けて尋ねた。

「それでは童学瑠璃さん。あなたにお尋ねします。あなたは先代の風紀委員長、無畏庵宝厳(むいあん・ほうごん)を、よくご存じですね」

「はい。よく知っています」

「先代風紀委員長、無畏庵宝厳は僕の入学前……そこにいる金堂盧舎那によって退学させられた。そのことに、間違いありませんね?」

 童学瑠璃は、視線を落としてこたえた。

「はい、間違いありません……」

「ふむ……」

 鳳凰丸は大きくうなずくと、金堂盧舎那を見た。

「では金堂盧舎那、君にも尋ねよう。君は、先代風紀委員長を……」

 鳳凰丸の目が、ギラリと輝いた。

「校内暴力によって退学させた。その事実に相違ないな?」

「ハハッ」

 盧舎那は笑い、傲岸な態度を崩そうともせずにこたえる。

「その通りだが。それがどうした?」

「認めたな。では聞こう……君はなぜ、無畏庵宝厳を退学させた? その理由はなんだ?」

「ハ、ハ。実にくだらねェ質問……」

 盧舎那は心底つまらなそうに笑った。そして、さも当然と言わんばかりに言い放つ。

「説明する必要もない。俺は、俺の力を、俺が思うがままに振るう。ただ、それだけのことだ」

「……なんだそりゃ。全然答えになってないんだけど」

 あきれたように首を振り、鳳凰丸は再び、童学瑠璃を見た。

「それでは童学瑠璃さん、あなたに尋ねます。あなたから見て、無畏庵宝厳とは、いったいどのような人物でしたか?」

「彼女は……」

 童学瑠璃は悲しげにうつむいた。

「白い詰襟が似合う、美しい人でした」

「……なるほど。では、もう少し踏みこんで聞かせてください。あなたは、彼女のことを『憧れの人だ』と公言していたと聞きました。あなたは、彼女に対して好意を抱いてましたね?」

 雛壇上の蓮華三十三が呟く。

「ずいぶん、嫌なことを聞くね……」

 童学瑠璃は鳳凰丸の問いに素直にこたえた。

「はい、その通りです。彼女は私の憧れの人であり……恋人でした」

 その瞳は真っ直ぐだった。その言葉は強く、そして、凛とした響きがあった。

 スタジアムに沈黙が流れる。誰もが瑠璃の態度に感じいるものがあったのだ……あの御影教王ですら、身じろぎせずに鳳凰丸たちのやり取りを見守っている。

 鳳凰丸は生徒たちをゆっくりと見渡す。そして手を広げ、訴えるように言った。

「いかがだろうか、諸君! 今の話を聞いて、諸君は何を感じただろうか……ひとりの少女が憧れ、恋した白詰襟の麗人が、そこの金堂盧舎那によってまともな理由もなく退学させられた! なんたる理不尽か……そして!」

 鳳凰丸は手をあげる。その手の示す先。スタジアムの中空に、巨大なディスプレイが浮かびあがり、そこに、謎めいた円グラフが映しだされた。

「昨日、風紀委員を通じて諸君にアンケートを実施したのは覚えているだろう。『無畏庵宝厳とはどのような人物だったのか』、その結果は……こうだ!」

 ディスプレイ上、上位の回答が強調表示されていく。

「優しかった」という生徒が二割。
「美形」という生徒が三割。

 そして……。

「清廉潔白そのもの」と回答した生徒が四割。

「どうだろうか! この結果からも、無畏庵宝厳は生徒から慕われ、支持されてきた優秀な風紀委員長だったとわかるだろう! 金堂盧舎那、君はなぜ、彼女を退学させたのか? まさかとは思うが、この人気に嫉妬をした……だから退学させた、とでも言うのか……?」

 金堂盧舎那はあきれたようにただひとこと、

「……くだらねェ」

 とだけ言った。鳳凰丸はその態度を意に介さず、なおも畳みかける。

「では、あらためて証人に尋ねましょう。童学瑠璃さん、あなたの知っている本当のことを、どうか教えてほしい。無畏庵宝厳は……彼女はなぜ、退学させられたのですか? 」

 童学瑠璃は戸惑ったような表情を浮かべた。

「それは、わかりません……。あれは本当に突然で、災害のような出来事でした。あの日、唐突に、風紀委員の会合に……金堂盧舎那が乗りこんできたのです」

 その肩が震え、瑠璃は、抑えるように自分の肩を抱いた。

「恐ろしかった。本当に……。宝厳さんは、決死の表情で盧舎那に立ち向かっていきました。でも、敵わなかった。今でも私は……彼女の最期の瞬間を……」

 そう言いながら、顔を覆う。鳳凰丸は息を吐き、首を振った。

「実に痛ましい……」

 鳳凰丸は盧舎那を見た。

「これが事実なら、君は、とんでもない怪物だな」

 盧舎那は、フン、と鼻で笑う。

「……では、質問を戻します。童学瑠璃さん。彼女がなぜ退学させられたのかについて、あなたは何も知らない、ということで良いですね?」

「はい……」

「それは、本当に?」

「……?」

「本当に、知らなかった?」

 鳳凰丸の言い方にひっかかりを覚えたのか、童学瑠璃は首をかしげた。鳳凰丸はもう一度、繰り返した。

「本当に、無畏庵宝厳の退学の理由を、あなたは知らない? 本当に?」

「……はい」

「なるほどね」

 鳳凰丸は満足げにうなずく。童学瑠璃はその様子を不思議そうに見た。鳳凰丸はゆっくりと、再び生徒たちを見渡した。

「ここで諸君らに、あらためて見てもらいたいデータがある!」

 巨大ディスプレイに、今度は謎の折れ線グラフが表示された。

「これは学内で発生した、犯罪的事案件数の、年ごとの推移を示したものである! よく見てもらいたい。例年、数十件ほどで推移していた数字が、直近ではストンと落ちていることがわかるだろう。無畏庵宝厳が風紀委員長となって以降だ。つまり、彼女の就任によって、学園の治安は極めて良くなっていた、という事実を示している。さらに!」

 犯罪的事案件数の折れ線に重なるように、新しい折れ線が表示されていく。その折れ線もまた、似たような推移を示している。

「これは退学者数の年ごとの推移だ。これもまた、近年の減りが著しい……激減と言ってもいいだろう。当然、これも彼女の就任以降であり、彼女が、いかに優秀な風紀委員長だったのかを示すものだと言えよう!」

 生徒たちの間にどよめきが起きた。童学瑠璃は生徒たちを見回し、誇らしげな表情を浮かべる。そして鳳凰丸は……そんな彼女を見ていた。

 瑠璃はその視線に気がつく。そして、固まった。なぜなら彼女を見る鳳凰丸の眼差しは……凍えるように冷たかったからだ。

 鳳凰丸は、

「諸君、だが結論を出すのはまだ早い」

 手を振りあげ、

「これを見よ!」

 再び、巨大ディスプレイを指さした。そこに、ふたつの折れ線に重なるように、今度は棒グラフが現れていく。その棒グラフは、折れ線グラフとは逆の推移を示している……つまり、件数が少ない状態から、近年になって何かが急激に上昇している……。

 鳳凰丸は、冷たい眼差しのまま瑠璃に告げた。

「これが何か……童学瑠璃、あなたは知っているはずだ」

 瑠璃は、少しムッとしたような表情で反応した。

「意味が、わかりませんが……」

 スタジアムの空気が、雰囲気が、なにか変わりはじめていた。雛壇の上で、九頭龍滝神峯がペストマスクを左右に振りながら呟く。

「なんだ? なんか様子が変だね~」

「なにが、起きている……?」

 御影教王がうめいた。

「…………」

 極楽真如は、険しい表情で鳳凰丸を見つめている。その視線の先で、鳳凰丸は、童学瑠璃に冷たく言い放った。

「あなたが言えないのなら、僕がかわりに言おうじゃないか」

 その体から、冷気にも似た何かが立ちのぼってゆく。その緋色の髪が、かがり火のように揺れ、そして。

 ……鳳凰丸は告げる。

「これは……行方不明となった生徒たちの数だ」

 童学瑠璃の顔が蒼白となった。スタジアムを埋め尽くす生徒たちが、異様な状況にざわつきはじめる。

「ずっとゼロだった行方不明者数が、無畏庵宝厳の就任以降、三十二名も発生している。これは異常な数字だ。これはいったいなんだ! 童学瑠璃。あなたは知っているはずだ。彼らがなぜ、行方不明になったのかを!」

 童学瑠璃は、歯をガタガタ言わせ、震えはじめた。

「知らない……知らない! 私は何も知らないッ!」

 鳳凰丸は……

「金堂盧舎那、これが、」

 ゆっくりと、その冷気漂う体を盧舎那へと向けた。その顔には……微笑みが浮かんでいた。

「君が無畏庵宝厳を退学させた、本当の理由だね」

ⅲに続く


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