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人類救済学園 第弐話「校内暴力」 ⅴ

前回

ⅴ.

 それはまるで、獣の咆哮だった。

 ドッドッドッ、ドゥルルルン。
 ドッドッドッドッ、ドゥルルルン!

 振りあげられるチェーンソー。ドゥル! それを、疎水南禅は頭上で旋回させた。ドゥルルル! チェーンソーの回転刃は空気を焦がし、陽炎のような灼熱旋風をつくりだしていく。ドゥル、ドゥルル! 照らしだされた南禅は笑っている……猛々しく、荒々しく。ドゥル、ドゥルルルン! 狂った獣のように吠え声をあげ、チェーンソーは、鳳凰丸へと振りおろされる!

 鳳凰丸は戦鎚を振りかぶっていた。限界まで体をひねる。渾身の力で振りあげる! 激突! 金属音とともに、壮絶な火花が散った。「くッ」鳳凰丸は顔をしかめる。膂力ではあきらかに南禅が勝っている。鳳凰丸は弾かれるように、たたらを踏んで後ずさる。

「フン」南禅の口の端が歪んだ。チェーンソーは再び旋回。同時、南禅は踏み込む。灼熱の軌跡を残しながらの横薙ぎ。鳳凰丸は戦鎚の端と端を持ち、縦に構え、それを……受ける!

 再び激突! まるで、檻のなかの獣が荒々しく牙を突き立て、鉄の格子を食い破り、こちらに迫ろうとするかのように。荒れ狂うチェーンソーの刃が、狂おしい回転を繰りかえし、戦鎚に食らいつく。激しく散る火花。壮絶な鍔迫り合い。

「なあ……」散る火花の向こうから、南禅は身を乗り出すように、鳳凰丸に顔を近づけた。その端正な顔が、野蛮な笑みに歪んでいる。

「裁こうとしたお前自身が、今から捌かれるわけだが。なあ、どんな気分だ? あァ?」

 散る火花を映し、その右目……サファイアの義眼が怪しく輝いていた。鳳凰丸は問いにはこたえない。決死の力を振りしぼりながら、「はは……」と、無理矢理な笑みを浮かべた。

「君、手慣れてるんだね……学園の庶務って、こういう仕事なんだっけ……ッ」

 押し負けはじめている。鳳凰丸の上半身が徐々に後ろに倒れていく。火花が、その顔に降りそそいでいく。

「フン。庶務としての雑務だ……お前みたいな、不良生徒の排除はな」

「ああ……そう、ですか……ッ!」

 鳳凰丸は脱力し、回転。南禅の力を受け流す。体勢を崩し前のめりになりながら、南禅は目を見開いていた。その顔面には迫っている。遠心力を乗せた鳳凰丸の肘打ちが。「……やるな」南禅は呟いた。その頬に肘がのめりこみ……直後、南禅の体は地面へと叩きつけられる。

 だが、攻防はそれで終わりではない。「……ッ」鳳凰丸は顔をしかめ、そのまま前方へと回転。その体の上を、二本のジャグリングナイフが通過していく。前転から立ちあがるのと同時。鳳凰丸に向けて煌めく刃は、まるで狂った蜂の群れだった。三本、四本、五本、六本、七本と、さらに立て続けに、ジャグリングナイフが飛来する!

「息つく暇も、ない……ッ!」

 鳳凰丸は戦鎚をバトンのように回転。甲高い音をたてながら、ジャグリングナイフを弾いていく。

 しかし。「!?」それは完全に物理法則を無視した動きだった。弾かれ、宙を舞ったナイフは空中で停止。そしてそれ自体が意思を持つかのように、くるり。その切っ先を鳳凰丸へと向け……再び殺到する。

 鳳凰丸は戦鎚を振るい、弾く、弾く、弾く! ナイフは舞い、静止、再び殺到。「くそッ」さらに、弾く、弾く、弾く……それは、鳳凰丸をも欺く巧みな動きだった。単純な直線運動の連続。うち一本が緩やかな円軌道を描いたことに、鳳凰丸は気づくことができない。

「あぁ……ッ」

 鳳凰丸は吐息のような悲鳴をもらした。その背には、突き刺さるジャグリングナイフがある。血があふれた。その白い詰め襟が鮮やかな深紅に染まっていく。その姿をナイフの主……八葉蓮寂光は、ひらきっ放しの瞳孔で、ぎょろりと見つめている。

「あなたの動き、言葉……体温呼吸数心拍数まばたきの数出血量発汗量悲鳴の数吐息の音匂い……すべて、記録してる」

 寂光はジャグリングを繰り返していた。スカートの下。太もものホルダーからナイフを取り出す。投げる。くるくると回転し、ナイフは宙を舞う。懐から速記帳と筆を取り出す。速記帳に記録。再び懐へ。宙に舞ったナイフを受け止める。投げる。懐から速記帳と筆を取り出す……その目にも止まらぬ素早いジャグリング動作には、書記としての速記も含まれている。

「安心して。あなたの退学への軌跡、あなたの想い。最後の言葉。すべて、わたしが残してあげるから」

「………!」

 うめく鳳凰丸に、なおもナイフは殺到。さらに……ドゥルルルン! 背後で、再びチェーンソーの吠え声。

「ぎゃはッ!」

 鹿苑は玉座から身を乗りだした。その顔を歪め、鳳凰丸を指さし嘲う。

「おお、おお、痛い。痛い! 痛いよなァ~。だがよォ、妙だなァ。あの盧舎那にボコられてさえ、無傷だったてめえが。なんで痛い痛いしてんだァ? ぎゃはは!」

 鳳凰丸の白磁のような顔が苦痛で歪む。跳躍、身をひるがえしてナイフを、そしてチェーンソーを回避。

「ぎゃはは! わかってンだぜェ~。ちゃんと調べはついてんだ。盧舎那を逮捕したあの日! 保健室に担ぎこまれた風紀委員が十名いたなァ……それで、あたしはピンと来た。ようするにてめえはッ!」

 前転。飛び交うナイフをかわしながら、鳳凰丸の口からは「くそ……ッ」という言葉が漏れていた。鹿苑には……バレている!

「権能を使ったな? 自分のダメージを部下に押しつけたな? 最低だなオイ! 呆れたブラック野郎だよてめえは! 信じられねェ人非人だ! 人でなしだ! まあだが、権能を使えない今のてめえは、ただのガキだがなァ! ぎゃは!」

 そうだ。今はどのような攻撃も、鳳凰丸にとっては致命となり得る。だから、鳳凰丸は……

「うあぁッ」

 叫び、戦鎚を振りあげ、駆けだす。その先には……ジャグリングを繰りかえす寂光がいる!

「意味ないから」

 そう呟く寂光の周囲には浮遊していた……十数本……いや、二十本、いや、三十本は超えている! 不気味に煌めき、鳳凰丸へと切っ先を向ける無数のジャグリングナイフ。

 鳳凰丸は笑った。鳳凰丸は覚悟を決めていた! このナイフ群を突破し、寂光の背後……荊の壁を背にする。攻め手を制限し、凌ぎきる。そこに活路はある。凌ぎ続ければ。いずれ風紀委員たちが……あるいは救世くんが……駆けつけるに違いない。希望的観測。いや。もはや、それしか。「僕は……」

 鳳凰丸は叫んだ。

「この死中に活を……在学への道を、つかむ!」

 駆ける。

 景色が流れていく。飛ぶように。自分の足が作りだした景色とは、到底思えなかった。その速度はまるで、疾風だ。

 見えてくる。

 丘の上。取り囲むように、赤い制服を着た美化委員たちがいる。その先にはそびえている。牢獄のような、高い荊の壁。

 心臓が高鳴る。

 怖くはなかった。
 ただ、高揚感だけがともにあった。

 俺にはできるはずだ。
 今の俺には。

 今の俺ならば。
 必ず、できるはずだ。

 それは鳳凰丸が叫び、駆けだしたのと同時。

「なんだァ……?」

 鹿苑は顔をしかめた。美化委員たちの喧騒が聞こえる。鹿苑は玉座の上から、荊の壁の外を見た。「……?」そこには少年がいた。美化委員たちをなぎ倒し、駆け抜ける、ひとりの少年──。

 少年は跳躍する。
 その瞬間、超自然の声が轟く。

『さあ、行くのです! 運命とは、最もふさわしい場所へと君の魂を運ぶのだから!』

 鹿苑は目を見開き、うめいた。

「な……この声は」

 翔んだ。高く高く。少年の跳躍は荊の壁を遥かに越えている。講堂の煌めきを背にして、宙で華麗に身を捻る。その胸元には、神秘のアミュレットが輝いている。アミュレットは、超自然の声を轟かせる!

『掲げよ、叫べ、そして吠えるのです! 君の魂の咆哮を、この世界に轟かせるのだ!』

「はい、半跏思惟さんッ!」

 少年は……櫻坊は、伸身宙返りのさなか、アミュレットをつかみ、掲げていた。

「力を……図書の叡知を、無限の力を僕に! 鳳凰丸さんを護り、戦う力をッ!」

 アミュレットから光があふれる。それは叡知を示す紫の光だ。光は線となり、うねり、そしてその光の中を迸るように、続けてアミュレットからあふれだしたのは……膨大なる紙片の渦だった。

 紙片。

 それには記されている。人類救済学園の図書館に眠る、無限の知識。櫻は光に身を委ねるように脱力し、頭から落ちる。その体の周囲を取り巻くように紙片が旋回し、集まり、閃光に包まれ……そして!

「なんだと……!」

 鹿苑はうめいた。鳳凰丸もまた驚き、目を見開いてその背中を見た。眼前。鎧をまとい、矛を手にした少年が、鳳凰丸を護るように立っている。

 その鎧には……くまなく文字が書かれていた。知恵の鎧、書物の鎧だ。その手に持つ矛にもまた、びっしりと文字が刻まれている。書物によって形成された、知恵の矛だった。そして……。

 鳳凰丸に殺到したナイフは、すべて一瞬にして、粉々に打ち砕かれていた!

 少年は矛を振りかざし、そして構える。

「一年、風紀委員、櫻坊!」

 頼りなかったその顔は、凛々しい戦士の顔となっている。

「風紀委員のひとりとして! 俺は、鳳凰丸さんとともに戦うんだッ!」

「君……、君……!」

 鳳凰丸は……目を輝かせた。


 櫻の胸元ではアミュレットが明滅している。アミュレットはささやき続けている。そのささやきは、櫻にも、鳳凰丸にも、誰にも聞こえてはいない。

『……明日、また明日、また明日と、時はゆっくりとした足取りで、この世界の最後に辿りつく。すべて昨日という日は、愚か者どものつまらぬ死への道を照らしてきた。消えろ、消えろ、はかない灯火。人の一生など、歩いていく影法師。あわれな三文役者だ……』

第参話に続く

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