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人類救済学園 最終話 「平等院鳳凰丸」 ⅰ

前回

ⅰ.

「さあて、いよいよ。ついにクライマックスだね」

 六波羅蜜弁財は、んふふ、と笑った。

 ふたりだけだった。
 ふたりだけ……たった、ふたりだけが残っていた。

 体育委員長、保健委員長、図書委員長、美化委員長……幾人もの生徒が闘い、傷つき、退学していったこの回廊で。今、立っているのは、このふたりだけだった。

 平等院鳳凰丸。
 そして、夢殿救世。

 ふたりは向かいあう。
 すべての決着をつけるために。
 己が信じる、結末へと向かうために。

 鳳凰丸は涙を拭った。戦鎚を握りしめた。
 そして、しっかと救世を見据え、言った。

「ケリをつけよう……救世くん」

「ああ……」

 救世はうなずき、刀を構える。
 刀からは、叢雲のような闇がわきだしている。
 救世の眼差しは冷たく、そしてその言葉も凍えるように冷えていた。

「俺と一緒に退学してくれ……鳳凰丸」


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人類救済学園
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最終話 「平等院鳳凰丸」


「いったい、なんなんだ……」

 鳳凰丸は顔をしかめてうめく。
 その手の戦鎚から、緋色の閃光が迸る。

「なんなんだ、君はッ!」

 次の瞬間、鳳凰丸は救世の眼前にいた。凄まじい煌めきとともに、その戦鎚が振りおろされていく。救世は残影をともない、それを回避。床が破砕され、破片が舞うなかで、鳳凰丸は即座に身を捻る。救世はすでに、その背後へと回り込んでいる。

「鳳凰丸……」

 救世の顔が苦悶に歪んだ。その心にあるのは葛藤と躊躇。しかし……常に研鑽を積み重ねたその体は、意思とは関係なしに動いている。横薙ぎに、致命の一刀を放っている!

 ドクン。

 鳳凰丸の鼓動が跳ねた。まるで世界がネガポジ反転したかのような奇妙な感覚のなかで、そして時がコマ送りのようにゆっくりと流れていく感覚のなかで。

 鳳凰丸は、救世を見つめていた。
 救世の顔は苦しそうに歪んでいる。

 ああ、君は。
 本当は、僕を退学させたくないんだね。

 鳳凰丸は苛立つ。

 そうであるのなら、なぜ。

 そうであるのなら、なぜ。
 そうであるのなら、なぜッ!

「他の皆にも、その気持ちを抱こうとしなかったんだッ!」

 致命の一刀は鳳凰丸へと届こうとしていた。
 鳳凰丸は、それを戦鎚で受ける。

 そこからの動きは、まるで、流れゆく清流のようだった。刀を受けた鳳凰丸の戦鎚は、優美な弧を描いていく。救世の闇すらも優しく包みこみ、受け流してそらす。闇が流れ、救世もまた体勢を崩し、そして、救世は見ていた。

 鳳凰丸はその身をひねり、旋回していく。受け流した闇をその体にまといながら……その姿は、異常なほど美しく、舞いを思わせた。

 それは壮絶なるカウンター技だった。対象の技が強力であればあるほど、それは倍の威力となって相手へと返っていく。

 鳳凰丸はその技の名を叫んだ。

 倍 返 し だ !

 救世は微笑む。

 鳳凰丸。

「やはり貴様は、眩いな」

 その脳天へと、鳳凰丸の緋色の閃光が振りおろされていく。

「救世……くん……ッ!」

 もはや結末は見えていた。救世の頭蓋が爆ぜ、救世は退学していくだろう……だが刹那。救世の微笑みはやんでいた。瞳だけが冷たく輝き、そして、残影を伴う動きでその秘技は繰りだされていた。

「……暗夜凶路

 刀が閃く。

 キンッ。

 それはひとすじの闇の煌めき、そして、冷たい金属音だった。鳳凰丸は目を見開く。時が止まったかのようなその瞬間、鳳凰丸は見ていた。戦鎚の柄が切断されている。そして鎚頭が……くるくると宙を舞っていた。

 救世はそのまま、流れるように刀を上段に構える。そして振りおろす。機械を思わせる正確無比な動き。「う……」鳳凰丸がうめく。救世は刀を振りおろした姿勢のまま、その目を見つめた。

 静寂が流れる。そして。

「ああ……ッ」

 鳳凰丸の喘ぎ。その体から、袈裟懸けに血が吹きだしていく。瞳からは輝きが消え、膝からガクリとくずおれていく。救世は……刀を納めた。

「完全なる武器破壊、それが暗夜凶路……我が切り札だよ、鳳凰丸」

「う……あ……」

 喘ぎ、うめこうとする鳳凰丸に、救世は静かに告げる。

「もういい……もう、何もしゃべるな」

 倒れ、血の染まった床の上で鳳凰丸はもがいていた。救世はその傍らにしゃがんだ。そしてその手をそっと握る。鳳凰丸の目を、じっと見つめる。

「俺は、今からこの学園を滅ぼす」

 その言葉には静かな決意が込められていた。救世は顔をあげ、回廊の最奥、床に描かれた円陣を見つめながら言った。

「鳳凰丸……あの円陣は門なのだ……この学園世界と、外の世界とを結ぶ門……そしてその彼方には、俺たちを学園に封じこめ嘲笑う、神を気取った連中が棲まう、地上世界もあるのだ」

 鳳凰丸はうめいた。

「地、上……世界……?」

 救世はうなずく。

「そうだ。俺は今からこの回廊へと講堂を落とす。その発生した運動エネルギーを、円陣を通して流しこむ。その力は、地上世界にも到達するだろう」

 救世は冷たく笑みを浮かべて続けた。

「待っていろ……! この地獄をつくりだした連中ども。俺はやってやる……貴様らが後生大事にしているこの学園を滅ぼし、永劫の連鎖を断ち、そして、貴様らの世界にも牙を剥いてみせる……」

 ふっと、救世の表情が和らいだ。その目は再び鳳凰丸を見つめていた。救世は喘ぐ鳳凰丸の頭を撫ぜ、

「だから少しだけ、待っていてくれ。鳳凰丸……」

 優しく微笑む。

「貴様とはこの場所で出会い……そしてそこからすべてが動きだした。俺は宿願を果たすことができる。皆も、この地獄から救うことができる……すべて、貴様のおかげだよ、鳳凰丸。こうして再びこの場所で、貴様とふたり、終わりを迎える……運命を感じるな……」

 救世は立ちあがった。

「ありがとう、鳳凰丸」

 その顔には悲壮さと、達成感とがアンバランスに浮かんでいる。

「どうかそこで見届けていてくれ、俺の、最後の……」

 救世は、円陣へと向けて歩いていった。

「待て……ッ」

 鳳凰丸はかすむ目でその後ろ姿を見つめながら、震える手を伸ばした。

「待てよ……ふざけるな……ッ」

 ふざけるなよ……。

「救世……ッ」

 その視界が暗くなっていく。
 震える手が、ゆっくりと床へと落ちていく。
 そして……。

 その手を、誰かが握りしめた。

「……?」

 それはあたたかい。
 とてもあたたかい、小さな手だった。

「へへ……ごめんね。ボク、完全に足手まといだったね……」

 鳳凰丸は、声の主に喘ぎながらこたえていた。

「九頭……龍、滝……さん……」

 いつの間にか、鳳凰丸の傍に九頭龍滝神峯が這い寄っていたのだ。その声音はかぼそく、弱々しく、彼女もまた退学寸前だと感じさせた。

 だからこそ、神峯は。

「もう、ボクはダメみたい。だから、せめて、ボクから」

 強く、その手を握りしめた。

「ボクから、キミに……」

 ドクン。

 鳳凰丸の鼓動が強く拍動する。その体に熱い何かが流れこんでくる。それは……神峯の生命の力だった。保健委員長としての権能を使い、その生命を鳳凰丸へと注ぎこんでいく。

 ああ……。

 鳳凰丸は、急速に回復していく。その全身に刻まれた傷がふさがっていくのを感じていた。体に、力が漲っていくのを感じていた。しかしそれは、それが意味することは、つまり……鳳凰丸はとっさに身を起こした。

「神峯……!」

 そこには力なく横たわる、神峯の微笑みがあった。

「へへ」

 神峯は、そのアルビノの瞳を細めて、精一杯の笑みを浮かべた。

「鳳凰丸ちゃん、あとは、任せた、よ……」

 そして神峯もまた……退学していった。

ⅱに続く

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