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人類救済学園 第壱話「嵐を呼ぶ少年」 ⅲ

前回

ⅲ.

 はしゃぐ鳳凰丸を押しのけ、救世は言った。

「では、行こうか」

 二人はテラスから、校舎へと続く沿道に降りていく。沿道には見あげるような木々が植えられている。さらさらとそよぐ木漏れ日が、優しく二人の顔を照らしだしている。

「……というわけで、教師による授業は学園生活の三分の一にすぎん。残りの三分の二は、生徒による自主的な活動の時間ということになる」

「ほうほう」

 鳳凰丸はきょろきょろと首をめぐらせた。おおぜいの生徒たちがいる。黒い詰め襟の生徒。赤い詰め襟、紫の長衣。鳳凰丸と同じ白い詰め襟。それから、緑、橙、黄、青……。いろとりどりだ。

 生徒たちはみな授業に参加するでなく、談笑したり、清掃したりで、てんでバラバラに過ごしている。沿道から見える校庭にも、運動したり、組手をしたりの生徒たちがいた。鳳凰丸は不思議そうに首をかしげた。

「なんかさあ……」

 救世はうなずいた。

「うむ。貴様の言いたいことはわかるぞ、鳳凰丸。一見、自由に見えるが、なぜだか秩序があるように見える……そうだろう?」

 鳳凰丸はブンブンと首を縦に振った。

「そうそう、それそれ!」

「ふむ。貴様の気づきは正しい。おのおのが勝手に動いているように見えて、実はそうではない。学園には守るべきルールがあり、秩序があるのだ」

 救世はもったいつけるように咳ばらいをした。

「学園則第一章、第一条。『人類救済学園は、人類の救済に資する人材を育むために存在する』……これこそが、われらが守るべき第一のルールだ。貴様の記憶にも、刻まれていることだろう」

「うん、学園則は憶えているよ」

 鳳凰丸はそう言いながら、再び周囲を見た。

「ルール、そして秩序かあ……」

 間違いなくそれらは存在していた。上空から降りそそぐ講堂の柔らかい光のように、目に見えないルールと秩序とが学園中に浸透し、充満し、生徒たちを律しているのがわかる……。

「いずれ、貴様も理解するだろう」

「ふぅむむ……」

 鳳凰丸は腕を組み、考えこむように首をかしげた。が、すぐに……「おや?」と、顔をあげた。進行方向。沿道の先が、陽炎のように揺らめき、赤く染まっているのが見えた。

「ん~?」

 目をすがめた鳳凰丸の視界のなかで、その赤は少しずつ膨らみながら近づいてくる。それは徐々に鮮明になっていき、やがて、はっきりとした輪郭が見えはじめた。

「なんだなんだ!?」

 それは、生徒たちだった。真っ赤な詰め襟や真っ赤なセーラー服に身を包み、一糸乱れぬ行軍のように、整然とこちらに向かってきている……。

「おい」

 救世は鳳凰丸の袖を引っぱった。「え、なになに?」と驚く鳳凰丸を引っぱりながら、そのまま沿道の脇へとひきさがる。そんな二人の前を、赤い一団は通りすがり……ごくり、と鳳凰丸が唾を飲みこんだその目の前で……止まった。

「なになに、なんなの……?」

 鳳凰丸は目をぱちくりとさせた。その横では、救世が威圧するような眼差しで集団をにらんでいる。

 一陣の風が吹き抜けた。

 二人と、赤い集団との間に砂ぼこりが舞いあがり、「なあ~、副会長ォォ……」と、ドスをきかせた少女の声が響き渡る。鳳凰丸は声の主を見た。「んん……」一見すると、美しく気品のある少女だったが……

 その身にまとうのは鮮血を思わせる真紅のセーラー服であり、髪もまた血のように赤い内巻きボブで、顔には残忍そうな笑みをたたえ、そして何よりもその眼には白目がなく、紅蓮一色に染まっている!

「ひええ……」鳳凰丸は震えた。

「なんのようだ、美化委員長」

 救世が少女に問うた。少女はせせら笑うような態度で、鳳凰丸たちが歩いてきた方角を指さした。その先には二人が降りてきたテラスがあり、そこからは彼方に向かって鳳凰丸たちが出てきた神殿のような回廊がのびている。少女は口を開いた。その口元は嘲るように歪んでいた。

「はあ~、くそだりぃなあ~。聖なる入学回廊、今から清掃なんだわ。てめえらが汚しちまった可能性があるからなあ~」

 フン、と救世は鼻で笑った。

「くだらん……汚すわけがない」

 ハン。少女はバカにしたように嘲った。

「あ~、あ~、そうかねえ~。そうだといいがなあ~」

 その眼が、ちらりと鳳凰丸を見た。

「でもよォ、そこのお坊っちゃん。パニクりお漏らし野郎、って顔してるよなあ? 入学でパニくって、お漏らし、してねえといいんだがなあ~。ぎゃは」

 ギャハハハハハハハハ!

 赤い集団はけたたましく笑った。爆発するような嘲りだった。そしてひとしきり笑うと、そのままテラスへと向かって去っていった。

「え、え、なに今の。怖……」

「あれは美化委員長、鏡鹿苑(かがみ・ろくおん)だ」

「美化委員長……」

「ああ見えても十二人いる生徒会役員の一人だ。そして、あの取り巻き連中は美化委員……気をつけろ、過激なやつらだ」

「十二人いる生徒会役員……」

 そう呟きながら鳳凰丸は目をつむった。
 記憶が閃き、瞬いていく。

 人類救済学園の生徒会役員……それは、学園の絶対的権威だ。生徒会長である金堂盧舎那(こんどう・るしゃな)、副会長である夢殿救世……二人を頂点として、その配下である生徒会執行部には書記、会計、庶務、広報の計四名が属し……そして、独立した委員……保健、学習、体育、図書、美化、風紀。それぞれの長が六名。合わせて総勢十二名で構成されている……。

「僕も、その一人」
「そうだ」

 救世は首肯した。

「役員全員、いずれも只人ではない。だから……」

 救世は再び歩きだした。

「せいぜい、もめごとは起こさぬことだ」
「ふーむ」

 鳳凰丸は腕組みをして、再び考えこむように首をかしげた。その目の前を、白い詰め襟を着た二人の生徒が通りがかった。

「むむ……」

 鳳凰丸は片眉をあげて彼らを見る。二人は立ち止まり、直立する。鳳凰丸が片手を挙げて会釈をすると、彼らはうやうやしくお辞儀を返してきた。

「……なるほど」

「どうした?」

 救世は振りかえった。鳳凰丸はなにかに納得したように、うんうんうん、とうなずいている。そして……遠くを指さした。

「救世くん、僕、あそこに登ってみたいな」

 そこには、小高い丘があった。

ⅳに続く

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