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人類救済学園 最終話 「平等院鳳凰丸」 ⅲ

前回

ⅲ.

 ゆっくりと、救世の体が倒れてゆく。鳳凰丸にもたれかかるように倒れる彼を、鳳凰丸は、迎えいれた──抱き締めるように。そして救世の重みにくずおれて、ふたりは、お互いを支えあうように膝をつく。

 静かだった。

 静寂と闇。
 救世の血と、脳漿の匂い。
 救世の体温。
 救世の呼吸。
 そして、救世の鼓動。

「はは、やはり貴様は……凄いやつだった……」

 そう、救世は言った。

「はじめて会ったときからわかっていた……貴様は誰とも違っていた……貴様は……眩しかった」

 救世の暖かい吐息を途切れ途切れに感じながら、鳳凰丸は、その体をそっと抱き締める。

「運が……良かっただけさ」

 救世は深くため息をついた。鳳凰丸の肩にあごをのせた状態で、救世は静かにささやいていた。

「俺は、なんなんだろうな……俺は……」

 俺は……愚かで、みじめだ。

 そう言おうとした救世を、鳳凰丸は遮る。

「君は」

 鳳凰丸は、優しくその腕に力を入れた。救世の鼓動が弱まっていくのを感じる。少しずつ、確実に。その体から温もりが失われようとしていた。

「君は、夢殿救世だよ。それ以外の誰でもない。何度卒業しようが、何度入学しようが……君は、僕にとっての夢殿救世だ」

 ああ、と救世は声をあげた。そしてその口は……ありがとう、と動いていた。

 ふたりだけの時間だった。

 最後の、ふたりだけの──

「なあ……」

「なんだい、救世くん……」

「貴様と……はじめて出会ったあの日……回廊で……俺の背後で……貴様は、くすくすと笑っていたな……」

「ああ……そういえば、そんなこともあったね……」

「あれは……なんだったんだ……?」

「え? あはは……」

 鳳凰丸は笑った。

「今、それを聞くんだ?」

「ずっと、気になっていた……」

「あはは……そうなんだ……、救世くん、君ってやつは……!」

 鳳凰丸は悲しく笑う。

「あれはね……なんだかおかしかったんだよ。君はすごく堂々としていてさ。とても立派に見えた。でも、よーく見たら……さりげなくオシャレじゃんって……そのギャップがなんだかおかしくてさ……ただ、それだけなんだよ」

 救世もまた笑った。

「はは……そんなこと、だったのか……」

「そうだよ……そんなことだよ! なんで……なんでそんなことを、いつまでも気にしてんだよ……」

 救世は心底、安心したように呟いた。

「そうか、よかった……」

 救世の鼓動は、もう、ほとんど感じられない。鳳凰丸は話しかけ続ける。

「ねえ……あの時は楽しかったね。君はいきなり校歌をうたいだしたりなんかして」

「ああ……」

「それを見て、僕は思ったんだ……なんだかこいつ、面白いやつだなって。そして思ったんだ……僕はこいつのこと、けっこう好きかもしれないって」

「はは……」

「あはは……」

 ふたりは笑った。はじめて出会ったあの日。それはもう、二度とは戻ってこない瞬間だった。過ぎ去り、記憶のなかだけに残された、かけがえのない、鮮烈なひととき。

 やがて。

「……すまない」

 救世は振り絞るように声を出していた。

「すまない、鳳凰丸……俺は……俺に懐いている貴様を見て……まるで子犬のようだ……と、ずっと……ずっと思っていたよ……」

「え……なんだか酷いな……」

「だが……そうではなかった……」

 救世から流れる血が、ぬくもりとともに鳳凰丸の肩を濡らしていた。ドクン、と救世の鼓動。それはまるで、消えゆく火花のように。刹那の──。

 救世は言った。

「ずっと、甘えていた」

 鳳凰丸は、

「救世くん……ッ!」

 その体を強く抱き締めていた。
 救世は……虚空に吐きだすように。

「甘えていたのは……俺……だった」

 震えるように。

「貴様に甘えていたのは、俺だった……!」

 祈るように。

「俺は……俺は、貴様と……い……つ」

 そう言って、

「救世……夢殿救世ッ!」

 まるで蛍火のような、煌めく光の粒子に分解されて。そして鳳凰丸の腕のなかで,

「あぁ……ぅぁぁ……救世くん……救世……ッ」

 かき消えるように……退学していった。

次回、最終エピソード

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