罪喰らうけだもの
南雲星斗の死は美しいものだった。
夜の埠頭で係船柱に腰かけながら、如月凌馬はゆっくりと紫煙を吐きだした。星斗のアトリエで見た光景が、鮮やかに蘇ってくる。
アトリエにはオブジェがあった。オブジェはアクリル板で仕切られた高さ三メートルほどの正四角柱で、透明な合成樹脂によって満たされていた。そして固体化した樹脂の中には、人間大の塑像が浮かんでいた。
角が一本。
ぎょろりと一つ目。
巨大な顎と滑らかな体。
蹄のある四つ足。
魚のように跳びあがり、大きく身を捩った怪物の塑像。
だが何よりも息を呑んだのは……怪物の半身に埋もれるように、星斗自らが樹脂の中に沈みこんでいたことだった。凌馬の幼馴染であり、新進気鋭の造形家だった南雲星斗、その遺作。禍々しくも神々しい……凌馬は素直にそう思った。
紫煙とともに遺作のタイトルを呟く。
「告悔のけだもの」
星斗はドラッグに溺れていた。とり憑かれたように語りだすことすらあった。
──誰もが罪を抱えているのさ。腹を潰せば糞便が噴きだすように、人を潰せば罪が噴きだす。それはきっとどす黒くて、甘く切ない香りを漂わせて……。
その時、凌馬の胸ポケットが震えた。着信だ。凌馬は手にしていたハーブを投げ捨てメッセージを目にした。
DからRへ
ついに見つけた。埠頭四丁目X倉庫
凌馬は立ちあがる。足もとでゴキリと音がする。視線を落とすと、足の下には這いつくばる男がいた。波止場でからんできたチンピラ。凌馬は思い出したようにその頭を踏み砕き、体を海へと蹴落とした。
星斗の言葉には続きがあった。
──凌馬、お前は獣だ。罪が詰まった人ではなくそれを喰らう獣だ。俺は、お前になりたかった。
X倉庫。そこに集うのは裏世界の要人と占領軍の高官たち。夜な夜なドラッグが飛び交う退廃の宴を繰り広げているという。
凌馬はタンクローリーに乗りこみエンジンをかけた。タンクローリーには容積いっぱいに、液化した合成樹脂が詰めこまれている。
【続く】
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