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メソポタミアのボート三人男/高野秀行

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新たな脱力系本格派の冒険が始まる!! コンゴで怪獣を探し、ミャンマーでアヘン栽培に潜入し、ソマリアで独立国家を取材した著者が、メソポタミアの河下りを敢行する! 世界中の河を旅した…
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#探検

メソポタミアのボート三人男 第七回/高野秀行

【第六回】 3-3奇跡の聖地ムンズル  翌日、もう一つの支流ムンズル川を車で見に行った。こちらの川の上流にはアレヴィーの聖地があると聞いていたが、なにしろ、昨日のピュルミュル川で嫌と言うほど湘南的宇宙と軍事的緊張を見ていたから何も期待していなかった。  こちらも川沿いの道の入口には検問所があった。なぜか軍の兵士ではなく私服姿の警察が担当している。ただし彼らも防弾チョッキにヘルメット、自動小銃のフル武装だ。言うことも同じで、「知事の許可をとれ」。  前日と同様、「ただ見に行

メソポタミアのボート三人男 第六回/高野秀行

【第五回】 3-1 知られざるトルコ最大の「秘境」へ  川下り第一部を終えた私たちは、第二部の舞台へ移動すべく古都ムシュを出発した。向かうのは西へ車で約三時間(ざっと二百四十キロ)離れたトゥンジェリという町だ。  ムシュから離れるにつれ風景が変わってきた。緑が豊かだ。ポプラの木が風に揺れる。山の斜面も緑の草に覆われているところが多い。標高はユーフラテス川源流域(ムラト川流域)に比べると低いが、地形的にはかなりの山岳地帯。車は険しい坂を上り下りする。ごつごつした岩山の写真を

メソポタミアのボート三人男 第五回/高野秀行

【第四回】 2-3橋の下をたくさんの水が流れた・前篇  旅をしていると、日本人の自分が知らない地元の複雑な歴史に出会うことがままある。そんなとき、「橋の下をたくさんの水が流れたんだよ」というのが隊長の口癖である。なんでも開高健が著作の中でそう書いているとか。  おそらく、もともとはフランスの詩人ギヨーム・アポリネールの詩から来ているのだろう。「ミラボー橋の下をセーヌが流れ、われらの恋が流れる」という有名な一節だ。  どんなときに使うのかというと、古都ムシュのこんな一日に使

メソポタミアのボート三人男 第四回/高野秀行

【第三回】  2-1 ムシュで虫になる   私と隊長は二人とも腰痛持ちである。  私は三十歳ぐらいのとき、ミャンマー・ワ州のアヘン地帯に住んでケシ栽培を行っていた。といっても、朝から晩まで畑で草むしりするだけだ。それで腰を痛めてしまった。四十歳頃、慢性腰痛が悪化し、整形外科から整体、鍼灸、カイロ、怪しげな気功まで、ありとあらゆる治療法を試した末、水泳をすることで寛解した。ただし、前屈みの姿勢を長時間続けたり、同じく重いものを持ったり下ろしたりする作業を続けているとてきめん

メソポタミアのボート三人男 第三回/高野秀行

【前回】  1-4メン・イン・ブラックの惨劇  現代の川旅は不思議だ。その昔、世界中どこでも川は交通の中心であり、川辺は栄えていたはずだが、今、川は生活の文脈と何も関係がないから、どこに行ってもまるで宇宙人がUFOに乗ってポッと降りたような気持ちになる。なにしろコンビニも自販機も何もない。地方の川の上流部では民家すらめったにない。他の人たちと全く異なった経路で、理由もなくそこに到達するみたいなのだ。  しかるに、この宇宙人は間抜けで自分の位置が地形図でしかわからない。川は

メソポタミアのボート三人男 第二回/高野秀行

【第一回】  1-2 衝撃の出発  川下りはユーフラテス川源流部最初の町であるディヤディンから始めることにした。ここから下は舟で下れるだけの水量があるし、両側が切り立った渓谷のようになっており、雰囲気もいいからだ。  ディヤディンの外れに車を止め、川下りの装備を川原に広げる。  千頭もの山羊と羊の群れを連れた羊飼いの家族が二組、通り過ぎた。羊の数にも驚いたが、片方の家族にはイスタンブールの繁華街にでもいそうな、派手な絵柄がプリントされたスリムジーンズに白いTシャツを着たお

メソポタミアのボート三人男 第一回/高野秀行

プロローグ トリアーナの舟 「俺たちはトリアーナやな」山田隊長が厳かな口調で言った。 「鳥と穴?」  空を飛ぶ鳥も久しからず、おごれる者も穴に落ちるという平家物語以来の諸行無常という意味だろうか。そのわりに私たちは高々と空を飛んでいた記憶はなく、いつも穴に落ちてばかりだったような気がするが。 「ちがうわ。トリはほれ、トリコロールのトリで、三つのことや。三つのアナってことだ」  穴が三つ? 人を呪えば穴二つとかいう諺を聞いたことがあるが、三つ? 「アナクロ、アナログ、アナーキ