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. 07 唐突だが、作者の思い出話をしよう。 まだ作者が小説家になる前、二十代の後半だった。 定職に就いたことのない作者は、そのころ同棲していた最愛の人の稼いだ金で、日本中を旅行していた。 旅行といっても旅館なりホテルに泊まるわけではなく、オートバイのリアシートに寝袋や自炊のための携帯用ガスコンロなど簡易な所帯道具をくくりつけて走りまわる野宿旅行だった。 余談になるが、某作家が私に訊いた。 「萬ちゃんは、若いころは、野宿旅ばかりしてたんだろう?」 「うん
. * 霊岸島整備の巧みさや土木に関連する種々の功績で瑞賢は幕府の重臣にも知られ、重用されるようになった。 それには単に能力があるといったことだけではない理由があった。 芝増上寺で新たな鐘楼が拵えられた。ところが鐘が低い位置に吊られすぎていて撞くのに具合が悪い。 完成してから不具合がでたのだが、増上寺が威信をかけた巨大な青銅の鐘である。重量も尋常でない。 完成してしまった鐘楼には梵鐘吊りの大型の道具類も這入らない。裏甲などの屋根の部材がじゃまなのだ。
. 04 熱い。 熱い、熱い。 熱い、熱い、熱い。 頬が灼け、眼球が乾く。 「凄え火だぜ」 仁王立ちというには華奢な姿で、十右衛門は焔に向かって呟く。 火が出たのは午後二時くらいだったか。それまでの青空が一転して焦臭い煙に覆われてしまった。 太陽がさえぎられて昏くなったから、焔の危うい猛りがくっきりとわかる。 妻女が不安そうに十右衛門を一瞥する。 火勢は衰えるどころか、烈しく背丈を伸ばすばかりで、紅蓮が北西からの空っ風に煽られて迫りくるのだ