エア本屋・いか文庫の空想ブックフェア【第8回】 あなたの“推し″は何ですか?フェア
お店も商品も持たない「エア本屋」・いか文庫。
テレビにラジオに書店の棚に、神出鬼没のいか文庫が『小説すばる』誌上で開店しました!
第8回のフェアのテーマは「推し」です。
いか文庫 ◆ 商品もお店も無いけれど、毎日どこかで開店している「エア本屋」。店主(リアルでも書店員)と、イカ好きなバイトちゃん(ベトナム在住)、ほか3名とで、WEB、テレビなどで活動中。
店主 唐突ですが、バイトちゃんが「いか」以外に「推しているもの」ってある? いわゆる「推し」ってやつ。
バイトちゃん(以下、ちゃん) 揚げ春巻きですかねぇ。ベトナム、ハノイの!
店主 ベトナムっていうと生春巻きのイメージあるけど、揚げ春巻きなのか!
ちゃん 私が住んでいるハノイはベトナムの北部なので、揚げ春巻きやフォーのような麺料理や、鍋とかあたたかい料理もたくさんあるんですよ。
店主 へぇ〜! 暑いイメージが強かったから意外だなぁ。
ちゃん ところで、なぜ突然推しの話?
店主 あ、そうそう。実はね、最近ある「推し」にまつわる本を読んだんだよね。
ちゃん 推しといえば……アイドルの本でしょうか?
店主 いや、「土偶」です。
ちゃん ど、どぐう?
店主 そう、土偶。歴史の授業で、縄文時代に作られたって教わった、あの。
ちゃん 土偶をどんなふうに推しているのか想像がつかない! どんな本ですか?
店主 その名も、『土偶界へようこそ』です! ある時、ある土偶に出会ったことで土偶と縄文にハマって研究を続けている女性が書いてるんだけど、前後左右上下あらゆる角度からの写真と共に綴られた文章が、アツいのなんのって!
『土偶界へようこそ 縄文の美の宇宙』 譽田亜紀子(山川出版社)
ちゃん 正面からだけじゃなく、いろんな角度から写真を撮るというところがオタクの発想ですね。
店主 だよね。でも、著者の譽田亜紀子さん曰く、正面からだけじゃなく後ろも見ないと土偶の本当の美しさはわからないって。たしかに、この本を読んでいると「こんなふうになってるんだ!」って驚かされることばかりなのよね。
ちゃん ますます気になります!
店主 でしょ? 特に「大型板状土偶」という土偶の説明のところで、「この土偶、素敵な三角パンツをはいているように見えるではないか!」って書かれていたのを見たときは、「ほんとだー!(笑)」って、吹き出しちゃった。ニヤニヤ笑いながら読める本です。
ちゃん 土偶が三角パンツ……そう言われると、かわいく見えてきそう。
店主 他にも、ストレッチしてるみたいな土偶とか、掌にちょこんとのりそうなミニミニ土偶とか、読んでいるうちに私まで土偶推しになっちゃいそうな本です。そんなわけで今度のフェアは「推し」をテーマにしたいんだけど、どう?
ちゃん イカしてる! 「推しフェア」やりましょう!
店主 やったー! じゃあさっそく、2冊目はこちら。『美しい日本のくせ字』です!
『美しい日本のくせ字』 井原奈津子(PIE International)
ちゃん キレイな字ではなく、「くせ字推し」ってこと?
店主 そう! 手書きの文字にハマった著者の井原奈津子さんが、あらゆるところから集めまくったくせ字を紹介していくの。
ちゃん 表紙に載っている字だけでも、目がくぎ付けになります。まるっこい字やヒョロヒョロの線の細い字!
店主 もっとよく見ると、松田聖子さんの文字や、映画字幕の字なんかもあって、同じ言葉なのに字が違うだけでこんなに与えられる印象が変わるのか! って驚くよ。
ちゃん 私は字がキレイな人を見ると「素敵!」って思うのですが、著者の場合は「こんなくせ字を書くなんて、素敵!」って思うんだろうなぁ。
店主 うん。バイトちゃんの言う通り、そう思うみたい。最近はPCで打つフォント文字が定着してるから手書き文字ってあまり見かけないけれど、この本を読んでいると日常にある手書き文字が気になって、著者さんのように収集したくなってくるよ。
ちゃん 私はたまにベトナム人の大学生に日本語を教えているんですけど、彼らの書く日本語も味があるんですよ。今度ゆっくりノートを見せてもらおう。
店主 うわー! それは見てみたい!
ちゃん 写メ撮れたら送りますね。
店主 あとさ、ペットにも推しがあるじゃない? 犬派、猫派、みたいな。
ちゃん 本好きには猫派が多いイメージですね。
店主 うんうん、そうね、猫推しね。そんな、まさに猫推しの作家、西加奈子さんの短編『しずく』は、猫が主人公なんだよね。
『しずく』 西加奈子(光文社)
ちゃん 猫が主人公? どんなストーリーですか?
店主 とあるカップルが、お互いに飼っていた猫を連れて同棲をはじめて……。ってお話なんだけど、猫同士は、突然一緒に住むことになったもんだから、「あなた誰?」ってなっちゃって、喧嘩ばかりしちゃうの。で、その喧嘩の様子を含めた2匹の猫の様子が、作者の西さんも猫なんじゃ……?ってくらいリアルでね。
ちゃん 西加奈子さんの小説は、登場人物の鋭い視線にいつもハッとさせられますよね。一緒に住むことになった猫がどんなことを喋っているかなんて、私だったら考えようともしないかも。読むのが楽しみ。
店主 強く推しているからこそ、見えてくる世界がある気がするよね。猫の鳴き声も「にゃーにゃー」じゃない表現で書かれていて、自分には思いつかないなぁって感動するよ。バイトちゃんは、推しに関する本、何か思いつく?
ちゃん 店主からおすすめしてもらった左近洋一郎さんとカミムラ晋作さんの漫画『どくヤン!』を読みました。読書推し!
『どくヤン!』 左近洋一郎・カミムラ晋作(講談社)
店主 おぉ! 読んでくれたのね!
ちゃん なんの変哲もないごくごく普通の高校生が、地域でも群を抜くヤンキー校に編入したら……。ヤンキーたちはただのヤンキーではなく、読書をこよなく愛する活字中毒のヤンキーだった!! という物語。
店主 イカつい表紙からは、想像もつかない設定だよね。
ちゃん はい、最初読むのをためらいました(笑)。ヤンキーたちにはそれぞれ推しジャンルがあって。私小説ヤンキーとか、SFヤンキー、絵本ヤンキーに官能小説ヤンキーまで!
店主 絵はいかにもヤンキー漫画の画風だから、その見た目で大真面目に本を語る姿がまた面白いんだよなぁ。
ちゃん ヤンキーと読書って、限りなく遠い場所にあると思っていたから、そんな2つが組み合わさるのも新奇で。ヤンキーは情に厚いと言われるけど、本への共感度合いがすさまじいですよね。
店主 ほんとうに。ヤンキーだからこそのこの推しの強さなのかもしれないね。
ちゃん ちなみに私は、レシピ本ヤンキーが好きです! 一見、他の派閥に比べると地味なんだけど、古い本から現代の本まで読み込んできた彼の目には、猪さえも食材に見えてしまうところとか。唐突に「栗原はるみ先生!」と叫ぶところとか、笑っちゃいました。
店主 私は、恐怖小説ヤンキーのセリフに、おどろおどろしいフォントが使われているのに感心したよ。著者の徹底っぷりもすごい! って。
ちゃん くせ字本からの影響?
店主 言われてみたらそうかも! よし、じゃあ今回は、これらの本を並べて「推しフェア」ってことでいいかしら?
ちゃん はい! みんなの推しも気になりますね。
店主 気になる! 自分の推しと、それにまつわる本を紹介してもらって、SNS上で対決するのも楽しそうだね。
ちゃん いいですね! でも永遠に終わらなくなったらどうしましょう……。
店主 そ、それは困るな……。
ちゃん もうちょっと、考えてみましょうか。
店主 そうしよう!
※本記事は『小説すばる』2020年12月掲載分です。第9回は『小説すばる』2021年1月号誌面にて掲載予定です。(http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/)