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『ホテル・アルカディア』(石川宗生 著)書評 児玉雨子

『ホテル・アルカディア』(石川宗生 著)の書評を、作家・作詞家の児玉雨子さんに寄稿いただきました。

帯アリ

ホテル〈アルカディア〉支配人のひとり娘・プルデンシアは、敷地のはずれのコテージに理由不明のまま閉じこもっていた。投宿していた7名の芸術家は彼女を元気づけ、外に誘い出すべく、コテージ前で自作の物語を順番に語り始める。
突然、本から脱け出した挿絵が「別にお邪魔はしないさ」と部屋に住みつく「本の挿絵」、何千年も前から上へと伸び続けるタワーのような街を調査する「チママンダの街」など、21の不思議なショートストーリー。

話・話・話(順不同)

 ページ数も折り返しに差しかかったころか。もー! えぇ……バ、バーーーカ! といちど読む目と手を止めた。と言っても、バーーーカなのは従順すぎた読者であるわたし。行き場を失った悔恨を取り急ぎ放出したかったのだ。

 そして、ある言説を思い出す。中国人か韓国人か台湾人か、とにかく日本国籍以外の東アジア人が、安チェーン居酒屋でデザート・つまみ・ご飯もの・デザート・酒・つまみ(順不同)といったように、ほしいまま注文し飲食し帰ってゆき、それを見た語り手は深く感心した、といったこと。SNSか、それともまとめサイトか、すべてがざっくり曖昧な記憶なので、もはや事実から乖離した話。しかし妄言ではない。

 評を進めるが、この短編集、あるいは世界地図は、その東アジア人のように、どこから始めてもよい。わたしももっと、順不同でよかったのかもしれない。

 ただし本書は話たちをでたらめに漂流させているのではない。たとえば戯曲の体をなす「死生のアトラス」と短編「A♯」。様々なモノたちが語り合う前者の中には、B♭管クラリネットも配役されている(クラリネットにはA管とB♭管、それぞれのキーに合わせたものが存在する)。一方後者では、「悪魔の響き」とされたA♯の音が、発祥の地・小都市ブルーノートから全世界へ至るまで、いかにして祝福され愛されるようになったかが語られる。

 詩的な比喩でなく事実として、このB♭とA♯は異名同音だ。これだけじゃない。すべての音は異名を持っている。ひじょうに乱暴に説明すると、音はどこから弾かれるか、あるいは聴かれるかで名前が変わるのである。鍵盤を見ればわかりやすい。ラとシの間にある黒鍵は、ラからすれば半音上であり、シにとっては半音下である。名だけでなく音も別物だ、と主張する声もあるものの、あくまで教科書的に解釈すれば、の話。

 B♭管クラリネットと、「A♯」に登場するA♯にチューニングされたジョンのギターは、異なる様相でも同じキーに存在する。白鍵と黒鍵は極めて秩序立って並んでいるが、わたしにとってのB♭は、あなたにとってのA♯でもあって、どこから弾いてもよい。「てもよい」と、他者からの許諾がなかろうが弾いてもよい。

 そもそも、本書内での「アルカディア」こそ多義的だ。表題の通りホテルであり、実在する都市であり、野犬の巣窟であり、観光名所である。この順序もバーーーカらしい。時を戻してもういちど、放埒に読みたかった。

(初出:小説すばる2020年4月号)

児玉雨子(こだま・あめこ)@kodamameko
'93年神奈川県生まれ。作家、作詞家。ハロー!プロジェクトをはじめとしたアイドルや、アニメ・ゲーム楽曲を作詞。「月刊Newtype」にて「模像系彼女しーちゃんとX人の彼」連載中。


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