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ボクたちの冒険1/準備

ボクたちはツアー旅行に行ったことがない。だから旅はすべて自分たちで設計して準備する。ところで車で放浪の旅に出るのも見知らぬ異国に飛ぶのも2,3年に一度のこと,その間に環境は大きく変わるので,経験と言うものは役立たない。常に新鮮に初心者として準備に挑むわけだ。

さて時は世界的なインフレに円安が加速中である。この逆風の中,あえて個人旅行で北米に挑むツワモノがいらっしゃれば少しでも参考になるかと考え,準備の過程を細かく記録しておこうと思う。旬が過ぎた後はいい思い出となろう。


1.ESTA

アメリカのビザが電子化されたのはいつ頃のことだったろう。確か前回の旅もESTAを利用したが手順の記憶がほとんどない。とりあえず「ESTA 申請」と検索してアクセスしたサイトに身分情報を記入し始めた。項目はとても多いが作業は容易い。PCでの各種申請や申し込みは入力ミスのリスクを避けるために原則二人で行う。入力を終了し,クレジットカードで支払い画面になったところで二人揃って「え?」と声を出してしまった。請求額が$120となっている。日本円で18,000円ほどである。

「あちゃー(;^_^A偽サイトかよ」

どうやらESTAには偽の申請サイトがあふれているようだ。おそらく違法ではないのだろう。申請を「代行」する名目で営業として成立している。

それにしてもこのような偽サイトに騙される人がそんなにいるのだろうか。これだけ凝った本物そっくりのサイトを運営するだけの申し込みがあるとはとうてい思えないが,もしも請求額が$30だったらどうだろう。ずいぶんと高くなったものだと思いながらボクでも騙されたかもしれない。精算前に確認のため一度情報を送信するしくみになっていたら気づく前に情報を送ってしまうかもしれない。

いずれにせよ個人情報を徹底的に記入することになるので公式サイト以外で申請すべきではない。現在の申請費用は$21である。公式サイトの入力画面は偽サイトとほぼ同じで手間は全くかからない。

2.eTA

カナダのビザは6ヵ月以内の滞在ならば免除される。ただし空路で入国する場合は必要となる。意味不明である。今どき船で仕事や観光にやってくる人がそういるとは思えない。察するに次の二つのケースを免除対象と想定していると思われる。ひとつは国境を接するアメリカ北部から車でバカンスに訪れる富裕層,もう一つはナイヤガラの滝の観光客である。アメリカ側から滝にアクセスした場合,大多数の観光客が徒歩や観光バスでレインボーブリッジという国境の橋を渡りカナダ側の人気スポットを訪れる。いずれの場合もビザを免除して余りある収益が見込まれるというわけだ。

さて,ニューヨークからレンタカーで国境を越えようと計画しているボクたちも免除の恩恵を受けられそうだが,上記二つのケースには微妙にあてはまらない。そこで法務省東京出入国在留管理局を通して,英語と日本語のメールで問い合わせてみると日本語の方に返信があった。

3.チケット

9月,10月と北米への航空券は高い。直行便の相場は往復30万円を超えていた。乗り継ぎ便も25万円前後,清貧に甘んずるボクたちには予算オーバーである。エアトリの日付や条件を変えて探すうちに「エアチャイナ 羽田発北京経由JFK 往復15万円」を発見した。耳にしたことのない代理店だが口コミを見ると要のチケット予約そのものについて悪い評判は見当たらない。勝負をかけることにした。メールで運行状況を知らせてくるとか事前にオンラインでチェックインできていい有料座席を申し込めるとか帰国時の日程変更が可能だとか…入力過程に不安を煽る文章でオプションを勧められる。それらを全部申し込むとむしろ割高になりそうなほどである。代理店は超格安チケットで釣り、オプション加入で利鞘をを稼ぐものかと思われる。すべて断って最低価格のまま購入しても,即,航空会社の予約番号の入ったメールが届いた。唯一の問題はそのエアチャイナである。すなわち,

1. 中国人旅行客の機内マナーについて評判がよくない。
2. 福島第一原発の処理水放出で中国では反日感情が急速に高まっている。
3. 北京は方向が真逆なので飛行時間が長い。
さらにこれは航空会社とは関係ないが,
4. 旅行直前に中東で戦争が勃発した。国際世論に訴えるデモンストレーションを企図してイスラエル,パレスチナ双方の支持者がニューヨークを目指していた。

しかしこのいずれもが杞憂となった。中国人観光客のマナーが悪かったのも今は昔,機内は日本の国内線よりも粛然とし,泣いている赤ちゃんにも寛容な空気が包んでいた。客室乗務員はすべて若い女性だったが,行きも帰りも全員がボクたちを中国人だと勘違いしていた。トランジットもスムースで空港職員,航空会社のスタッフ,客室乗務員,英語で乗務員と話すためにボクらを日本人と気づいた乗客…そのいずれからも反日感情は感じられない。どうも日本で報道されている様子は実情と乖離しているように思える(意図的な偏向報道でなければいいけれど…)。また北京からニューヨークに向かう航空機にはさすがに国際関係的にも地理的にも戦争の影響はなかった。

北京国際空港第三ターミナル

北京往復分だけ多い飛行時間は未体験の長さだった。行きはトランジットの待ち時間を含めて19時間,帰りは22時間だったが,これはボクらには苦にならない。ドレミはひたすら文庫本を読んで飽きないし,ボクはiPadに絵を描いたり,日本語吹き替えのある映画を探して時間をつぶした。因みに北京~羽田間ですら日本語字幕の映画や番組はない。中国の視線はもはや日本人が思うほど日本を見てはいない。

唯一のトラブルは座席だった。往復とも空港のチェックインと同時に列に並んだにもかかわらず考えられないほどひどい座席を割り振られた。どのような手違いか帰りに至っては二人とも窓際の離れた席だった。手続きしたのは行きは日本人,帰りはアメリカ人の職員だったのでいやがらせではないだろう。同姓の夫婦の席が離されるというのはそもそも想定外だったので対策が甘かったのかもしれない。事前のオンラインチェックインで座席を確定する必要があったのかもしれないがサイトは中国語オンリーで解読不能、ログインすらできなかったのだ。

ところが北京~ニューヨーク便では往復とも幸運に救われた。行きは中央部4席の真ん中2席。しかもドレミの隣りは相撲取りのような体格の男だった。絶望的状況と思われたが,さにあらず。この相撲取りがどうやら航空会社の関係者だったようで離着陸時以外フライトのほとんどの時間で席を外していた。帰りはなぜか周りが空席だらけだったため,離陸したあとに席を代わって窓際から廊下までの3席をのびのび独占することができた。

そんなわけでボクらのロングフライトは概ね快適な時間となった。さすがに常識外れの飛行時間のためか,ボクらと同じ乗り継ぎをした人は行きも帰りも他にはいなかった。10月に羽田~ニューヨークを往復した全ての乗客の中でボクらは最安値だった自信がある

4.ポータブルWi-Fi

ボクらが若い頃,空港からレンタカーを借りると,まず書店を探して現地の詳しいドライビングマップを手に入れた。宿は町に入ってから物色し,ドレミがフロントに走って値段交渉した。それはとてもスリリングで刺激的だった。失敗も怖くなかった。なんとなれば円高の恩恵で,都市部の見上げるような高級ホテルに泊まってもせいぜい温泉旅館ほどの料金だったからだ。宿探しは遊びの一つだった。

時は流れ,現地でレンタル電話を契約したり,携帯電話を国際対応する必要に迫られた頃もあった。そして今はインターネットの時代である。地図の閲覧も宿の予約も実質的にはスマホでしかできない

10年前(欧州旅行の話だが)には標準装備だったレンタカーのナビが5年前にはオプションとなり,今回(米国)は高いグレード限定の高額オプションになっていた。地図アプリが進化したことでレンタカーのナビのニーズはなくなったということだろう。自らインターネット接続してスマホの地図を活用するしかない。

ホテルの予約もオンライン時代である。今どきフロントで「お部屋空いてるかしら」とやったら料金がインターネット予約の5割増になることも珍しくない。電話でも同じで,どうやらホテル側にとってオンライン予約,決済はよほどのメリットがあると思われる。これはおそらく日本国内でも同じことで,この春に大垣でビジネスホテルを取ったときは,フロントと顔を合わせ自転車の置き場を確認した後,目の前でインターネット予約したものだ。

ポータブルWi-Fiは外国旅の最重要アイテムとなった。だからこれまでコストを考えたことはなかったが今や無職の身である。言い値で予約することはできない。

ところで今回ボクたちの場合,ニューヨークではWi-Fi環境下にある伯母のアパートに滞在する。これまでに4回訪れドレミは1年間住んでいたのでまさかに地図アプリも必要ない。だから実質ポータブルWi-Fiを利用するのは,5日間ほどを予定しているカナダへのドライブの間だけである。ところがどの会社のプランもレンタル期間は空港を出発してから帰国するまでである。5日間のために12日分の料金を払う必要がある。しかも複数国で使おうとすると料金が跳ね上がる。ポータブル機は一台なので2か国で同時に使うことはない。4Gの電波は地域によって強い信号を選んで接続するしくみなので,国境を越えても接続先が変わるだけである。訪問する国数に比例して料金が増すしくみは納得できるものではない。

「ニューヨークでレンタルする方法」,「使い捨てのSIMを購入する方法」なども検討したが「1.外国で,2.ある期間だけ,3.国境を越えて 4.安定的にインターネットに接続する」という条件を考えると,信頼性の高いGlobalやイモトを空港で借りていくのが安全策だという結論に達した。少しでもコストを下げようとあれこれ比較していると,旅行サイトを通してレンタルすると料金が3割引きになることが判明した。正確に言うと商品の名前は違っている。だが空港の窓口も実物もサービスもまったくGlobalWi-Fiそのものであった。オプション品や保険は必要ない。充電や接続機器は自分で十分すぎるほどに準備している。こうして目論んでいた予算内でWi-Fiを借りることができた。

5.国際免許証

旅行に先立ち,カナダでドレミに運転させるかどうか見極めるため,所用で出かけた機会にテストをした。結果は落第であった。ドレミが免許を取った大学生のときに通学で乗ったのはボクの117クーペXE 5速マニュアルだった。以来数十年,スポーティカーや巨大なクロスカントリー車のマニュアル車を乗り継いできた。今も6速MTのオーリスをダブルクラッチでシフトアップ,ダウンしながら華麗に操る。彼女の運転技量はとても高い。だが,海外ではしばしば想定外の状況に直面する。絶対に事故を起こすわけにはいかない。若い頃と違ってドレミの注意力は周囲の全てには行き届いていない。岡谷の町中で横断歩道に立っていた歩行者を見逃したところで検定中止となった。

しかし北米の交通事情はヨーロッパに比べると格段に運転しやすい。ドレミが海外で運転するのは最後のチャンスかもしれないと思い直し国際免許証だけは取っていくことにした。申請に必要な写真はやたらと大きい。PCに保存してある二人の証明書用写真の中からちょうどいい大きさにリサイズしてあったものを選んでプリントした。申請書に3年以内に撮影したものと注意事項がある。写真はそれ以前に撮影したものだったが,そもそもどの写真も丁寧にレタッチしてあるので,現状より少し美男美女だが撮影年を特定することはできない。ところが警視庁運転免許センターの窓口で5年前の写真であることがバレてしまった。なんと選んだ写真はよりによって5年前に更新したパスポートの写真と同じだったのである。言い訳のしようがない。運転免許センターのスピード写真は700円もかかった。痛恨のミスである。どうやらボクの注意力もすいぶんと衰えているようだ。

6.荷造り

「Doremi’s trunk is truly art.(ドレミのトランクはまさに芸術品だわ)」

20年前,従妹のウィノーナの感想である。ドレミのトランクの中を見て,よほど感動したのかそう言いながら盛んに写真に収めていたのを覚えている。

ウルトラ几帳面のドレミの荷造りは1ヵ月ほど前に始まり,出発日の朝使った洗面用具やドライヤーを詰めて終了する。飛行機に預け入れるため,計算して大小のトランクに重量配分されている。旅行中もチャンスがあると何度となく整理を繰り返す。ボクは衣類や日用品,医薬品など一切の口出しはしない。責任を明らかにしてうっかりミスを防ぐ…昔からのボクたちの流儀である。一方,カメラやスマホ,電子機器はボクの担当である。数日前までにトランクに収めてもらう品をまとめてドレミに提出する。

ここでドレミの管理外でボクが海外旅行に持って行く必需品をご紹介しよう。あるいは個人旅行のヒントになるかもしれない。

1.荒れ止めの薬

日本人の皮膚は弱い。もちろん個人差はあるが湿潤な気候に住む人種なので特に乾燥に弱い。西洋人の肌は総じて分厚く頑丈である。世界には,今は町だがかつては砂漠だったという場所も少なくない。ボクはかつてカリフォルニアからアリゾナ,ユタを旅したときに乾燥にやられた。十指すべてにささくれを起こし,目尻や唇からお尻の穴に至るまで体中のあらゆる粘膜が炎症を起こした。そのときに助けになったのは偶然カバンに入っていたリップスティックだった。要するにワセリンである。がつんと肌を保湿できるものならば何でもよい。

2.簡易ポータブルウォシュレット

水を入れた容器を押すことでシャワーになる。これも個人差があると思うが時差ボケの中で最も辛いのはトイレの不調だ。便秘になったり意外な時間に耐えがたい便意に襲われたり…症状も多様である。この10年ボクらが利用した海外のホテルやレストランでシャワートイレを見たことはない。シャワーはないまでも,ツアー旅行ならば行き先のトイレは予め調査済だろう。だが個人旅行ではガソリンスタンドや駅の公衆トイレなどのチャンスを逃すわけにはいかない。水がなければ飲料水を使う。肌の強さとも重なるが,欧米の公共トイレのトイレットペーパーのクオリティは低い。かと言って手持ちのティッシュペーパーを流すのはマナー違反である。ポータブルのシャワーはとくに肌の弱いボクには必須アイテムである。

3.養生テープ

建築用のグッズだがホームセンターのDIYコーナーで安価に買える。水彩画には欠かせないのでボクにとってはありふれたものだが,絵を描くとき以外でもこのテープの粘度は強すぎず弱すぎずとても便利である。荷物を仮止めする。精密機器をプチプチで包むときはぐるぐる巻きにすれば強度が確保される。備忘メモを壁に貼っても剥がしたときに壁にダメージはない。電子機器の充電は毎晩必要である。古いホテルの部屋ではテレビやエアコンのコンセントを抜いて使用しなくてはならない場合がある。せまいベッドの隙間やときには宙づりで充電器のソケットを差すこともある。そんなときの固定用にも養生テープは万能である。

さて,ここまで飽きずにずっとお読みいただいた方はおそらく無類の旅好きであろう。その漂泊の思いを刺激してしまったかもしれない。輸出企業を利するためかどうやら政府は為替対策に及び腰である。円安は当分止まらないので旅に出るなら早いうちがよいと思われる。

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